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《木曜会:3月7日》

街を歩く、いろんなところで梅の花が咲いている。梅にもいろいろな種類があるのだから、梅にもいろいろな考えがあるのだろう。なにも、梅の全てが道真公のために香りを出しているわけでもあるまい。と思う。
3月を迎えた木曜会の模様。

いつもであれば18時半にはコロマンサに行くようにしているが、この日は考えごとをしていたので店の到着が遅くなったヒゲの男。すでに冷泉とファラオ、そして山科の女が来ていた。冷泉が開口一番「アウシュさん、さっきまで待ってはりましたよ」と教えてくれる。

アウシュさんというのは、アイルランド民謡を弾くバイオリニストである。よくコロマンサでセッション演奏をしてくれているのだ。映画『イニシェリン島の妖精』に出てくるバイオリニストと同じで、寡黙ながらその情熱の値を測ってみるや、カンタンに異常値を算出するのではとヒゲの男は感じる。

アウシュさんは熱い男性なのだ。ただ、それは外面には氷漬けにされているように見える熱さなのだ。調子に乗ってイカロスのような感じで彼に近づくと、容易にその翼は溶け落ちてしまうであろう。

ヒゲの男のすぐ後、ガラス戸を開けて入ってきたのは広告デザイナーの浦部君であった。こちらは氷がさらに氷漬けされ複層的永久凍土のような感性を持つ男である。カラカラと乾いた笑い声は出すが、実際のところ腹の底から笑ったことなどただの一度でもあるのだろうかと感じる。

浦部君とは、この木曜会を契機にして改めてデザイン的な相談を持ち掛けてるうち、会社の仕事をお願いすることとなったので、3月に入り早々、来社してもらうことにした。

【ヒゲ】お疲れさまです。案件が何なのか僕も知りませんが、フジイさんが用事があるとのことですので、付き合ってあげてください。日時の調整をするので、お待ちください。

【浦部】承知いたしました。謎の呼び出しで楽しみです!

【ヒゲ】それでは後日。僕も・・・臨席するんかな、ちょっとわからんですが。

【浦部】そうなんですねwどんな感じでも大丈夫ですが、阿守さんの仕事風景を覗いてみたいです。

【ヒゲ】僕の予定は、今のところ3月1日18時からの社内麻雀しかありません。

【浦部】そっちの方が参加したいですわ!

【ヒゲ】そちらは欠員でたら、すぐに連絡します!その前にファラオと浦部君とで3人打ちしましょう

【浦部】ファラオと真剣勝負したいです

【ヒゲ】殺傷沙汰になるんちがう!おもしろそう!

【浦部】めちゃめちゃ楽しそうです!

ある日のLINEより引用

浦部君は何も知らされず弊社にやって来たが、そんな彼を待ち構えていたのは予想だにしていなかった会社の重役連中がズラリと並ぶ光景であった。「先に詳細を聞いてなくてよかったですわ。聞いてたら、面倒くさくなって断ってたかも知れません」と浦部君は言う。

しかしながら、ヒゲの男は見たい。この誰からも美しいと呼ばれる男が、農場地でほこりの中、ワーワー言いながら子供のように転げまわる様を見てみたい。

山科の女は帰りの時間があるのでコロマンサを去ろうとする。ヒゲの男はギターのチューニングをDADGADにして『サンジェルマンの殉教』という曲を弾く。山科の女は「よし、頑張ろう」を3回唱える。2回は口に出して唱える、最後の1回は口に出さずに唱えたのだろうと思う。

先月、写真を撮影するために香川へ帰省した。ヒゲの男には妹がおり、その妹は病のため高校1年生の2月に死んだ。今、ヒゲの男の娘は高校1年生となり妹を越えた。娘には、かつて必死に生きて、存在していた自分たちの家族がいたことを感じて欲しかったのだ。

母親には娘の成長という奇跡を見せたかった。

この年齢の娘を亡くした親の気持ちにヒゲの男自身が立てるようになり、より実感することとなった。想像を絶するような不幸なことが、この家族には起きたのだ。写真の撮影は地元の写真屋サンカラーにお願いした。サンカラーは被写体となるこの家族のことをよく知ってるからだ。

ヒゲの男の希望はフィルム撮影だったが、もうその機材もメンテナンスしていないし、何より今となっては技術的に不安なのだとサンカラーの真鍋の親父は教えてくれた。ちなみに音楽的なアドバイスもいただいた。「グループサウンズやってみたら」というものだった。ちょっと保留。

そんなことを思い出しながら『サンジェルマンの殉教』を弾いた。弾いてる途中、ギターの弦が切れた。それがどうした。

「阿守さん、弦が切れても、関係、ないんですね」と冷泉は興味深そうに質問してくれる。ヒゲの男は切れるタイミングかなとも思った、曲の冒頭で切れたのなら弦を張り直すだろうが、今回のように曲の後半で切れたのならそのまま弾く。欠けていくこと、失われていくこと、忘れていくこと、それこそが生きている証拠なのだ。

「阿守さん、この前、大丈夫でしたか」と冷泉は言う。

木曜会より遡ること2日。つまり、火曜日。冷泉とヒゲの男は連れ立って広島風お好み焼きを食べに行った。たまにお好み焼きではなく、広島風のお好み焼きを食べたくなることがあり、そうなった日には必ず行く天満にある『広島焼きひろ』だ。

その後、新規開拓と称して近場のカラオケスナックへ行ったり、大いに盛り上がったあと冷泉と酩酊しているヒゲの男は別れる。別れ際にヒゲの男の様子がいつもと違うのではと感じた冷泉は、2度ほどラインで連絡をくれた。「大丈夫ですか」と。

その頃、冷泉と別れたヒゲの男は――。



書けません




という教訓になる話しをしていると、不思議な女とまほろばおじさんがコロマンサにやって来る。まほろばおじさんは以前、京都の大手下着メーカーのデザイナーだったこともあり、彼を中心に80~90年代の行き過ぎた(現実とは乖離した)テレビCM各種について話しをした。

『だっだーん、ぼよよんぼよよん』は狂ってましたとカラカラ笑う浦部君

《ピップの滋養強壮剤栄養ドリンクのダダンCMイメージ》


『かっぱっぱー、るんぱっぱー』も今では問題視されるだろうと不思議な女

《黄桜の当時のCMイメージ》


『ロート、ロート、ロート』の強迫観念と白い鳩も狂気の沙汰とヒゲの男。

《ロート製薬の当時のCMイメージ》

そんな折、コロマンサに初めて来たという保険のおじさんとお姉さんがやってくる。「近くに住んでるので、前から(この場所)気になってたんですが、今日は勇気を振り絞って入ってきました。あの階段を上がった人間しか経験できない光景が、確かにありますね」と、2人はご機嫌の様子だ。

酔って寝込んでしまったまほろばおじさんは寝たままにしておき、それ以外のメンバーで「ようこそ木曜会へ」の乾杯を済ませ、そこから惰性の夜は深夜まで続き、結論から申し上げますと、冷泉がSDGsのバッジを襟元に付けたら、どんな感じになるんだろうと気になって仕方がない日だった。

次の木曜会は、3月14日の開催です。皆さん、いらっしゃい。

逆らいながら
奪われて…
流されながら
見失う。

誰もがその戸惑いの
中から学ぶのだ。

ああ、
本当の私に
帰っていきます

大分むぎ焼酎「二階堂」のCMより
『未知の力』篇:2006年


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