遡行(2)

雨が止んで日が暮れる。祖父と連れ立って汽車に乗り、アボマチに行く。
アボマチは「雨待ち」と書く。雨が降って川の水が濁ると、魚は尾を下に向けて泳ぐ。頭を上流に、尾を下流に向けて、川を下るのだ。尾が何かに触れると、魚は危険を回避しようと流れに逆らって上流に逃れる。後ろ向きになって川を下ってくる魚を狙って網を仕掛けて、川岸から離れ、高台で星を数えながら魚がかかるのを待つ。
時刻は一の暗がり(午後7時から8時)から二の暗がり(午後8時から9時)、三の暗がり(午後9時から10時)から四の暗がり(午後10時から11時)へと移る。
網を水から引き上げて、獲った魚を籠に移し、最後の汽車を目指して駅まで走る。
汽車を降りて夜道をたどって行くと、突然、石を投げ込んだような水音が響いて肝を冷やす。森の向こうに大きな湧水池がある。村の背後に位置するその湧水池を、土地の人は「ウシロン湖」と呼んでいた。池から村の水田の方へ、二本の水路がひかれていた。
ウシロン湖を囲む森にはモモンガが棲んでいる。げっ歯類のモモンガではない。カワセミのような水鳥を、土地の人がモモンガと呼ぶのだ。そのモモンガが魚を狙って、水面に覆いかぶさる樹木の枝から水に飛び込む音である。ウシロン湖にはさまざまな種類の魚がいる。鯉もいれば鰻もいる。
水辺には近隣で飼われている家鴨が卵を産みに来る。湿った草の上に家鴨が産み落とした卵をいくつか持ち帰ってゆで卵にする。家鴨は川魚を餌にする。そのせいで家鴨の卵は少し生臭い。

2015.7.5

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