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どういたしまして、私

 1996年7月、アトランタオリンピック。女子マラソンで2大会連続となるメダルを獲得した有森裕子さんは、レース後のインタビューで「初めて自分で自分を褒めたい」と語り、お茶の間の感動を呼んだ。
 時は流れて2022年、奇しくも同じ7月。スケールの差はあれど、私もあの時の有森さんのように自分で自分を褒めたい気分なのだ。なぜか。それは私が運営するブックバー「AND BOOKS」が明後日の7月15日で開店から4周年を迎えるのだ。おめでとう私。よくやった私。いえいえ、どういたしまして私。右の手で左肩を、左の手で右脇腹をそれぞれがっちりとつかみ、ひとりハグをして自分で自分を祝った。
 「出来るときに、出来ることを、出来る範囲で、出来るだけやった結果だ」「何もしなければ、なんとかなるなんてことはないし、奇跡も起きるはずがない」「自分に自信や信念がある時は、他人が何をしようと気にならない」などと、うれしさのあまり検索して調べた有森さんの名言を自分の言葉のように記してみた。有森さんごめんなさい。
 諸行無常で栄枯盛衰な、生き馬の目さえも抜いちゃう飲食業界なのだから、サラリーマン時代には体験できない刺激的な毎日だった。中でも触れずにいられないのが、現在進行形のコロナ禍だ。そのウイルスは開店から1年半ほど過ぎた頃に流行が始まった。だから1億総自粛マインドの中での営業の方が長いので、4周年を迎えようとしている今でも、軌道に乗っているのか、いないのか、実はよく分かっていない状態なのだ。
 そんな中でもこうして続けて来られたのは定期的に通ってくれる常連の方々のおかげで、本当に感謝しかない。その常連の中には、転勤で八戸から離れなければならなくなった男性や、遠方に住む彼の元へ行ってしまった女性など、北は札幌から南は福岡まで多々おり、例えばそのみんなが今もなお八戸に居てくれたなら、私はもう少し楽な暮らしができていただろうな、と思ったりもする。
 インパクトの強いお客さんも多くいた。その一部を紹介すると「開店してまだ1年しかたっていないのに、10年ぶりに来たと豪語した壮年男性」「靭帯を切ってしまって、入院で当分飲めなくなるからとグラグラの膝で来店した豪傑」「他の店で泥酔してから来店し、当店の売り上げをただの1円も上げずにリバースだけして帰った女性」などなど。最後の女性に関しては客とは言えない気もするが、今なら全ての来店者に「ありがとう」と言えるのだ。
 わが「AND BOOKS」は、これからも中心商店街だが繁華街とは言えない、十六日町の際で営業を続ける。変わったことはしない。あの狭い階段を上がってきてくれる誰かを静かに待っている。
 「良い店とはマンネリズムである」と、後に名言になるかもしれない私の言葉を記したところで、どうやら文字数がちょうどのよう。5年目もどうぞよろしくお願い申し上げます。

デーリー東北新聞社提供
2022年7月13日紙面「ふみづくえ」掲載


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