見出し画像

5月の日差し

凍える寒さの冬に別れの3月、
そして肌寒くも植物の息づかいを感じ始めた4月もこえて早5月。

寒がりで面倒くさがりの私には、
ようやくヒートテックや腹巻きやらレッグウォーマーやらを着込まずともTシャツ1枚で出かけられるようになったこの気温はただただ楽で心地いい。

我が子達に至っては、もう裸んぼで部屋中を走り回ったりしている。

当たり前の幸せを感じながら窓の方に目をやる。

我が家は高台に建っていて、リビングの大きな窓からは海と空が見える。

青と青の風景。

こんなにも爽やかな5月の日差し。

目を細めながら私は専門学生に通い始めてすぐの5月の事を思い出す。

慣れない一人暮らしが始まってすぐ、
ゴールデンウィークで初の連休だというのに実家にも帰らず一人マンションの窓から空を見ていた。


冷蔵庫は空っぽ。
私は徒歩3分のコンビニへ飲み物も食べ物も買いに行く事もせずじっとしていた。
今のようにスマホはなく、本やゲーム機などの手持ち無沙汰を紛らわすものはなくテレビも付けていなかったように思う。
付けていたとしても内容はすり抜けていた。

時折泣いていたようにも思う。

そのまま何も出来ず夕方になっていた。



寂しければ親にでも地元の友達にでも連絡すればいいだろうと思う。

でもそれも出来なかった。

あれは五月病だったんだろうな。

専門学校ではすぐに友達も出来、新生活のスタートを軽やかに切れていたのに、だ。



あの時ぼーっと見ていた空も、爽やかな今日みたいな青い空だった。


雨だと億劫になったり、暖かいと活動的になったり、夏には開放的になったり、
人間は割と天候に左右されるところがあるけど、
どんなに清々しい空の下にいても気分が晴れない時がある。

それは、曇天の下のそれよりも不幸だ。

私の妹は時々鬱状態があった。

妹は都会の大学に通っていて一人暮らしをしていたので、実家暮らしだった私は鬱状態の妹を目にした事はない。
自死するその年の春先に自傷行為をし、警察から母に連絡があり地元に帰って来た。
今思えば留年やら留学やらしていたので6年以上都会で暮らしていた妹が(志半ばだが)実家に帰って来た事で、
久しぶりに姉妹揃っての実家暮らしが始まった所だったのに、
年を跨ぐ事もなく逝ってしまったんだったな。

妹は都会のマンションで一人こんな空を見たんだろうか。
いや、実家の窓からも見ていたんだろうか。

澄み渡る青い空が灰色に見える日がある。


5月の空は時々息苦しくなるなぁ。
青い空の下、そんな事を考えていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?