雪国 川端康成


仙台の青山文庫という素敵な喫茶店に行ったとき, ついた座席の前に雪国があったので, せっかくなので手にとった。
日本文学というものをあまり読んでこなかったので, 読むのに時間がかかり, その場で読み切ることはできなかったが, 帰宅後近所の図書館で借りた。

主人公の島村から見える景色が非常に緻密に, 繊細に描かれていて, その表現に引き込まれた。特に冒頭の, 車窓の外の景色と車窓に映る男女の姿を描いた場面が印象的だった。鏡越しに覗いているために生じる島村と写る男女の距離や, 直視するのとは異なる雰囲気が文章を通じて絶妙に伝わってくることがすごいと感じた

「このやうに距離といふものを忘れながら、二人は果てしなく遠くへ行くものの姿のやうに思はれたほどだつた。それゆえ島村は悲しみを見ているといふ辛さはなくて、夢のからくりを眺めているやうな思ひだった。不思議な鏡のなかのことだつたからでもあらう。 
鏡の底には夕景色が流れていて、つまり写るものと写す鏡とが、映画の二重写しのやうに動くのだった。登場人物と背景はなんのかかはりあいもないのだつた。しかも人物は透明のはかなさで、風景は夕闇のおぼろな流れで、その二つが融けあひながらこの世ならぬ象徴の世界を描いていた。殊に娘の顔のただなかに野山のともし火がともつた時には、島村はなんともいへぬ美しさに胸が顫へたほどだつた。」

そしてこの後の女性との心理的な距離も, このガラス越しの空気感を引き継いで表現されているのが面白いと思った。文章表現としての伏線回収というか, 見たことのない構成だった。

「無論ここにも島村の夕景色の鏡はあつたであらう。今の身の上が曖昧な女の後腐れを嫌ふばかりでなく、夕暮れの汽車の窓ガラスに写る女の顔のやうに非現実的な見方をしていたのかもしれない。」

ストーリーとしての面白さはあまり感じられなかった。これほど評価されている作品なので理解できない方に問題があるのだとは思うが, 自分にはまだ早かった。
ただ文章表現や, 切り取る情景の面白さは十分に感じることができた。



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