舞台美術のロマン

舞台美術が好きです。大がかりなセットから小さなセットまでとにかく広く舞台美術が好きです。

元々場面転換のない舞台が好きで(回転舞台を除く)、芝居とは「ないものをあるように見せる行為」だと思っているので、極論大道具も小道具もいらないと思っています。
ただその中で世界を作るものが舞台美術です。

仕込み現場に足を運べばわかることですが、どんなに複雑な舞台美術も単純な平台や角材、蹴込みからできています。
まず舞台を作るとなれば測定から始まります。チョークラインで線を引いたりパンチを敷いたり、基礎の基礎を固めます。
ここからが本番です。図面通りに物を組み立てて置き、タタキに入ります。これがまた面白くて、たとえば螺旋状の階段を作るとしても当然元から螺旋状なものなんて一つも使わないわけです。相当頭の良い人が設計しているんですきっと。
ここから本番といっても、まずは土台です。平台を組むにせよ回転舞台を作るにせよ土台を作るところからスタートします。土台を組んだ上にセットをどんどん組んでいきます。

これ以降の過程はセットごとに違いますし、ここまでの過程もおそらく公演によって違うでしょう。では何が魅力なのか。

まずは規模感だと思います。見た人がその瞬間に圧倒されるかどうか、です。人間は規模が大きければ大きいほど簡単に圧倒されやすいです。特に縦に長い(螺旋状の階段やトーテムポールのようなもの)とパッと見た時に安直に「おっ」っと言いたくなります。

しかしながら大きさだけが全てではありません。小さいながら素晴らしい働きをする美術はいくらでもあります。まずは用途の多さ。箱馬や平台の組み合わせで複雑な形の階段を作ったとしましょう。それは役者の演技で何にでも見立てることができます。その階段を舞台中央に置けば、あとは役者がたくさん遊んでくれるわけです。これも一つ美術の素晴らしさです。「ないものをあるように見せる」のが芝居だとするなら、「すでにあるイメージを壊す」のが美術だと思います。一見ただの箱にしか見えないものが机になったり椅子になったり犬になることだってできるわけです。

次に影です。照明家は美術に光を当てますが、その影を作るのは美術です。つまり、綺麗な影が魅力の一つということになります。光と影は表裏一体ですが、実のところは表裏一体でなかったりします。完璧な光が完璧な影を作るわけではありませんし、影は光を作れません。光と物体の完全な調和によって生まれるのが完璧な影だと私は思っているので、それを生み出す一因として美術の力があります。どの角度からどんな光をもらえばほしい陰影をつけられるかを考えるのも舞台美術の面白いところだと思いますし、それは普段の観察によるものだと思います。日常で道を歩きながら様々な物体を見ると同時に私たちは影を見ているはずです。光の当たり方によって変わるその影を観察したりスケッチしたりどこかに書き留めておくことができます。

そして何より美術は一番の視覚情報です。最近の演劇の舞台では開演前に緞帳が開いている場合も多くあり、開演前から美術を拝見することができます。その時点で実は物語は始まっていたりするのです。美術だけが乗った素舞台を見た観客が何を感じ、何を考え、何を想像するか。これはもはや物語の序章と言えるでしょう。そういう意味で、美術は観客の目に一番に飛び込む作品の自己紹介のようなものです。

しかし先ほども述べた通り、「すでにあるイメージを壊す」のが美術ですから、その序章は必ずしも正しく綺麗に本編には繋がりません。だから面白いのです。観客に何を伝え、何を見せ、逆に何を隠すか。そして最後に種明かしとして幕を閉じる。美術はそこに居座っているだけなのに、きっとホールに入った直後とホールを出る時とでは印象が違うでしょう。そういう効果や役割が美術にはあるのです。

また、一つの美術で空間を使い分けることも可能です。これは小劇場のお芝居でよくあることですが、大がかりなセットを一つ組んでそれを使い分けて空間の違いを表現するというものです。このような空間デザインは素晴らしく、見ていて飽きないため、観客の目を逸らさないという点ですごく良いです。どうしても大道具や小道具で場面を転換したくなるところを、美術の工夫次第でそれをせずに済みます。

少し長くなってきたので総括しますが、舞台美術はどんなものであっても美しいです。作り手の努力の結晶です。観客にとって一番の視覚情報でありながらその物の持つイメージを壊す、そんな役割があると私は思っています。空間をデザインする、美術をデザインする、それを形にする、そこに光を当てる、それで遊ぶ(=そこで芝居をする)。美術の持つ可能性を広げるのは一人ではありません。そういうところにもロマンのようなものを感じてしまいます。なんにでもなれる役者となんにでもなれる美術。この掛け算が上手くいかないわけがないのです。

これにて。2024年3月23日。

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