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世界こわい話ふしぎな話傑作集 5『モルグ街の殺人』ほか

 先日読んだシリーズは下記の通り。
世界こわい話ふしぎな話傑作集7・10・17|khufuou|note

『モルグ街の殺人』ポー原作 岡上鈴江 訳・文
第5巻 アメリカ編 

怪奇小説で有名なエドガー・アラン・ポーの短編が6つ収録されている。

  1. 『黒ネコ』…仲睦まじい若夫婦が黒猫を飼いながら住むお屋敷が舞台だが、夫が次第にアルコールに溺れ怒りっぽく凶暴になっていく。ふとした弾みでカッとなり黒猫を殺そうとしたところへ止めに入った妻を衝動的に殺してしまい、遺体を壁に塗り込めて隠蔽を図る。これなら絶対ばれないだろうと自信満々な夫は警察官たちに堂々と屋敷を見せて回るのだが、思い掛けないことから犯行が露見する、という話。最初普通そうだった夫が酒乱になっていった原因が特に書かれていないのがなんとなく不気味で、夫視点から見た残虐さの発露の描写が怖くてよかった。

  2. 『赤死病の仮面』…恐ろしい疫病が流行った地方での話。その疫病に罹った者は、体中の皮膚に赤い斑点が浮き出して発症したかと思うとわずか30分で血をふきだし苦しみながら死んでしまう。伝染力も半端ないので人がバタバタ死んでいくなか、領主であるプロスペロ公は特別にこしらえた豪華な城にお気に入りの貴族、家来、美男美女を引き連れて籠城することにした。ここなら病の魔の手も届かないだろう、我々高貴な身分の者はここでのんびり遊んで暮らして伝染病がおさまるのを待ちましょうというわけだ。その間、貧しい者たちは見殺しである。ある日プロスペロ公は贅と奇抜さを凝らした仮装舞踏会を開催した。みんな思い思いの仮装をして踊るなか、異様な風体の者がいる。血塗られたマントをかぶり、顔には赤い斑点を散らしたような仮面を装着している。あの疫病で死んだ遺体に似せているのじゃないかと気づいた者たちは恐慌状態に陥る。不吉で不謹慎だ!と激怒したプロスペロ公はその仮装者をとらえて切り捨てようとするが、マントに包まれた体に手をかけてもまるで手ごたえがない。なんとマントの中身は空っぽだったのだ。つまり、仮装などではない疫病そのものが城内に入りこんでいたのであり、プロスペロ公を筆頭に貴族たちもバタバタ斃れていく……という話。※同時期に読んでいた平凡社『疫病短編小説集』にも他の人の翻訳による同作が収録されていた。すこし本題を逸れて『疫病短編小説集』に触れると、ここ数年の新型コロナウイルス騒動で疫病をテーマにした昔の小説が注目されるようになり、たとえばカミュの『ペスト』がまた売れるようになったというような世間の潮流をうけて出版されたアンソロジー集である。おもしろい本だったので、それもそのうち読書記録をつけたい。『赤死病の仮面』に話を戻すと、城内の幻想的な描写、仮装舞踏会の狂熱のなかでも実は疫病に怯えている貴族たちが音楽の合間に見せる心細げな表情と憂鬱の織り交ぜ方が読んでいて心地よかった。貧しい者を黙殺して自分たちだけ助かろうというズルい特権階級の者たちが同様に死んでいく末路にはカタルシスをおぼえるような勧善懲悪ものという側面もある(結局弱い者も富める者も平等に死んでいってるので厳密には勧善懲悪ではないが)。私はこういう「みんな苦しんで不幸になるか死ぬ話」がとにかく好き。あと、挿絵が怖すぎ(いい意味で)

  3. 『アッシャー家の崩壊』…語り手の親友であるアッシャーは名家の当主である。ある日アッシャーから精神的にかなり弱りきった様子で「しばらくこっちにこないか?心細いので一緒に過ごしてほしい」という手紙が届く。行ってみるとしばらく見ないうちに由緒あるお屋敷は荒れ果てて不気味な外観となり、アッシャーは見る影もなくやつれていた。アッシャー家はもともと子孫や分家に恵まれておらず今や跡を継ぐのがアッシャーと彼の妹だけであること、その妹が瀕死の病でじきにひとりぼっちになりそうなこと、詳しくは由来が明かされないがアッシャー家には昔から屋敷内をさまよい住人をおびやかす存在があってその気配を最近とくに強く感じることなどが語られる。結局アッシャー家は悲劇的な結末を迎えるのだが、アッシャー家の因縁についてはくわしく明かされず、最初「妹さんのことと孤独な当主であるプレッシャーで神経が参ってるだけだろう」と思っていた語り手の視点を通して怪異が顕在化していくことでミステリアスな効果を高めた作品だと思う。

  4. 『モルグ街の殺人』…創作中の名探偵として有名なオーギュスト・デュパンが殺人事件の推理をする。むかしから子供向け推理小説集に載っているぐらい有名な作品なので懐かしく再読したのだが、改めて「色んな意味でとんでもないな」と思った。

  5. 『ぬすまれた手紙』…名探偵デュパンが活躍する推理もの。人はとても大事なものを隠すとき、どうやって隠すだろうか?という思考の道筋が楽しめる。

  6. 『ウィリアム・ウィルソン』…自身と同姓同名で、兄弟同士かと周りから間違われる程度には似ている男の影に付きまとわれた末に破滅する(ことが示唆される)主人公。もう一人のウィリアム・ウィルソンが本当に存在するのか、ある程度主人公の妄想が入っているのか想像の余地があるところが謎めいている。

参考までに『疫病短編小説集』の表紙
『疫病短編小説集』の背面
出版は「金の星社」です

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