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鎮静剤ODでほぼ宮本武蔵になった話


   まず、事の経緯はこうだ。
   その時の僕は非常に精神が不安定な状態で、正に発狂寸前。心の中はもう死屍累々であり、憂鬱のバーゲンセールかというくらい最悪な記憶と滅茶苦茶な感情たちが僕の頭上でタップダンスを踊っており、気分が実に最悪だった。

ああ!!死にたい!死にたい!!!
消えてしまいたい!

   一度この状態をリセットしなければ。そう思い立った僕は、こういう時の為に!と用意しておいた鎮静剤を震える手でプチプチと開け、普通量の5倍以上の錠剤を呑み込んだ。さすが、用意周到な過去の僕。
そして仲のいいフォロワーと通話をしながら記憶を曖昧にし、くだらない話をしているうちに次第に薬が効いてきてだんだん眠くなり、僕はぎこちない四肢を引きずってベッドで暫く眠りこけたのだった。

(※ODはとっても身体に悪いので、死にたくない人は絶対に気軽な気持ちでやらないでね。)

   そして目が覚めた。

   その晩の体験は奇妙なものだった。
いつもならモヤのかかった感覚が離れない筈なのに、その今までがまるで嘘のように透き通った思考。不思議に思いベッドから上体を起こすと、身体が嘘のように軽い。
いや、軽いという表現すら正確では無いかもしれない。

 ︎︎動くのだ。とにかく体が動く。

   
己の意志と全く同じタイミングで、肉体が躍動する。
それだけではない、全て感じる。五感がとにかく研ぎ澄まされまくっているのだ。肉体の周りの空気の動きまで、まるで己の身体の一部のように感じ取る事が出来る。
その晩の僕の肉体と精神は、脅威の120%のシンクロ率を叩き出したのだ。

   丁度その日はホリデーだった。クリスマスに鎮静剤ODとは、良い子からかけ離れて過ぎている。いつサンタクロースから怒りの鉄拳が飛んできたとしても可笑しくはない。
↓当時のツイート

 ︎︎突然だが、武道の世界には「”無念無双”の境地」という言葉がある。
これはかの宮本武蔵が著書『五倫書』の水の巻にて提唱した、言わば「ゾーン」のようなもので「頭の中で考えを巡らせるのでは無く、その時に身体が動く自発的な力に身を任せる事で、最高のパフォーマンスを出すことが出来る」という状態であるらしい。

   そして僕はその晩、その状態に成っていた。

そうして無念無双バフを得た僕だが、まずそうなってから最初にした事は料理だった。
今になってよくよく考えてみればあまりにもゾーン状態の無駄遣いすぎるし、何よりその状態で火や刃物を使うなんて危なすぎる。

   だが、いつもの手際の悪い僕ならもたもたと料理の工程を進めるはずなのに対して、その時の僕は「調理をしよう」と思った数秒後には、調理の準備が万全に整えられていた。いつもの様な、経験不足によるあたふたとした焦りや戸惑いなんて微塵も無かった。
それから食材を切り、調理し、一瞬で完璧に朝食が出来上がっていく……
全く何も考えていない筈なのに全ての工程がスムーズに進むのは、とても奇妙な感覚だった。

   そうしてかなり遅めの朝食を食べた後、部屋の中を走り回ったり、おもむろにジャンプしてみたりして、不思議な感覚を体験している内に、ゾーンの状態はもう無くなっていた。

   さすがにしょうもなさすぎるゾーンの使い方をしてしまったとはいえ、この状態が続けばアホな僕は調子に乗ってルンルンで外出し、あっという間に車に轢かれてお陀仏だったかもしれない。

   かの宮本武蔵でも、高速で動く鉄塊にぶつかれば天に召されてしまう訳ですから……。


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