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試みの地平線

 北海道出身のある女性シンガーは、高校の卒業文集に「ビッグなシンガーになる」「ユーミンになんか負けるもんか」と書いた。その数年後、当時絶頂期で絶対的な存在だったユーミンをCDセールスで追い抜き、本当にその通りになった。〈夢は叶う〉との意味のグループ名で活動する彼女は本当に夢を叶えたのだ。
 去年の今ごろ、この「ふみづくえ」への執筆依頼をしていただいた。本好きならば誰もが思うであろう文章を書く人への憧れや畏敬の念があったから、原稿料を頂いて新聞に自分の文章が載るなんてことはまさにドリカム状態だった。サラリーマン時代には想像し得なかった未来を今生きていて、文化部の皆さんには感謝しかない。
 この欄で書くことが決まって、自分に一つのルールを課した。それは新聞に掲載されるならば「AND BOOKS」の宣伝も兼ねようと、本文中に毎回必ず店名を入れることだ。誰か気付いていただろうか。しつこかっただろうか。どれほどの効果があったかは不明だが、今の文章で全10回のステルスミッションをコンプリートした。
 今回のタイトルは、1980~90年代に青春を生きた男の子たちのバイブル雑誌『ホットドックプレス』で連載されていた人生相談のタイトルだ。回答者は泣く子も黙る、あの北方謙三先生だ。若者からの相談は恋愛や仕事、人生論まで多岐にわたり、毎回の北方先生のハードボイルド回答が話題を生み、のちに単行本化もされた。今なぜか私の手元にあるその単行本『試みの地平線』(講談社)からいくつか紹介すると、生きていくのが嫌になったという高校生には「本を50冊読め。50冊読んだらナンパしてみろ」と、いかにも北方先生らしいアドバイスをし、彼女が約束を守らないと嘆く青年には「張り倒せ」と、現在ならば各方面からお叱りを受けるような回答もある。その反面、男の優しさとは、と問う青年には「己の心の傷を隠して生きていく男のことだ」と、ハードボイルド以外の何物でもないしびれる回答もあって、いちいち素敵なのだ。そんな北方先生は毎号必ず「まだまだ物足りないぜ」との決まり文句で、青春に悩める男の子たちをさらに煽ったのだった。
 今回で私の連載は終了する。昨年の春、店がつぶれてしまったらこの連載はどうなるのかと書いたのが昨日のことのようだ。おかげさまで店はまだ存続しており、挑戦とも言えたこの試みを最後まで務め上げることができた。しかし私にはいまだ地平線の果ては見えておらず、まだ書きたい気持ちもあるのだが、一年で交代するルールなのだから仕方がない。引退して明日から普通の男の子に戻ろうと思うのだ。かつて人気を博したあの三人娘は、結局普通の女の子には戻れなかったが、私だったら戻れるだろう。また自分の店にこもって静かに生きていこう。そして何か文章が書きたくなったら、こだま欄へ投稿しよう。匿名で。(八戸市 S介 48)
 最後に、面白かったよと言ってもらえることがモチベーションでした。毎度の雑文を読んでくれていたあなたに感謝しています。涙をこらえつつ、ありがとうございました。
 でも、まだまだ物足りないぜ。

デーリー東北新聞社提供
2023年3月22日紙面「ふみづくえ」掲載

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