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【小説】 私のエサ

“いっそ消えてしまえばよかったのに”


スマートフォンに映し出されたその言葉を、私は飲み込まないように手前で吐き出しながら流し見してゆく。

たかが炎上。

人の顔を見て、話すらできないようなクズがネットをエサ場として人の失態を貪り食っているだけ。

そんなものとは距離を置いて、ちゃんと寝て、ちゃんと食べることが何よりの処方箋。

その通り。まさしくその通り。

だが、それが言えるのは、きちんと人が本来食べるべき物を食べられる人だけだ。


私は言葉をエサにする。


正確には私に向けられた言葉が私の血となり肉となる。

私にとって美味しいものとは、善意ある言葉や美しい言葉。逆に不味いものは、悪意に満ちた汚い言葉。


ネットが発達し、簡単に言葉を人に向けられるようになったこの状況は、私にとってご飯の量が増え、わざわざ人との交流の場に足繁く通う必要がなくなったことを意味する。

スマホの配信ボタンを押せば、家に居ようと、ベットに寝っ転がりながらだって言葉を大量に食せるようになったのだ。


ただ、量は増えたが、質は下がった。

顔の見えない世界では、容易にまずい言葉が生み出される。

炎上したら尚更。


ネットからの言葉を食べなければいいのかもしれないが、直接会って関係を築き、おいしい言葉をもらうまでには時間がかかるし、いつもうまくいくとは限らない。

ネット配信から得られるコメントを一度食べてしまえば、その便利さを手放すことは簡単ではない。


ネットをエサ場にしているのは、画面の向こうのクズじゃなく、私の方かもしれない。


いっそ消えようか。

私以外に言葉をエサにする人なんてこの世にいるのだろうか、そもそも、私は人間なのだろうか。

空気があるのに、私はそれを吸えないでいる。


炎上は、二三日経てば収まるもので、顔も出してないような底辺配信者の炎上は尚更、事の収束は早い。


私はいつものように配信のボタンを押した。

いつものように、コメントは美味しくも不味くもあった。

ふと、あるコメントの味が妙だった。

強烈に酸っぱい。目が覚めるような酸味がした。唾液がだあだあと止まらず、胃酸がドロドロ溶けるような、体が沼から出られない重さを感じた。


“美味しいですか?”


苦さと甘さが波のように襲っては引いてくる。

今、食べ物の話をしているわけではなかったはず。最近、コメントが減ったね、と言ったはず。

それに対して美味しいかどうか聞いてくる人がいる。

期待してしまう。私の孤独を拭ってくれるのではないか、と。だが、一瞬にしてそれは疑心に変わる。


孤独を拭ってくれるなら、こんな強烈な酸っぱさは感じないだろう。何か裏がある。何だ。何が目的か。

これ以上はやめろと胃が唸っているのに、私は、そのコメントに反応してしまった。


「美味しいですか、て何が?」


案の定、コメントの速度は落ち、何を言っているのかわからない画面越しの彼らが浮かぶ。


``コメントは美味しいですか?僕は不味いです。``


噓の味がする。絶妙に苦い。

恐らく、不味いとは思ってないだろう。いや、そもそもコメントをエサになんてしてないだろう。

ならなぜ、私にこんなこと聞くのだろうか。言葉をエサにしている存在を知っているのか。


得体のしれないものには近づかず、触らないで、その場を離れましょう。

その通り。全くその通りだ。

でも、けれど、近づくなと言われたら近づきたくなる、触れたくなる、知りたくなるのが人間だろう。


私はやはり人間なのかもしれない。

この人の裏を知りたい。あと少しだけ。

#創作大賞2023

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