読書記録 『教科書に載った小説』佐藤雅彦 編 ポプラ社

 表題の通り、色んな国語教科書に載った短めの小説が佐藤氏のセンスでまとめられている。芥川龍之介の『雛』を除き知らない作品ばかりだったので新鮮な気持ちで読んだ。各作品について出典以外の解説は特になく、権威者の解説に影響されることなく自由に読んでほしいというはからいを感じる。おもしろいと感じた話も、それほどピンとこなかった話もあった。特に印象に残った話についてだけメモをのこしておくことにした。

『とんかつ』三浦哲郎

 旅館の女将視点の話。旅慣れぬ雰囲気の母と未成年っぽい息子が二人きりで泊まりにきたのでどうしたのだろうと思っていると、亡き父にかわって実家の寺を継ぐため修行地へおもむく息子とそれを送り出す母親であることが判明する。女将が気を利かせ、今夜ばかりは息子さんが一番好きな料理をお出ししましょうと申し出ると、母親が「それではとんかつをお願いします」と答えるのだ。湿っぽさがなくあっけらかんとしているのにほのぼのした味わいのある作品で、好きだなと思った。

『絵本』松下竜一

 妻と幼児と暮らす小説家のもとに、送り主がわからない『ももたろう』の絵本が届く。読者からの差し入れかな?と首をかしげつつページを開くと一通の手紙がはさまっており、数年前に病死した親友からの心づくしの品であることが判明する。美しく感動的だな~、こんな美しく温かい人間関係のなかで生きていけたら素敵でしょうね~、まあ現実は圧倒的に味気ない人間関係にまみれて生きていくしかないんですけどね~~~~という気持ちになった。

『ある夜』広津和郎

 主人公が部屋で書きものをしている時に、げじげじが歩いているのに気づく。なんとなく気になってげじげじを観察しはじめた主人公の心の動きが詳しく描写されていて面白い。木目のあんばいで滑りやすくなっている箇所を避け、歩きやすい場所を選ぶげじげじを見て「通りにくい場所を前にして悩むようにじっと動かなくなる仕草が、こんな虫けらにもいっちょまえに思考能力があるのかという感じで不気味だ」と思うところに共感した。

『少年の夏』吉村昭

 父が鯉を飼っている庭の池に息子を遊ばせていたら近所の子が羨ましがったのかこっそり侵入して溺死してしまい、溺死した子の母親が被害者づらで泣き叫ぶシーンがある。下世話にも「家庭板とか生活板でよく見るトラブル事案やん!」と思ってテンションが上がってしまった。私はむかし脳みそが腐っていて、2ちゃんねるだか5ちゃんねるだかのご近所トラブル報告スレをひたすら読みふけって過ごしていた時期があるのだ。それはいいとして、父がその事件を境にあんなに熱中していた鯉の飼育をやめてしまい、極めて雑なやりかたで鯉をぜんぶ近所のてきとうな池に放り込んでしまうラストには「オヤジふざけんなよ」と突っ込むと同時に「オヤジ。その気持ち、わからんでもない…」という同情的な思いにもなった。このオヤジは晩年なにを心の拠り所に生きていくのだろうか。

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