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私は私の世界で生きる

先日、相方と除雪作業をしていたら「どうなってるんだ」とか何とか、ぶつぶつ言いながら町内の人が通り過ぎて行った。いい感じではなく批判的な印象。推測だけど、状況からして相方の雪の処理のし方が気に入らなかったのだろうと思われる。相方の耳には届かなかったけれど。

面と向かって言われた訳ではない。でも、わざわざそれを口に出している時点で「聞かせてやりたい」気持ちがあるってことだよねと思う。町内の整備的なことをよく自主的にやってる人で、助かる面もある。でも自分の正しさを元に意見してくるのって何なんだろう。いや、意見ですらない。「こういう理由でこうした方がいい」とちゃんと伝えてくれればこちらだって考えることができるし、納得できれば直すことだってできる。でもその、通りすがりのぼやきみたいなものって、ただ単にその人の面白くない気持ちを吐き出されただけだから。気分良くはないよね。

私はけっこうこういうのが気になるタイプだから「こっちがやり方を変えた方がいいのかな」と思ってしまいがちだ。年齢的にもあっちが上だし、こっちが間違ってるのかな、悪いかな、と。でも冷静に考えてみれば、うちの相方は相方なりの考えで、良かれと思ってやってることだから。それが他人の良かれと違うからって、曲げる必要もないし、ぶつぶつ言われる筋合いもない。年配だからって相手の方が正しい訳ではないのだ。

こういう場面でつい、自分を弱者にしてしまう。
なんかこう、強く言ってくる感じとか、男性で年上の人に威圧感感じて、どこか萎縮してしまう感じ。

こういうの、もう卒業したい、ほんと。

自分のもともとの質もあるから、気にならなくなる訳ではないにせよ、言いなりにはならない。

心の中は毅然と。

そもそも、ちゃんとした意見もせずぼやきを聞かせることで人に罪悪感を抱かせるような、そんな種類の人、私の人生に要らないから。

どうかあなたはあなたの世界でお元気で。

私は、私の世界で生きる。

そういうことだ。

それでいいんだ。

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