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保育園隣接の庭を寄付したという、地域ニュースで思うこと。


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クレーマーの主張に道理があるのか

静岡県富士市での地域ニュース。地元で500年続く名家の17代目 N さんが、住宅密集地にある市立第二保育園に隣接する広さ約2300平方メートル(約690坪)の庭園を市に寄付した。

N さんは、「コロナで社会の利己的な風潮を感じ、世の中の役に立てたらと考えた。未来を担う子どものために活用してほしい」とのこと(静岡新聞、一部引用)。

最近、幼稚園や保育園周辺の一部住民が、園の子供たちの歓声や音楽などを、騒音として苦情を申し立てるというハナシを聞くことがある。

確かに、騒音と言えなくもないのだが、そもそも幼稚園・保育園の子供たちを静かにさせろと言う方が間違っている。まさに苦情を申し立てる道理が無い。

騒音と感じそれを苦痛と主張するならば、簡単に言ってしまえば静かなところへ引っ越せば済む話である。引っ越せない事情も含めて自己の主張を申し立てるなら、園としても許容範囲の騒音と主張できなくもない。訴訟に発展し、騒音対策を講じるような判決にはどうしても理解できない。

ちなみに小生の住まいのすぐ近くに小学校がある。運動会シーズン(昨年はコロナで中止だったが)には、校庭で上級生の鼓笛隊の練習が毎日のように行われる。聴いていると、日を追うごとに上達していることが分かる。

小学生があんなに上手に演奏できるなんて素晴らしいことだと感心する。同時に元気を貰えた気分で、嬉しい気持ちすら覚えるものだ。ところが、騒音として一部住民から苦情があったとかで、練習が削減されてしまった。

苦情って主張に道理はあるのか? 自分も子供時代があったんだろう。自分たちも子育てしたんだろう。その小学校に子供を通わせたんだろう。子供がいないとしても、その小学校はかなり古い。後からノコノコとやってきて騒音と主張するなら、小学校の近くに住まなきゃいいだろう。

翻って、件の N さんの仰る”社会の利己的な風潮”及び”未来を担う子供”という言葉には非常に強く共感するものがある。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。




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