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3/3は空を仰いで逢えない人を想う日

今日は、自分にとって特別な日である。
年月を重ねると云うことは、何でもない日が特別に変化すると云う事が増えていくのだと云う事を体感し続けることなのだと思う。

子供の頃。3/3はひな祭りだった。今はひな祭りと、大切な人お2人の命日でもある。

どんな因果か。このお2人は私にとって写真たるは何かを感じさせてくれた人達だった。

1人は、父方のおじいちゃん。もう1人は私の写真のお師匠さんだ。

おじいちゃんと最後にまともに話せたのは20歳の時だけ。就活の帰りにカメラを持って寄ると、物凄いカメラに食いついた。何を使ってるんだ、どんなものを撮ってるんだ、と。それはもう生き生きと話すもので、こっちが物怖じしてしまう程だった。

おじいちゃんは、いつも一畳ほどのスペースに、自分の好きなものを詰めた所に座っていたのを子供の頃から覚えていた。

親戚や自分の子供達でさえそんなに話さず、正月などに行ってもずっと1人でそこに居た。周りはカメラ、TV、ラジオにアンプ、蓄音器。何となく、機械が多いなぁと思っていたが、最後に話した時に改めて見ると、それらが目についた。あと、ウイスキー。なんだ、じーちゃんもウイスキー飲んだのか、と笑ったのはもっと後のこと…。


兎に角1人で、人と話さない人だった。もしくはそう思い込んでいたのかもしれない。だって、おばあちゃんですら、おじいちゃんの事に触れなかったから。
しかし、カメラのことになると、人が変わったように嬉しそうに話すもので、びっくりした。私は、もっと早くに、おじいちゃんと話せば良かったなぁと、今でも後悔をする。

あの頃。学生で強制的にカメラを買わなければいけなくて。中古でCanonのカメラを買ってもらったのを持っていった。おじいちゃんはNikonばかりだから、お前にレンズを渡したり出来ないなぁ、残念だなぁと、ガンの手術痕の残る顔面が笑顔になったのを忘れてない。

じーちゃんごめんよ。
もっと早くに、会いに行けば良かった。大人の事情でずっと音信不通で、行けばあの日も帰りに盛大にばーちゃんと長男の嫁に説教されたのを忘れてないけど。私は何も知らず知ろうとしない子供だった。本当にもっと話したかった。ごめん。

父さんがカメラに詳しかったのは、じーちゃんの影響だったと、後から知った。沢山子供がいたのに、じーちゃんの好きな事を受け継いだのはお父さんだけだったとも知った。カメラ、映画。私も、好きだよ。

何となくだけど受け継がれてるよ、細々とした系譜だけど、って思う。

あとね。
最後の時。引っ張って病院に連れて行ってくれた両親。私はあの時正常では無かった為、おじいちゃんの事を話すか迷ったって、後から聞いた。きっと知らされずにいたら、もっと正常ではなくなっていたと思う。判断を、有難う。

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もう1人は写真のお師匠様って、呼んでた人。国宝とかなんか凄いのいっぱい撮ってた人で、母さんづてで知り合った。東京に遊びに行った時は必ず時間作ってくれた。回らないお寿司、美味しかったの、未だ覚えてる。

金欠でカメラのフィルムが買えなかった頃、業務用だけど品質に問題ないからこれ使え、あと無くなったら遠慮なく言え。と湯水のように私にフィルムを与えてくれた。何でこんなにしてくれるんだろうって思ってた。

カメラが好き。でも大学でお前はカメラのセンスが無さすぎるから二度とカメラを触るな、とまで言われたんだけど、好きだから撮ってた。それだけだった。センスなんて欠片も無ければ、知識もほとんど持ってなかった。

知識を教えてほしいと、教えを乞うたときに、それでも分からなかった私に、お師匠は怒らなかった。自分がこういう写真が撮りたい!と疑問に思ったときに知識を付けろ。それまでは、ひたすら撮り続けろ。撮ることを辞めちゃいけない。そう言ってくれた。

そんで、こうも言った。

「お前らしい写真を撮れ。そんで、出世払い、楽しみにしてるから」

豪快な笑顔と、頭をわしゃわしゃしてくれたのは。父親とはまた違う、優しさを感じた時だった。

ねぇ、お師匠。
何も何も返せてない。私、何も返せてない。

訃報を聞いた瞬間に頭を過った単語だ。

母も、私も、お師匠に借りがあった。金銭の話ではなくて。お世話になったとか、お金で片付かない問題って云うのは、どうにも表現が難しいんだけども。いや、私はフイルムとかご馳走とか色々あったんだけどさ。

2人して電話口で「何も返せてねぇのになぁ」って言ったのは、覚えてる。

人の死は、その人だけの問題ではなく。周りの人、もっと大きく自分が及ばない所にまで関係があると気付いたのは、この頃からである。

そして、写真を巡るお話はそれなりに色々あるんだけど。お師匠の訃報を境に、思考が明らかに変わった。

上手いとか下手とかどーでもえぇ。下手なのは知ってる。でも絶対に撮り続ける、死ぬまで。


そう、決めたんだ。


じーちゃん、お師匠。
私はまだまだですが、ほんのちょっと自分が撮りたいものが撮れるようになってきました。未だ、撮ってるよ。


そうして、今日も空を見上げて、シャッターを切った。

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