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金曜日の夜、カレー屋で。


「今日はガッツリしたカレーが食べたい」


用事を終えた金曜日の20時過ぎ、心のままにお店へ向かう。
私の心の感度を取り戻すのに、大切な、必要な時間だった。

最近の自分、
会社に行って働いて家に帰る。
夜はご飯を食べながら録画した朝ドラを見る。
休日は、街をぶらぶらしてウィンドウショッピング。
ライブに行ったり、気になっていた場所へ出かけたり。
共感する相手への推活をしたり。
録画したドラマを見たり見なかったり。

みんなと同じように楽しく過ごせるようになってきた。
仕事はちょっと置いておいて、
プライベートでは、味わえてるな~と思える瞬間が、以前よりも増えた。

でも何だろう。
゛これが私の楽しいこと゛という枠から出ない様に過ごしている様な。
好きなガムの味を求めて嚙み始めたものの、
だんだんと味を感じられなくなっていたり、
前ほど心が動かない、そんな感覚だった。





仕事を終えて、今日は珍しく夜の街中にいる。
お腹が減った。

いつも行く居心地の良いsoupstockも、
カレーといえば必ず友人を連れていくあのお店も、
今日はなんだか気分じゃない。

「そうだ。ずっと気になっていたあのカレー屋さんに行ってみよう」


特集で必ずと言っていいほど雑誌に取り上げられる、老舗の人気店。
休日のにぎやかなお昼時に訪れるには、なんだか足が向かなかった場所だ。
・・・今なら行けるかも。

そのお店は、
商店街の一角にひっそりと、しっかりと、今日も開いていた。
ラストオーダー10分前。

植物が張り巡らされた入口から、土壁に囲まれた階段を下りていく。
なかなかお店の様子が見えない。
でも進むほどに、お店の世界に足を踏み入れていく感覚があった。

・・・・・

洞窟なような不思議な場所だった。
明るすぎない丁度いい照明の光、
洞窟なのに深呼吸したくなる空気、清潔感と安心感のある場所だった。

入った瞬間、「ここ、好きだ」と思った。

気の向くままに席に座り、
分厚い木のプレートでできたメニュー表を開く。

カレーセット、しっかりしたお値段だけど、
今日はなんだか心のままに食べたかった。

・・・・・

「ふう。」と一息ついてカレーを待つ間、店の中をぐるりと見渡してみた。

もくもくとカレーを食べるサラリーマン
コーヒーを飲みに来たご夫婦
歌舞伎座の話をしている女性達


「みんな各々時間を楽しんでるな。。」
そんな風にお店を味わっていたら、カレーが運ばれてきた。

ライスで一皿、ルーで一皿。
付け合わせにサラダとピクルスがちょこんと添えられていた。
早速、ルーをライスにかけて一口。

ガツンとしっかりした辛さ。
お肉もごろっと存在感があっておいしかった。
ルーに野菜が溶け込んださらっとしたタイプのカレーかと思っていたら、
うれしいギャップ。今夜食べたかったカレーそのものだった。

しかもよくよく見てみると、
レーズンがライスに混ぜてある。

甘いレーズンと辛いルー。
初めて出会う美味しさに、
『孤独のグルメ』の井之頭五郎ばりの心の声が止まらなかった。
声に出さずに誰にも共有せずに、もくもくとカレーを食べた。
一人で、深く、濃く、味わった時間だった。





このお店には、不思議な居心地の良さもある。

一人客も孤独にならない空気感。
同じ空間にいる人たちと居心地の良さを作っているような。
写真を撮るでもなく、各々ここにいる時間を味わっている。
そんな心地良さだった。


お客さんの中で、特に印象深く残っている女性がいた。
一人でカレーを食べている。
ちらりと見ると、なんだかすごく満足そう。
自分を労い、味わい、心向くままに時間を過ごしているのが伝わってきた。

とても素敵だった。

誰とも共有しない食事の時間がこんなにも濃く、
自分に残ってくれるなんて知らなかった。
周りのお客さんやお店の空間をこんなに興味をもったことは初めてだった。

つい写真を撮ることに意識が向いて、
その瞬間の空気や濃度が自分から抜けて行っていたのかもしれない。

写真はわかりやすく情報を伝えられる便利なツールで、
もっと素敵に撮りたいと思うこともたくさんある。

でも、今日カレー屋で過ごした瞬間は、
写真をポンと載せて伝えたいこととは違っていて、
目と耳と肌で感じたことを、言葉で残したかった。


ラストオーダー直前のこの時間帯の熱量が、今の私にフィットした。




すっかり満たされた気持ちでお店を出る。
この場所は、「お気に入りリスト」に入れるでもない、
インスタに投稿するでもない、
また来たいと思ったら自然と足が向かう気がした。

今日もにぎやかなハモニカ横丁
仲間と楽しそうに飲んでいるサラリーマン
隠れ家のワインバーでしっぽり飲んでいる女性

そんな風景を横目に、電車に乗った。


今日は、今の自分にフィットする場所に辿り着けた。

゛これがわたしの楽しいこと゛と決めつけて他の世界を見ないのではなく、
゛今の自分のままに゛選んでみる。
いきなり突拍子もないものを選ぶのは苦手だから、
日常のささいなことから、普段は選ばない方を選んでみる。

別の世界をのぞいて、また心が動き始めた。
同じ色を何度も味わうのではなくて、新しい色を選ぶこともできる。

そんな風に、彩りを増やしていきたいと思った。
金曜夜、カレー屋で。




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