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失敗

 私はそれまで自宅で仕事していたので、携帯電話は必要ないから持っていなかった。
 でも、今度勤めるのは携帯のアプリを開発している会社だから、自分も携帯電話を使えるようになっておいた方がいいだろうと思い、auの端末を買った。
 入社してからは職場に電話がないので、携帯があると便利だった。

 タイムカードもないから、毎朝社長に出社したことを知らせるメールを送った。
 携帯のメールはキー操作が好きになれなかったので、友人たちにはそれまで通り自宅のiMacでメールしていた。

 12月中は暇だったので、ニコニコ動画で音楽を聞いていた。
 1月に入ってからメールで問い合わせが来るようになり、少しずつすることができたのは嬉しかった。

 私の仕事は問い合わせを受け付け、Aさんの回答をお客さんに返すこと、それとマニュアル作成だと聞いていた。あとは配達されたものを受け取ったり、簡単な掃除やゴミ出しなどで、他に大事な仕事があるとは聞いていなかった。

 ある日、Aさんが1枚のCDを持ってきて、「これは元だから、これをコピーして使って亅と言った。
 ちょうどその頃、関西の大手通信会社の系列会社とやり取りが始まったところで、Aさんは私にCDを手渡すと、そこの担当者の話を始めた。
 Aさんが帰ってから、私はその担当者宛に、Aさんから言われたことを書いた紙を同封してCDを送った。

「Exchange版をお送りいたします。こちらは元となりますので、コピーしてご使用ください。」
 と、こんな文面だったと思う。

 この会社は自社で製品を使うのではなく、別の企業に製品を使ってもらうために間に入っていた。
 という説明はなかったが、そうなのだろうと思っていた。
 それで、Aさんが持ってきた元となるCDは、その会社が使うと思ったのだ。

 私は普通の会社勤めの経験がなく、事務も営業経験もなかった。
 過去に3年間会社勤めをしたが、その会社が運営するビジネススクールの教室管理だったから、講習会のカリキュラムを組んだり、講習用のマニュアルを書いたり、インストラクターを募集して採用するのが私の仕事だった。

 そんなわけで、企業にこちらの製品を売り込んだり、間に入って先方のシステム管理者とやり取りをするようなパートナー会社の存在は、この会社に来て初めて知った。
 それもちゃんと説明してもらわないから、何となく察しただけだった。

 私がCDを送ったのは、こうしたパートナー会社の担当者だった。

 その日の午後、社長とAさんが私の知らない人を連れてやってきた。
 Aさんは部屋に入ってくるなり、「さっきのCDをコピーして」と私に指示した。

「えっ、CDは◯◯社の◯◯さんに送りましたけど?」
 と言うと、社長もAさんも驚いて、Aさんが、
「あれを送ったって? あれはうちでコピーしてお客さんに送るように持ってきたんだが」
 と言う。

「もう送られちゃったかな」
「本局に行ってなければ取り返せると思う」
「いや、1度ポストに入れたものは取り返せないんじゃないかな」
「◯◯さんのところに着いてから返してもらうか」
「届くのは明日か」
「2日はかかるだろ」
「何て言って返してもらう?」

 社長とAさんがそんなやり取りを始めたが、私は聞いていなかった。
 2人に背を向け、自分のデスクのPCで、CDを投函したポストのある郵便局の電話番号を調べると、携帯で電話した。

 局員が出たので、さっき投函したものがあるが、宛先を書き間違えたので(大ウソ)、返してもらえないかと聞いた。
 ポストに投函した時間を伝えると、幸いまだ本局から集荷に来ていないので、郵便物はそこにあるということだった。

 どうしようと相談している社長とAさんに、
「まだ郵便局にあるそうなので、返してもらってきます」
 と言って、急いで出掛けた。

 そして無事、郵便物は私の手元に戻った。やれやれ。

 そのCDにはAさんが開発した製品(モジュール一式)が入っていて、お客さんから検証依頼がある都度、それを新しいCDにコピーして、お客さんに送るか、こちらの技術者が持っていって先方のサーバにインストールするのだった。

 お客さんに出すCDを作るという出荷作業も私の仕事だったが、そんなことは聞いていなかった。

 だから、この件に関しては私が悪いわけじゃない。最初にちゃんと教えてくれないのがいけないんだもの。


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