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人工股関節置換手術のあとさき14 ひと匙のハチミツの奇跡

術後数日間は、たくさんの管に繋がれ、オムツをつけられ、何もひとりではできない状態が続く。

そんな中で、手術の翌日から通常の食事が始まる。

ほぼ寝たきりの状態からベッドを起こし、不自由な感じで箸を持つのだが、これがもう食べられない。
身体はだるくつらく熱も出てきたし、何より食べるという気分じゃない。
そして、手術前は普通に食べられたこの病院の食事の味をどうしても受けつけない。
わたしは、生まれてきて初めて食事を、ハッキリと不味いと思った。

それでもがんばって
ごはんとおかずを1口2口、口に運んだが、もうそれ以上は無理だった。
これが2日6食続いた。

看護師さんは、毎食ごとにどのくらい食べられたかを聞きに来る。
食べられるようにならないと栄養点滴が外せないらしい。
早く管から解放してあげたいという看護師さんの気持ちは痛いほどわかるのだが、どうしても無理だった。
看護師さんは「無理はしなくていいですよ」と言ってくれる。優しい。

けど、こんな不味い食事を退院まで食べなくちゃならないのかと思うと、わたしは暗澹たる気持ちになるのだった。

食事開始から2日たった夜、
不自由な身体でベッドに横になるしかないわたしは、ぼーっと天井を見つめていた。

そしたら、突然思い出した!

ハチミツがあった!

小腹が空いたとき、甘いものが欲しくなった時、ちょっと舐めよう、と思って荷物の中に忍ばせていたハチミツ。
大切な友だちが、入院の時に持って行ってねと手渡してくれたものだ。

明日の朝起きたらいちばんにあれを舐めよう!!!

そう思ったら心なしか元気が出てきたし、明日はゴハンが食べられるかもしれないという気持ちになった。

小さくてかわいいハチミツの瓶

翌日、
わたしはゆっくりと起き上がり、小さなハチミツの瓶から、これまた小さなプラスティックスプーンで
黄金色のハチミツをひと匙すくい、口に入れる。

ハチミツ独特の甘味が口いっぱいに広がる。

ああ、おいしい!と思った!
身体じゅうにハチミツのエネルギーがさざなみのように広がっていくのを感じる。
それとともにわたしの中に忘れていた元気が湧いてきた。
嬉しかった。

朝食の前にもひと匙舐めた。

食事が不味くない。食べられる!
ありがたい!
それから食事を重ねるごとに少しずつたくさん食べられるようになった。
不味いと思った味もそうでもなかった。

その数日後、
入院して初めてつけたテレビで「ミツバチの一生」というのをやっていた。

ミツバチの一生は約半年。1匹のミツバチが一生かかって集めてくるハチミツはティスプーン1杯ほどだそう。
あの小さな瓶のハチミツは、一体何匹のミツバチが集めてきてくれたんだろう〜!
ミツバチの子どもを育てるためのハチミツのお裾分けを、わたしたち人間がいただいている。

わたしたち人間は、ときに不遜にも自分たちだけで生きていると思ったり、自然をコントロールして生きていると思ったりする。
けれど、わたしたち人間はいつも大いなる自然のふところに抱かれて、あらゆる自然の恩恵にあずかっている。

狭い病室のベットに横たわってミツバチの一生に思いを巡らすとき、大いなる自然への感謝が止まらない。




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