【失敗しても何の支障もないことを悟る】

日常的スピリチュアル、安田です。

失敗することに対しての恐怖は
誰もが感じることなのですが
実際は、失敗しても
何の支障もないのです。

私たちができる失敗は
かすり傷程度の失敗しかできないので
恐怖を感じるようなことではないのですが

感情というのは理屈ではないので
大げさに感じてしまうのです。

過去の時代は
無難に歩むことができたのですが
今の時代、これからの時代は
無難に歩むことができなくなります。

なぜなら、「こうすればいい」という
答えが無い、決まっていない時代なので
自ら答えを見いだすことが
求められる時代だからです。

答えを見いだすには
努力の積み重ねが必要であり
新しいことにチャレンジすることで
答えを見いだすことができます。

チャレンジといっても
大それたことではなく
ごく小さなことから始めて

チャレンジした実績を
積み上げていくことで
チャレンジの基準を
上げることができます。

時代は常に新しく変化するので
新しさに合わせていくことが
求められてきますが

新しいことにチャレンジすることで
新しさに合わせることができ
変化に対応できる力を
身につけることができるのです。

「失敗を恐れず、強く雄々しく」という
勇敢な歩みというのは
小さなチャレンジの実績を
積み上げていかなければ無理なのです。

ただ、私たちの感情は
ごく小さなチャレンジにも
恐怖を感じてしまうので

チャレンジすることが
できなくなってしまうのです。

今チャレンジできることは
今の基準に合ったことしか
チャレンジすることができないので
大したことはできないのですが

その大したことしかできないのに
チャレンジができないとなると
一歩も前に進めなくなってしまいます。

自分の今の基準というのは
常に大したことではないので
今の基準に見合ったチャレンジしか
できないようになっているのです。

大したことではないことを
悟っていくことで
失敗しても大したことには
ならないと感じることができます。

チャレンジ精神というのは
気合、根性で出すことではなく
育てていく精神であり

チャレンジできることに
最善を尽くしていくことで
精神を育てることができます。

何に恐怖を感じているのかを
自覚していくことによって

何の支障もないことに
恐怖を感じていることを
悟ることができるのです。

いつの時代でも、やってみないと
分からないことばかりなので
とにかくやってみるしかないのです。

実行することによって
何らかの結果が出て
良かったのか、良くなかったかの
結論を出すことができます。

何もしないで結論を出してしまうと
実行することができなくなり
前に進むことができなくなるのです。

本当の失敗というのは
結果が良くなかったことではなく
何の実行もしなかったことであり
チャレンジしなかったことなのです。

良くない結果であったとしても
チャレンジしたという実績にはなるので
失敗したということにはなりません。

時代的にも、チャレンジしないことが
死活問題になっていくので
チャレンジ精神を育てていかないと
歩みにくくなっていきます。

新しいことにチャレンジする
意識をしていくことで
チャレンジしたくなっていき

新しいことにチャレンジできる
習慣、体質にすることができ
ルーティンを確立することができます。

今回も読んで頂きましてありがとうございました。

安田 悌

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