ビリジアン (02)

2.

「どうも~、三浦あずさです~、うふふ。あっ、挨拶は座ったままで、ふふ、構いませんよ~? 千早ちゃんは、どのお薬が好き? やっぱり味が美味しいのが一番よね? うふふ、私は最近だと北海道の製薬会社が作ったオクチリンっていう軟膏が名前も可愛くて味も抜群で―――」

 ああ、この人、真っ当におかしい。研究のために様々な患者の投薬後の経過を見てきたけど、この人はそういう一般的な患者とは桁が違う。私も試薬を試し飲みすることはあるけど軟膏を美味しいと言う人に出会ったのは初めてのことだった。根本的なズレというより、この人はきっと産まれてくる星を間違ったのだと、聞き流しながら思った。

「―――サプリメントも色々試してみたんだけど……ほら、アレって味に深みが足りなくてイマイチじゃない? だから、どうしてもお薬に戻ってきちゃうのよね~……うふふ」

 まだ笑い上戸の異星人の話が終わっていなかった。薬の話でクスリ……ふふっ。サプリメントの味に深みが無いと言われたことに反論しようと思ったけど、とりあえずきっちりダジャレをメモしたあと咳払いをして話を切った。

「それで、三浦室長は今回の事件を―――」
「うふふ、私、友達からはあずさって呼ばれてるの」
「三浦室長は―――」
「あ・ず・さ」
「みう―――」
「 あ ・ ず ・ さ 」
「あ……ずさ、さんは今回の事件をどう処理していくおつもりですか?」
「そうね~(ポリポリ)まずは、ふふっ、流出した薬の全回収を最優先に(ポリポリ)し、もし必要なら犯人さんがどうしてこんな、あらあら~な事をしたのか(ポリポリ)その目的と犯行動機を明らかにすることも視野に入れて動いて(ポリポリ)いこうかと思ってます~」
「なるほど」

 確かに対策室の仕事としては全てが終わったあとに報告書をまとめ、二度と同じことが起きないように対策案を提出しなければならないのだから、事件の全容は出来うる限り知りたいところ。個人的には動機なんてどうでもいいのだけれど。捜査方針は私の考えと概ね同じだった。ちなみに、会話の合間に聞こえるラムネを噛み砕くような音は、あずささんが口の中で錠剤を噛み砕いてる音。何の薬かは分からないけど、この人が色々な部署をたらい回しにされている理由は何となく分かった気がした。

「千早ちゃんは、今回の事件をどういう風に見てる? あら、やだ私ったら……千早ちゃんと話してるのに自分だけ食べるなんて……ごめんなさいね? 良かったらどうぞ、うふふ」
「私が知り得た情報の限りだと今回の事件はうちの研究所、もしくはうちの職員に恨みを持ってる者の犯行というのが私個人の考えです。そして恐らくは芸能関係者……あ、私は宗教上の都合でサプリメントしか口に入れないことにしているので、遠慮しておきます」
「あらあら~、それなら無理に勧めちゃ悪いわよね~(ポリポリ)こういうの、パワハラって言ったかしら? 最近よく(ポリポリ)問題になってるし……ふふっ、気をつけなくちゃいけないわね、うふふふ……」

 あずささんは少し寂しそうに、一日の摂取量をとうに超えたであろうはずの錠剤をたまごボーロでも食べるかのように、また口に放り込んだ。もしあれがバファリンなら、きっと口の中で優しさのバーゲンセールが開かれていることだろう。

「あずささんは四条さんをご存知ですか?」
「四条……? ああっ、どこかで耳にしたことが(ポリポリ)あるような……うふふ、どこで聞いたのだったかしら?(ポリポリ) どうにも最近記憶があやふや(ポリポリ)で……」

 おそらく今日の朝、引き継ぎを兼ねてビリジアンが深く関わる今回の案件のことを聞いてるはずだから、今日の朝に聞いたのだろうけど……。きっとこの人は記憶をあやふやにする薬でも飲んでいるに違いない。こんな状態で大丈夫なのだろうか。ポケットから携行用のサプリメント入れを取り出して二度ほど右手の上で振り、三粒だけ出したサプリメントを口に含む。ポリポリ。ああ、この深い苦味が舌を刺激して気持ち良い。だけれど、こうやって二人して顎だけ動かしていても仕方無いから、とりあえず動ける範囲で動いて行こう。まずはビリジアン事件の担当刑事により詳しい話を聞いたほうが良さそうね。

「では、四条さんに会いに行きましょう。毎回、現場近くに残されているという黒いカードがどんなモノなのかを見ておきたいですし。まあ、流石に現物を見せてもらえるかは分かりませんけど」
「黒いカード……?」
「はい、詳しいことは警察署に向かうタクシーの中でお話します」
「黒と言えば、オクチリンも軟膏なのに黒くて―――」
「それもタクシーの中でお聞きします」

 色々問題は山積みだけど、警察組織に属さない私たちは一歩ずつ事件に迫っていくしかない。まあ、私が抱える一番の不安は、あずささんが薬物取締法違反で逮捕されやしないか、だけれども―――。

「―――わざわざ、ご足労願いすみません。おや……そちらの方は初めて見るお顔ですね? 初めまして、私は四条貴音と申します」
「ど……どうも、初めまして、三浦あずさと申します~……うふふ」
「なにぶん、急なことでしたので、このようなうす暗い部屋しか空いておらず、申し訳ありません。殺風景で居心地は悪いかと存じ上げますが、どうかおくつろぎください」
「は、はい~……うふふ、こんなところ初めて入りました。ドラマなどではよく拝見させていただいていたのだけれど、据え置きの固定電話もあるし、ワンルームマンションみたいで、うふふふ、案外住み心地も良さそうですね~、取調室って」

 風呂トイレキッチン窓寝具無しマジックミラー付きというワンルームで果たして人間が生活できるのか甚だ疑問だけれど、ここは流石と言うべきか、あずささんは四条刑事を見ても物怖じひとつせず、どうどうと会話をしている。どう考えてもアウェーな空気が漂う取り調べ室に通され、現職刑事と相対するなんて普通一般人なら犯罪経歴が無くても身構えてしまうものだと思うし、私が四条さんと初めて顔を合わせたときは自らの警戒心を解くのに一時間を要した。……と、言うか、あずささんは四条さんの姿が気にならないのかしら。四条さんも、どう考えてもおかしい部類なはずなのに。異星人同士の異文化交流において、外見を気にするなんてナンセンスなのかもしれない。

 四条貴音―――誰が呼んだか、彼女のあだ名は《着ぐるみデカ》

 今日もカエルをモチーフにした警察機構のマスコットキャラクター《ゲロゲロ警部》の着ぐるみを華麗に着こなし、彼女の人間性は謎のベール……カエルに包まれている。いつも着ぐるみを被っているので人間かどうかも怪しいけど。着ぐるみの胴と頭の間から綺麗な銀髪がはみ出し、これでもかという具合にアピールしているのを見る辺り、少し抜けてる部分……所謂人間味も持ち合わせているのは相違ない。しかし異星人どもを放って置くと薬とラーメンという、まったく噛み合わない会話で盛り上がることは明白なので、私が地球人代表としてコミュニケーション……もとい会話のイニシアチブを取らなければ―――。

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