子供の頃のトラウマと、映像作品

先々月、
ふと観たくなって山下智久さん主演のドラマ、「アルジャーノンに花束を」を観た。幼い頃からそのドラマのことは知っていたが、CMだけで観たくないと思っていた。以下は視聴後の感情たちです。


 小さい頃、障がいのある人が出るドラマとか、戦争の映画とか、ヤクチュウの人がでるテレビとか、ボケてしまった人がでているドキュメンタリーとか、そういうのをみるのが、すごく嫌いで、トラウマで、こわくて、泣きそうになって、夜に思い出して眠れなくなることがよくあった。
 大きくなるにつれてそういうことは減ったけれど、ときおり思い出したり、ふとテレビで懐かしのドラマとして映ったりすると目を背けたりした。
 この現象は何なのかと考えてみると、自分の中の普通と少し違う人に対して「こわい」と思ってしまう感情なのだろう。この感情はおそらく、誰でもあるのだと思う。きっと。でも、生きていくにつれて様々な人に会い、たくさんのことを知り、人は違いに対して「こわくない」「受け入れる」ことを覚えてゆくのだ。もちろん、完全にその怖さや違和感がなくなるには大きな時間がかかるけれど。

 「それを超えるくらいのおおきい愛を受け取ってゆくから。人には誰もが一生懸命生きていて、それぞれの人生を歩んでいるから。」
↑2ヶ月前の私は、怖さがなくなる理由をこう書いている。

今の私は「くさいこと言いやがって」と、思う。要するに、忘れてゆくのだ。小さい頃の感情、感覚、見ていたもの。

 「もし、怖がっている人をみたら、そっとそばに寄って〝大丈夫だよ〟って言ってあげたい。言ってあげよう。こわくない。わたしがいるから。」
↑上も、2ヶ月前の私が書いている。「綺麗事だろ」と、今の私は思う。でも確かに、子どもにとっては刺激的な感情になった時の心のケアは必要不可欠だ。「こういう人が、世の中にはたくさんいて、一緒に生きて行くんだよ」とか、「こういう人には近づかないでね」とか、「昔はこういう怖いことがあったんだよ」とか、大人が教えてあげなければ子どもは無知のまま大きくなっていく。大人になることの一つの責任である。

 時が経って心に余裕がでてきたときに、幼い頃はこわがっていた作品を観たり読んだりする。当時はタイトルも知らなかったその作品。今みるととても素敵で、メッセージ性があって、心に寄り添ってくれる。成長するってそういうことなのだろう。感情が増えること。幸せにも不安にも転がるけれど。

     多分幸せの方がおおきい。

山Pが、「子供の時に観て心に棘が刺さるような作品にしたい。」と言っていた。その意図は確実に刺さっている。

#創作大賞2023

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