昭和30年代の闇

昭和30年代というと戦後の復興、3丁目の夕日、東京タワー、古き良き昭和時代の象徴にも感じられる。

しかし実態はまだまだ貧しかった。雪国から上京して職場恋愛で結婚した祖父母は核家族となった。子供は2人。このパターン、かなり多いのではないだろうか。

齢80後半の祖母が最近初めて語ってくれた、昔に3人くらい中絶しているということ。

祖母は長女と長男を産んでいるが長男は50代で癌で他界。
長女にあたる私の母も夏頃、放置すると癌化する確率が高い病気になり、臓器を摘出手術した。

その渦中、祖母が「実はね、昔3人くらい堕してるから、その子達がお姉ちゃんを呼んでるのかもしれない」と言い出して私は驚いた。中絶に対しては若気の至りの結果程度にしか思っていなかった。10代の中絶は多くても結婚後に中絶は昔ほど無い。
女性側の自衛の手段があり、情報も簡単に得られる時代に生まれて良かった。

母と叔父は昭和30年代の生まれである。

かなり貧しかったのは聞いていたが、私は「え、なんで3人も?!避妊の方法とか、なかったの?」と聞いた。

「あるにはあったんだろうけど…」

祖母を可哀想だと思った。結婚している限り拒否することも避妊もできない。昭和の価値観にがんじがらめにされた無知な女、まるで被害者じゃないか。

祖父だって貧しいのをわかっていてなぜ?己の欲に任せて?そんなの鬼畜だと私は思うが、なんせ時代が違う。

母が退院した後、その話をした。母は子供ながらに気付いていたようだった。

「3人どころかもっとあったと思うよ。私が中学の頃まで、具合悪そうにしてる日には産婦人科の薬袋があったから、そうかなーって」と。

今みたいに子供に対する補助が何も無かった。
昭和30年代は妊娠しても5,6割中絶しているというデータもあった。
婚前交渉なんてありえない!が大多数の時代、結婚後は2人くらい産んで家計に合わせて中絶…
明るい家族計画どころか、暗い。
しかし当事者たちは戦争経験者、死生観も違うのだろう。

若い頃から今まで祖母に言われた事は古い価値観の押し付けだと思っていた。

婚前交渉は絶対ダメ
旦那さんのお相手(性欲処理)しなきゃダメ
子供は最低2人は産まなくちゃダメ
育児は大変だけど可愛いから虐待なんてありえない

数々の呪いの言葉。話が通じないので聞き流して居たけれど、貞操を守り結婚し夫の言いなりになった結果、中絶を繰り返すなんて幸せとは思えない。
それでも女の幸せはお嫁にいって子供を持つこと。を強調してくる。完全に洗脳されていて、恐ろしい。

彼女達が幸せと信じたものの裏側にあった沢山の不幸、良く言えば我慢。
繰り返さないようにしなくてはならない。
現代は生き方の多様性が認められてきている。未婚晩婚少子化は物価が上がったのに労働賃金は30年前と変わらない、むしろ安いのだから当然の結果だ。

日本人が少数民族になり移民国家になる?30年後はそうなっていても不思議では無い。
しかし自分の生き方は自分で決めたらいい。

どうせいつかは死ぬのだから。


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