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一泊二日で猪苗代へ行った (後半)

 そろそろ温泉に入りたいなと思って友達のほうを見て、はたと困惑した。今回の宿は部屋風呂こそ付いてないものの、館内に4か所の温泉部屋があって自由貸切になっている。友達が公衆浴場で他人と入浴するのが苦手なのは知っているが、私と入るのは平気なのだろうか。一緒に入るつもりだった場合、じゃあ別々に入りますか的な声掛けをしたら友達は「え?そんなに気をつかってたの」と恐縮してしまうかもしれない。最初から別々に入るつもりだった場合、一緒に行こうぜと誘ったら「え?私が他人と入るの苦手だって知ってるよね」みたいな気まずい感じになるだろうか。と思って逡巡していると、友達はおもむろに文庫本を閉じて立ち上がり
「そろそろ温泉入りますか!」と屈託なく宣言した。

気を回しすぎだったなと少し恥ずかしくなりながら温泉部屋に向かう。でも、友達は私と風呂に入っても平気な程度には気を許してくれてるんだなと思って嬉しかった。温泉は食塩泉で、湯口には大きな結晶がこびりついてキラキラしていた。

部屋の一角
デザート
メイン料理

 食べ放題のアイスが廊下の冷凍ケースに入っていたり部屋にはお茶やコーヒーが豊富に置かれていたりして、チェックイン時にはしめしめたくさん飲み食いするぞと意地汚くほくそ笑んでいたが、実際は小さなアイス2個で満足してお茶類には手をつけずに終わった。料理が豪華であまり腹が減らなかったというのもある。こういう時は元を取ろうと頑張って飲み食いするのではなく、欲しくなったら自由に飲み食いできるんだなぁという豊かな気分を楽しむ(気が向かなかったら実際に飲み食いする必要はない)のが重要である。一緒にブッフェ形式のレストランに行くといまだに「もっと食べなさい。元をとらなきゃ」と満腹なのにせっついてくる母などにはぜひ考えを改めてもらいたい。部屋の大きなポットに入れてあった天然水がやたらおいしくて、湯上がりの体に心地良かったのでそっちは空になるまで飲んだ。家にいる夫に猪苗代の景色や食べた物の写真をLINEで送っていたところ、よほど羨ましかったらしく途中から千代の富士のスタンプしか送ってこなくなった。なぜ千代の富士?いつもは布団に入ってからもだらだらスマホをいじってしまい寝付くのに1時間はかかるのだが、その日はあっという間に寝入ってしまった。

一人朝散歩した時に見た小野川湖

 翌日、チェックアウトの準備をして玄関口へおりていくと宿の人が「諸橋近代美術館に行くんですよね?送っていきますよ。バスの本数少なくて少し面倒だし」と言ってくれた。車を取りに行ってくれている間、友達とひそかに「ラッキーだね」「やっぱり、旅の時は気軽に色んな人と会話するといいなと思います。会話から色んなことが派生していくので。きのう宿まで送ってもらう途中、明日美術館に行くんですって何気なく言ったじゃないですか。あれを気に留めていてくれたんですね」と言葉を交わした。宿の人は運転しながら、美術館から少し歩くけど毘沙門沼(美しい水色で有名な五色沼のひとつ)があそこにあるよと教えてくれた。そういうわけで二日目は美術館と毘沙門沼へ行って帰ることにした。諸橋近代美術館はダリの作品をメインに展示しているが、シュルレアリスム関連のほかの作家の作品もいくつか紹介されている。今回行われていた企画展は、ダリの有名なポートレート(ステッキを持ち、目を大きく見開いて口ひげをピンと跳ね上げているアレ)を撮ったハルスマンという写真家を取り上げたものだった。ダリとハルスマンは長年にわたり協力して色んな写真作品をつくりだしたということだ。ダリは作風だけでなく特異な風貌でも世に知られていると思うが、自身の顔やイメージも創作の材料として活用してたんだなぁと思っておもしろく鑑賞できた。写真や絵画のほかに彫像などの立体作品も数多く展示されていて、私は『テレプシコールに捧ぐ』という二人の人物が空に手をのばしている像がとくに気に入った。友達が「彫像ゾーンの作品越しに見える窓の景色が実にいい、鑑賞者に与える効果を計算しつくした建物のつくりだ」としきりに感心していた。

建物と景色も美しい
近所にあったら通いつめたい
図録を買った

 美術館を出て徒歩で毘沙門沼へ向かう。友達は今回の旅でショルダーバッグのほか大きなキャリーケースをずっと携行していて、重くないか、持とうか。なんならコインロッカーに預けるとか。と訊いたところ、「お土産をいっぱい買って入れるために持ってきたのでまだ空っぽで軽いんですよ」と笑って掲げて見せた。途中の道もたのしくて、蛇の追いかけっこを見かけて驚いたりふきのとうや土筆をみつけてはしゃいだりした。毘沙門沼は売店やレストランも充実しており、貸しボートも賑わっていた。ソフトクリームを食べた後ベンチで休憩しながら、この後どうしようかなあ、友達はスニーカーこそ履いてはいるもののきれいめなワンピースを着ているし、売店をみたり整備された広場から景色をながめようかなあ。と思っていると友達が「さっ、展望台まで行きましょう!」と宣言しずんずん雑木林の中に踏み入って行ってしまった。慌てて彼女の少し後をついて歩きだすと、すれ違う人たちはみんなハイキング姿というかアウトドアっぽい服装でリュックを背負っているのが大半で、きれいに巻いた髪をなびかせワンピース姿でキャリーケースを持ち上げて歩く彼女の姿はいかにも異彩を放っておりだんだん可笑しくなってきてしまった。向こうから来たグループの人たちが「…今の人キャリーケース持ってたよ?」「ねぇ…」とつぶやくのが聞こえてますます可笑しくなってしまい、急いで友達に追いついてから「すれ違った人たちがあの人キャリーケース持ってるって驚いてたよ」と教えてやると、彼女もそれを聞いてだんだん可笑しくなったらしくゲラゲラ笑っていた。

待って〜〜
綺麗〜

 私はお土産にくるみゆべしとピーナッツクッキーとこごみの漬物を買い、友達もなんかめちゃいっぱい買ってた。キャリーケース大活躍ですわ~とご満悦だった。友達とは途中まで一緒の電車に乗り上野あたりで別れたのだが、そこで大好きな東京ばな奈を買えたので嬉しかった。
 いい旅行でしたが、お金がたくさん飛んで行ったので以後しばらく節約生活をがんばります。終


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