【第1章無料】電子書籍 第101弾 内向性を強みにする方法~内向的な人の才能を発揮する方法~

はじめに

 内向的な人は、外向的な人に憧れたりするのですが、「内向性」というのは、大きな強みであるのです。もちろん、内向性が弱みになることもあるのですが、弱みと強みというのは正比例するようになっています。

 外向的な人が、内向的な人に憧れることは、ほとんどありません。なぜなら、内向的な人は外向的な人よりも、劣っているような印象があるからです。現実的に外向的な人の方が目立つので、大した能力がなくても、目立っているだけで有利に思われるからです。過去の時代は、能力ではなく、いかに目立てるかで有利に立つことができたのですが、今は能力が求められる時代であるので、内向的な人の方が有利なのです。

 「目立ってなんぼ」という時代ではなく、具体的に「何ができるのか」が求められる時代であるので、内向的な人が才能を発揮することが大きな強みになるのです。外向的な人は、無意識に目立とうとできるので、自己アピールが得意なのですが、これといった能力がなければ、空回りのアピールになってしまうのです。

 逆に内向的な人は、能力があっても、自己アピールが苦手なのです。ある意味、能力があっても自信を感じられないので、能力を伝えることができないのです。内向的な人が伝える技能を身につけることができれば、能力を発揮するチャンスが大きくなっていくのです。

 時代が進んでいる方向は、「内的な時代」の方向に進んでいます。内的な時代というのは、本質であり、本物であり、中身があることが求められる時代だということです。今までの時代は、本質で無くても、本物無くても、中身が無くても、目立つ人が有利だったのですが、今の時代は、目立つだけの人は用いられないのです。

 本質、本物、中身というのは、見えそうで見えないのです。なぜなら、見えない土台によってつくられるからです。木で言えば根っこであり、建物で言えば土台となる部分であるので、表面的には見えにくいのです。内向的な人は、根っこや土台を、深く、強くつくることができるのです。

 今まで「内向的」ということで、少なからず悩んできた人は多いのですが、今からの時代は内向的な人が才能を発揮する時代になっていきます。内向的な人の方が有利になり、新しい価値を生み出すことができるのです。内向的な人が無理に外向的になる必要はないので、内向性を活かし、強みにすることを一緒に考えていきましょう。

 本質、本物、中身を強化させることができる、内向的な人は才能を発揮することができます。そして、その才能から新しい価値を生み出すことができ、時代が求めていることを提供することができるようになります。

2019年5月 安田 悌

目次

はじめに

第1章 内気なことに悩む必要はない
・日本人は内向的な人が多い
・外向的な人に憧れる必要はない
・無理に外向的になる必要はない
・外向的な人は中身がない
・外向的な人は変わろうとしない

第2章 「一人で努力ができる」という才能
・内向的な人の方が才能を発揮しやすい
・内向的な人は環境に左右されない
・職人型タイプの強みと弱み
・みんなで仲良く努力はできない

第3章 マイペース思考
・良い意味で「我が道」を行ける
・マイペースを守ることで才能の発揮ができる
・マイペースで基準を上げることができる

第4章 内向性を活かす方法
・自己コントロール能力を極める
・「人見知り」という強み
・講演家は元々は根暗
・内向的な人は孤独に耐えられる
・内向的な人は「独学力」がある
・知識、技能を徹底的に身につける
・内向的な人は、より深い境地を極めるのが得意
・内向的な人は集中力を極められる
・内面の土台をつくることに集中する
・内的なスピリチュアルを意識する
・苦手に感じることにチャンスがある
・目立つことよりも、存在感を意識する
・これからの日本人の強み

第5章 本質の時代は、中身と重みが必要
・中身と重みを身につける方法
・伝える技能の土台
・魅力とは内面から感じられるもの

第6章 みんなで仲良く頑張る時代ではなく、一人で努力をする時代
・内向的な人は感情を流さない
・内向的な人は自立ができる
・内向的な人が活躍できる時代
・内的な時代は、一人で努力をする時代

おわりに

【著者プロフィール】

【他の著書】

 第1章 内気なことに悩む必要はない

内気は大きな強みになる。

本質、本物、中身は内気な人だからつくれる。

・日本人は内向的な人が多い 

 内向的な人は、自分だけが内向的だと思いがちですが、内向的な人は多いのです。とくに日本人は、他の国の人と比べて内向的な人が多いのです。なぜなら、自己主張をする必要がない環境で育ってきたからです。

 内向的というのは、性格的な面もありますが、育ってきた環境、受けてきた教育の影響もあります。自己主張をするというのは、ある意味、エネルギーが必要なのです。エネルギーを使うことは、面倒だし、疲れることであるので、自己主張をする必要がなければ、無理に面倒なこと、疲れることはしないのです。

 良く言えば、それだけ恵まれた環境で育ってきたということですが、悪く言えば、怠け者にしてしまった環境であったということです。日本の常識は、他の国では非常識になっています。自己主張をしないというのは、他の国の人には理解ができないのです。なぜなら、自己主張をしなければ、生きていけないような環境であるからです。

 逆に言えば、日本人は内向的にならざるを得ない環境で、育ってしまったということでもあるのです。なので、「自己主張ができなくなってしまった」という被害を受けてしまったとも捉えることができます。子供の頃に受けた教育、与えられた環境の影響というのは、大きいのです。

 なので、内向的な人が外向的になるというのは、現実的に簡単ではないし、歳を取れば取るほど、不可能に近いのです。その不可能に近いことにチャレンジするのではなく、内向性を活かすことを考えて、実践することができれば、内向性を強みにすることができるのです。

 他の国の人は自己主張をするのが当たり前になっていますが、日本人は比較的、苦手なことであるのです。他の国では当たり前になっているのであれば、その当たり前のことができない日本人は、良い意味で差別化ができるということです。内向性を理解するというのは、時間がかかることではあるのですが、他の国の人ができないことが、日本人にはできるということでもあるのです。

 ・外向的な人に憧れる必要はない 

 内向的な人は、外向的な人に憧れる傾向がありますが、憧れる必要は全くありません。外向的な人が内向的に憧れることは、ほとんどないのですが、内向的な人は外向的な人に憧れてしまうのです。なぜなら、外向的な人の方が有利に見えてしまうからです。

 例えば、営業をする場合、同じ商品やサービスを提供するときに、外向的な人の方が有利に感じられるのですが、必ずしも外向的な人が実績を出すとは限らないのです。口が上手いから、実績を出せるのでもないし、口下手だから実績が出せないということでもないのです。

 人は自分が持っていないものを持っている人に、憧れるのですが、何かを持っているというのは、逆に何かを持っていないということなのです。何かを持っていないというのは、同時に何かを持っているということです。そして、持つ必要がないものは持たなくてもいいのです。

 そして、どう頑張っても得られないものを、得ようとするのは時間とエネルギーの無駄になるのです。ある意味、私たちは持って生まれた性格というのは、クジを引いたようなものなのです。その引いたクジを隣りの人と比べて、「あっちの方が良かった」と駄々をこねても意味がないのです。

 それよりは引いたクジを活かすことを、考えた方がいいのです。「このクジで十分」と考えて、その十分なクジを活かし、徹底的に磨いていけばいいのです。誰かに憧れることは悪いことではないのですが、どう頑張っても、そう成れない人に憧れる必要はありません。

 プロ野球選手が、プロサッカー選手に憧れることが無いように、どう頑張っても、出来そうもないことに憧れてしまうと、苦しくなるだけなのです。「自分は内向的だ」ということを自覚しているのであれば、内向性を良い意味で貫き通してください。内向的な人が憧れるとしたら、元々内向的だった人が転換して、外向的なようになった人を憧れるようにしてください。

 元々の性格というのは、基本的には変えられないのですが、元々の性格を土台にして、転換することができると大きな強みになっていきます。内向的な人は内向性を土台にした転換ができれば、大きな強みになり、外向的な人は外向性を土台にした転換ができれば、大きな強みになるのです。

・無理に外向的になる必要はない 

 内向的な人が絶対にやってはいけないことが、無理に外向的になることなのです。「鵜の真似をする烏は溺れる」というように、姿形が似ていても、できないことをやろうとすると溺れてしまうのです。

 内向的な人が、無理に外向的になろうとすると、空回りするようになります。たとえ、周りの人が外向的な人ばかりであったとしても、真似してはいけないし、外向的になろうとしてはいけないのです。どんな人でも、他人になることはできないのです。他の人に憧れてもいいのですが、どんなに憧れても、その人になることは絶対にできないのです。

 私たちが受けてきた教育は「みんなと一緒」という教育を受けてきたので、無意識に他の人、周りの人と比べてしまうのです。そして、勝手に比べて、勝手に落ち込んだり、勝手に傲慢になっているのです。プラスになる比べ方なら良いのですが、大抵の人の比べ方は、マイナスになる比べ方を無意識にしてしまうのです。

 内向的な人は、「自分は内向的なんだ」ということを受け入れてください。内向的であることを恥だと考えないでください。内向的であることを、恥だと感じているので、無意識に外向的になろうとしてしまうのです。根底の性格というのは、変えることはできないし、変える必要はないのです。

 過去の時代は、調子がよいような外向的な人が目立っていたのですが、今からの時代は、内向的な人の方が目立っていく時代なのです。なぜなら、時代の変化によって、人が求めることも変化していくからです。今までは、ネガティブな人が、ポジティブな人に憧れていたので、外向的な人の方がポジティブに見えるので目立っていたのです。

 ですが、今からの時代は、ネガティブ、ポジティブという次元ではなく、より本質、本物、中身が求められていくのです。それだけ、時代が明るくなってきているということでもあるのです。ポジティブであるのは当たり前で、より深い境地を求めるようになるので、内向的な人の方が有利になっていく時代なのです。

 内向的な人は、無理に外向的になろうとするのではなく、内向性を活かしていけばいいのです。内向性を活かすことが、大きな強みになっていきます。

・外向的な人は中身がない 

 外向的な人は、人と会話をすることに抵抗感がないのですが、中身がない会話ばかりをしています。中身がない会話というのは、当たり障りが無い会話であったり、どうでもいい会話であったり、場合によっては、ネガティブになる会話になることもあります。

 中身がない会話というのは、何も生み出すことはないし、会話の内容によってはマイナスになることもあります。外向的な人は、ベラベラよく話すのですが、中身がないだけでなく、愚痴、泣き言、不平不満、言い訳が多い会話になりやすいのです。なので、ネガティブな感情を周囲にまき散らす人もいるのです。

 外向的な人には積極性があります。その積極性に中身をつければ、外向性を大きな強みにすることができるのです。日本人は内向的な人が多いので、積極的な人というのはそう多くはありません。なので、積極的な人は珍しいのです。場合によっては、変わっているようにも思われるのですが、変わっていても中身がない人というのは、軽んじられてしまうのです。

 内向的な人というのは、文字通り「内に向かっている」ので、無意識に中身を身につけようとするのです。他の人、周りの人がどうであれ、自分で努力をすることができ、自分で中身を身につけることができるのです。「中身、中身」と言ってきましたが、今の時代は中身が求められる時代なのです。

 「ただ居るだけでいい」とか、「ただ積極的であればいい」という単純な時代ではありません。「具体的に何ができるか?」ということが問われる時代なのです。なので、中身が求められる時代なのです。そして、人にしかできないことが求められているので、より高度な知識、技能が求められているのです。

 積極性が有利だった時代から、逆に積極性が不利になる時代になっています。なぜなら、多くの人が求めているのは、積極性ではなく、具体的に何ができるのか、何が提供できるのかを求めているからです。積極性というのは、コツや技能で身につけることができるのです。内気だった人でも、知識を学び、技能を身につけることができるのです。

 内向的な人は中身を身につけて、積極性を身につけることができるので、今からの時代はより有利になっていきます。

 ・外向的な人は変わろうとしない

 この本は外交的な人の悪口になりやすいのですが、おそらく読んでいる人は少なくても「自分は内向的だ」と感じている人だと思います。一律に外向的な人が悪くて、内向的な人が良いということを強調しているのではなく、一般的な傾向を基準にしています。

 外向的な人は、現実に満足してしまっている人が多いのです。現実に満足をしてしまうと、努力をすることができないので、変わることはできないのです。今までは内向的というのが、課題、問題であるような印象が強かったので、内向的な人の方が努力をしてきたのです。

 ですが、外向的な人は努力をしてこなかったのです。中身を身につけるために、知識を学んだり、技能を身につけたりしてこなかった人が多いのです。極端に言えば、外向的な人は文字通り「外に向かう」ので、内に籠って学ぶこと、技能を身につけるということが苦手なのです。

 内向的な人は外に向かうのが苦手なので、内に籠って努力をすることができたのです。現実的に「内から外に向かう」ことよりも、「外から内に籠る」ことの方が簡単ではないのです。なぜなら、外向的な人は内に籠って努力をする必要性を、感じられないからです。そして、内に籠って努力をすることに苦手意識を感じている人が多いのです。

 過去の時代は、人当たりが良い方が有利だったのですが、今の時代は人当たりが良いだけでは有利に立つことはできないのです。例えば、「人当たりが良くて、技能がない医者」と「人当たりが悪くて、技能がある医者」がいるとしたら、どっちを選ぶでしょうか?身体を治すことが目的であれば、当然「人当たりが悪くて、技能がある医者」を選ぶはずなのです。

 理想は「人当たりが良くて、技能がある医者」かもしれませんが、そのような医者は、ある意味、稀な医者なのです。これは医者に限らず、私たちも同じなのです。何かが極端に優れていれば、何かが極端に劣っているということです。逆に何かが劣っていれば、何かが優れているということです。

 外向的な人のネックは、現状に満足をしてしまうことであり、その満足感から努力ができなくなることなのですが、そのネックに気づける人は多くはありません。内向的な人は現状に満足ができない人が多いので、自分で努力ができる人が多いのです。そして、知識、技能から積極性を身につけることができるのです。


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