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祖母のカメラ

 祖母は時折、おむつがないと電話をしてくる。もう足が動かない、トイレまで行けない、誰も買い物に行ってくれない、と泣いて縋る。わたしは、祖母の寝室に未開封のおむつがたくさん積まれていることを知っている。自力で歩くことができるし、看てくれる人がいるのも知っている。すぐ買って送るね、と言うと、祖母はお礼の言葉をひととおり言った後に、電話に出てくれるのはあなただけだと嘆く。わたしは、みんな忙しいんだよ、と諭す。何回このやりとりをしたかわからない。

 次の日に必ず、忘れていることを見透かしているように、また電話がかかってくる。
「おむつ、ちゃんと買ってくれたのよね?」
配送には時間がかかるから、と嘘をつく。電話を切ってすぐ、Mサイズ/「要介護」用/二十二枚入りを選んで、祖母の家に送る。大容量のものもあるけれど、それだと意味がない。本当はLサイズだって、「一人で歩ける方」用だっていい。もっと言えば、おむつじゃなくたっていい。それでも気づかないふりをして、使われることのないおむつを何度も送る。それで祖母の気が紛れるならいい。

 直接会いに行けた後は、おむつの要求が少なくなり、祖母からの電話は穏やかだった。できることなら頻繁に会いに行きたかった。けれど、最後に会ったのはもうずいぶん前だ。
「東京はまだ感染者が多いね。」
「こっちに来るのはワクチン打ってからね。」
さみしそうな祖母の声を、電話口から何度も聞いた。



 祖母からの電話が鳴らなくなって、もう三ヶ月が経つ。仕事の電話が増えて、祖母からの着信履歴はどんどん画面下へと追いやられ、ついにはひとつ残らず消えた。祖母と電話した事実は、わたしの記憶の中だけのことになった。

 祖母の家に行った。主のいない家はがらんとしていて、知らない家に入ってしまったみたいだった。祖母がいつもいたベッドに手を伸ばした。数日前までそこにいたはずなのに、もう何年も使われていないかのようにシーツはひんやりとしていた。はじめて、祖母の不在を実感した。
 誰かが遺影にする写真を探す時に見つけたのか、テーブルの上には、アルバムと一緒に古いフィルムカメラが置かれていた。ケースに祖母の直筆の名前を見た。わたしはそれを、自分が使おうと決めて黙って持ち帰った。

 同じファインダーを覗くことで、やりきれない気持ちが少しだけやわらぐ気がした。もう話せないから、日々を見せるようにシャッターを切る。一緒にいられなかったから、毎日持ち歩く。会いたくてたまらないから、カメラを握りしめる。


 フィルムカメラはまだ慣れない。撮るものに合わせて露出を調整しなければならないし、ピントを合わせるのも目測だ。うまくいかないことが多い。
 けれど、カメラを持つと街の見た目が変わってきた。見えなかったものが、見えてきた。


長いのに読んでくれてありがとうございます。