クラリネットの木管楽器としての特殊性について

クラリネットは他の木管楽器に比べると少々特殊な楽器です。
そのために独特の難しさがあるのですが、そのあたり、他の木管楽器を演奏する方にもなかなか理解していただけないこともあるので、少し書いてみました。あるいは学生時代からクラリネットを演奏していた人ですら意識していないことかもしれません。
(以下ドレミは階名、ABCはBb管での実音です)

○閉管楽器
クラリネットは近代管楽器でほとんど唯一の「閉管楽器」と言われています。
閉管楽器とは、
1.吹口が閉ざされている
(フルートやリコーダーのように開いておらず、リードで音を鳴らすため、全ての息が管の中に入ります)
2.管の形が円筒形をしている
(金管やサックス、オーボエ、ファゴットなどは円錐型をしています。クラリネットはベル近くがわずかに円錐形をしていますが、音響的には円筒形になっています)
この2点を特徴とする楽器です。

○閉管楽器のメリット
開管楽器に比べ最低音をオクターブ近く低く出せる、というメリットがあります。
ピタゴラスの原理(倍音の原理)は管楽器にも当てはまり、同じ発声原理の
楽器はおおむね長さによって最低音が決まります。
(フルートのオクターブ上のピッコロは長さが半分、ソプラノリコーダーより五度低いアルトリコーダーは長さが1.5倍、など)

しかし例えば、フルートとBb管クラリネットは全長はそれほど変わりませんが、最低音はフルートがCに対し、Bb管クラリネットは下のDと、オクターブ近く低い音が出ます。
またアルトサックスに比べてかなり短い楽器にも関わらず、アルトサックスの最低音Desの半音高い音まで出すことができます。
高音域も広く出すことができるので、全体として3オクターブ半以上という広い音域を出すことができます。
アルトサックスより半音高い音から、ソプラノサックスの最高音より高い音まで出せます。

○デメリット
一方で多くのデメリットもあります。
まず、閉管楽器は構造上奇数倍音しか出ないという問題があります。
管楽器の倍音列は
ド-ド-ソ-ド-ミ-ソ-(シb)-ド(以上略)
で、木管楽器は通常下の3つのドを、レジスター等を使って切り替え出します
(レジスターというのは、リコーダーで高い音を出す時に親指を少し開けるのを簡単にできるようにしたみたいなキーです。他の楽器ではオクターブキーと呼ぶこともあります。フルート族だけはレジスターがなく、吹き方で調整します。またトランペットなど半管金管楽器は構造上、一番下の倍音が出ないそうですが、なぜ出ないかなど詳しいことは私にはわかりません)

ところがクラリネットは一番下のドのオクターブ上のドが出ず、3つ目のソ、12度(オクターブ+完全五度)上が次の倍音になってしまいます。例えば最低音ミの指使いでレジスターを押すと高いシとなります。
このことから以下のような問題が出てきます。

◯運指が困難
この12度をつなぐために、ソ#、ラなどのキーが設けられています。橋渡しする音域ということで「ブリッジ音域」と呼ばれています。
また、どこも押さえない時に正確なソになるよう、左手の親指・人差し指どちらも押さえない時にだけ開くキーというのがラのキーの下にあります。これがないと、どこも押さえない音はファ#に近い音になります。
(一般にブリッジ音域はソ#からシbまでとされていますが、個人的にはソもブリッジではないかと思います)

上の方の余計なキーを押さえる必要があり、さらに両小指を、上の倍音を吹く時にもフルに駆使しなければならないなど、運指上の困難があります。左右小指にそれぞれ4個ずつ(高級楽器は左小指に5個)キーがあり、最低音だけでなく中高音域もこれらを使わずに演奏することはできません。両小指のうちそれぞれ一つは全く替え指が存在しません(高級楽器では左5個目のキーが替え指になります)。

特にラから上の倍音のシ(最低音の倍音。全ての指を押さえる)に上がるところが初心者には大変な難所となります。
初心者がドレミファソラシドをきれいにつなげるのに長期間の練習を要する木管楽器は、おそらく他にないでしょう。

例えばフルートでは右小指は基本的に最低音域を吹くときだけ、左小指はソ#のときしか使いませんし、サックスも右小指は同様、左小指はテーブルキーで低い音や替え指を押さえる時くらいしか使いません。オーボエも運指表を見る限りでは、第二倍音ではほとんど小指を使わないようです。
(だと思います。間違えていたらすみません)

また他の木管楽器では、オクターブ違いの音は倍音で出せるので、ほとんど同じような指使いになりますが、クラリネットの場合は全てのオクターブの指使いが変わってきます。
例えば音名ファ(実音Es)の音はクラリネットでは4つ出せますが、その全てが完全に違う指使いです。ここに#の調号が付けば4箇所の指使いが全て変わってきます。
つまり調号が5個付くと、3-4種類の指使いが5個なので、15種類以上の指使いが変わってくるということになります。

オクターブ違いの音を弾くのはほとんどの楽器にとってきわめて自然なことですが、クラリネットにとってはかなり困難な運指となってしまいます。また後述する通り、オクターブの音程が他の管楽器に比べ正確ではありません。

○音色が悪い音域がある
ソ、ソ#、ラ、シbなどは高い位置に無理やり開けた穴なので、このあたりの音域はどうしても音色や音程が悪くなります。
特にシb(As)の音色の汚さときたらもう、吹くたびにうんざりします。音量も充分には出ません。もちろん、いくらかましな音色、音程で吹くテクニックというのもあるのですが、作曲者の方は美しいメロディになるべく
シb(As)を使わない方がよいかもしれません。

◯音程が悪い
12度の倍音というのは当然ながら自然倍音の音程です。平均律はオクターブ以外の音程を自然倍音より少しずつずらしているので、オクターブで倍音を移る他の木管楽器に比べ、音程が悪くなってしまいます。これがクラリネットが音程が悪いと言われる根源的な原因です。
12度は完全五度のオクターブ上の音ですが、平均律の完全五度に比べ自然倍音の完全五度は間が広いので、例えばいわゆるチューニングB(Bb)を正確に合わせても、同じ指使いの下のEsは少し低くなってしまいます。

◯リードミス
とよく呼ばれますが、必ずしもリードだけが悪いわけではありません。
他の管楽器でも違う倍音を当ててしまうということはよくあると思いますが、金管はともかく、オクターブ倍音列の木管楽器であればあまり目立ちません。曲によっては「豊かな響き」ということでごまかせることさえあります。
しかし12度や6度違う音が出てしまうクラリネットでは、完全な「ミス」になってしまうのです。

頻出するリードミスは大体決まっていて、ブリッジ音域の他には2オクターブ上のソからラ#を吹く時に、その上の第5倍音(6度上)で運指が似ている音が出てしまう、といったようなものが多いです。

○円錐管にしたら?
そんな面倒な楽器をなぜ使い続けているのか、円錐管にしたらいいじゃん、という疑問が出るのは当然だと思います。
それはやはり音色のためなのでしょう。

民族楽器とも誰かが作ったともいわれる、ターロガトー(Tarogato)という円錐管クラリネットがあります。youtubeなどで音色を聴けますが、まるでソプラノサックスのような音です。
https://www.youtube.com/watch?v=e08KJ09dZwI

一方、かつて金属製のメタルクラリネットという楽器がありましたが、こちらは金属的でもちゃんとクラリネットの音がします。
https://www.youtube.com/watch?v=LGEfRloPpi8

つまりクラリネットの音色は管の材質によるものよりも、円筒管だからこそこういう音色が鳴ると考えられるのです。

一方、こんな楽器はいやだ! と思ったのか(?)、アドルフ・サックスさんが造ったのがサックスです。
サックスは円錐管なのでこれらの問題は生じません。

○おわりに
もちろんそれぞれの楽器に、独自の難しさがあります。
しかし例えば金管や他の木管なら、音を当てそこねたなあとか、他の楽器でも想像がつくことも多いのでしょうが、クラリネットについてはなかなか理解してもらえないので、ちょっと書いてみました。