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《木曜会:7月4日》後編
【参加メンバー】
①冷泉 ②ヒゲの男 ③ファラオ ④タケちゃん ⑤イワサキさん
⑥採用マーケの男 ⑦制作のカネやん ⑧リクルート広告のタカオ
⑨醤油屋のゆっきゃん ⑩裁判官の女 ⑪タッキー
最近、ヒゲの男の会社には木曜会のメンバーが頻繁に出入りするようになってきた。これは木曜会のメンバーに乗っ取られたのではなく『共創』だ。今年になって、日本全国で流行させようという言葉だ。
水曜日には、ムエタイ野口がやってくる。彼を迎えて新規のシステム開発プロジェクトを開始することにした。彼の経歴を社内認知しておくのが面倒だったので「彼は京都大学法学部卒業!京都大学の法学部を卒業!」と甲子園のビール売りのように連呼していたら、自然と巧くいった。
木曜日には、デザイナーの浦部君が会社にやってきたのだと同僚が教えてくれた。ヒゲの男はそのタイミングで社内にはおらず、仕事の打ち合わせと偽り近くの喫茶店で知人の脈子からバイオリンを借り受けて、自分の娘にデリバリーしていた最中だったため会えなかった。
金曜日には、北浜にあったコワーキングスペース『LINKS』にて再開することになったカメラマンのバロン松下、アシスタントで元警察官のバンコクさんと堺にあるグローバル技術研究所へ向かう。
この『LINKS』という商売としては完全に破綻してしまった場で生まれた縁を少なからず引き継いでいるのが、木曜会ではないかと感じることもある。
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さて、木曜会。
コロナ禍において業績が著しく下がることとなったが、機転を利かせ事業内容をピボットすることで見事に黒字転換させたミスター・イワサキが冷泉と何やら話しをしている。
ヒゲの男は2人の話しを聞いている。傍には愛想を母親の胎内に忘れてきたであろうファラオもいる。
ヒゲの男は出張する度に自身の金がなくなっていくことを嘆く。しばらくして、醤油屋の女ことゆっきゃんと裁判官の女、そして映像ディレクターのタケちゃんもやって来る(※前編を参照)。
おっさん同士の話しに飽きたであろうファラオは、そそくさと女性陣の席に移動して澄まして酒を飲んでいる。
「今日の来賓メンバーは以上の感じですか」とヒゲの男が冷泉に問う、「阿守さん、採用マーケプロデューサーのヤマネ先生が来られます」と冷泉は教えてくれる。
冷泉の言ったとおり採用マーケのセカンドオピニオンを目指すヤマネ先生が知人2名を連れてやってきて、コロマンサの一番奥の席に座る。大体、最初にその場へ座る際、万作が創った大きな丸い球体(用途は不明)に頭をぶつけるのだが、今回もしっかり頭をぶつけていた。
ヒゲの男は一番奥の席には座らないようにしている、どういうわけか最奥のソファに座ると体中が赤くなり痒くなるのである。なんらかのアナフィラキシーショックが出ているのではないかと考えるが、それ以上は具体的に原因を究明したところで改善されることもないだろうから放っている。
ヤマネ先生に連れられた木曜会に初参加の2名はカネやんとタカオという。タカオは人事のスペシャリストであり、働き手と企業のマッチングに取り組んでいる。これまでの学歴重視であったマッチングに変革を起こしていくのだと教えてくれた。
カネやんの方は大企業をクライアントにして、広告に関するいろいろな制作をしている一方でヤマネと共創したビジネスをしているのだという。
同じく制作会社に勤めるヒゲの男がどのような制作をしているのかカネやんに聞くと、カネやんはスマホを取り出して自身がディレクションした、ある企業の特設ページを見せてくれる。「東京の代理店さんから依頼されてプロジェクトに関わったんです」とカネやんは言う。
スマホの画面には、とある企業のエンジンにまつわる歴史絵巻が出ている。まさに見事な出来ばえである。
しかしながら、なんか、どこかで見たことがある。
ヒゲの男は確認のため、カネやんのスマホ画面をタケちゃんにも見てもらう「クライアント一緒やないか!」と、タケちゃんは看破する。また不思議な縁ができたなとヒゲの男はおかしくてたまらない。
そういえば、ミスター・イワサキとも直接的ではないが、クライアントが被っていることも思い出した。
その辺の真面目な話しをしようかと考えたのだが、ヤマネ先生が元カノに金を払わされた話しが強烈に面白かったため、皆がそちらに集中することとなった。
「ヤマネさん、どういうことがあったのか、教えてもらえますか」と冷泉はたどたどしい日本語で『ヤマネの恋愛物語』を促す。腹をくくったヤマネ先生は当時のことを振り返る。
話しはこうだ。
書けません
がらがらとコロマンサの窓を開けて夜風を通そうとするも、夜になっても不快指数の高い熱帯夜の風は心地良くない。そんな折、世界で最も多忙な男タッキーがやってくる。このタッキーという男は別名で豚王とも呼ばれており、ヒゲの男にビジネス知識を常々授ける男である。
ヒゲの男は会社員になる前、タッキーを家に呼び「会社において、てっとり早く出世する方法」を指南してもらった。40才を越えてようやくシラフの社会に出ようとする右も左もわからぬヒゲの男が、タッキーの言いつけをただただ守っていると、驚くべき速さで出世することとなったのが現在だ。
「タッキーさんって若い頃はアモさんのマネージャーしてたけれど、どんな感じだったんですか」と訊いたのはファラオだったか。
「あ、聞きたい、聞きたい」と冷泉も乗り気である。
「ボクはアモさんたちミュージシャンには忠実でしたよ。また、大御所ミュージシャンのマネージャーも兼任することで、いろんな修羅場がありましたけれど、それも良い経験でした。厳密にいえば、アモさんの面倒くささと大御所ミュージシャンの面倒くささはニュアンス異なるんですけどね」とタッキーは答える。
「キミ、忠実ではない瞬間もあったよ」とヒゲの男はある逸話を話し出す。
2006年10月31日——。
その日、ヒゲの男とタッキーはイギリスの小さなカジノにいた。前夜にライブを終えて完全にオフだった2人だが、金もなくやることもないので最後の微々たる金を持ってルーレットの前に座っていた。
微々たる金は日本円にして大体1,000円くらいであっただろうか。ヒゲの男の持ち金であるが、これではタバコも買えない。
タッキーはスケジュールの残りは帰国のみだということで、現地の貨幣(ポンド)は一切持っていない状態だった。
1,000円全額をルーレットの赤に賭ける。「赤」が来た。倍の2,000円になる。また全額をルーレットの赤に賭ける。「赤」が来た。倍の4,000円になる。この世には幸運が続くということがあるもので、それを繰り返していつしか元金の48倍にまで膨れ上がっていた。2名は狂喜していた。
「タッキー、もうそろそろストップしよう、もう十分だわ」とヒゲの男がチップを換金する準備にかかったところ、タッキーはヒゲの男の手首をすかさず捻り上げる。そして血走った目でこう言う。
「アモさん、次、赤来ますよ。赤が来ます。赤がくれば96倍ですよ」
人間がこんな目をするのかとヒゲの男は背筋が凍りついた。あの忠実でかわいげのあるタッキーがこと勝負事になると、豚王になってしまった。
「いや、タッキー、勝ちすぎるのは精神的に良くないって、ここまでにした方がいいよ」とヒゲの男が言おうとすると、「アンタのな!そういうところは音楽活動にも出てるんだ!あと一歩で退いてしまうところな!赤が来るって言うとるだろ!黙って見てろ!」とタッキーは逆上する。
「ボールが赤に入ってくる根拠は!?」(ヒゲ)
「赤が来るから、赤が来るんじゃ!」(タッキー)
「オレの金やんか」(ヒゲ)
「やかましい!」(タッキー)
ヒゲの手首を捻り上げたままタッキーは、全額を赤に賭ける。
果たして、恐るべきことに『赤』が来たのである。頭の上でくす玉が割れたような快感が押し寄せた、タッキーとヒゲの男は先ほどまでルーレットの前で柔道のヘタな乱取りみたいに揉みくちゃになっていたが、互いに抱擁し合った。危うくディープキスするところだったかも知れないテンションだ。
そして、その金を資本にして次の日、2人は朝早くから誰にことわることもなくウェールズへの旅に出た。「アテの無い旅なんだから、お気に入りの景色があれば、好きなところで列車を降りればいいのさ」という具合だ。
帰国の際には残ったお金でお土産にシャンパンなど、普段は買わないような高級なものをいろいろ買った。
大阪に辿り着いたとき、まさか、それら全てのモノが手元から消え失せることになるなど、この時は想像もしていなかった。
人と人の関係が長続きするのはどういうエッセンスが必要だろうか。結局のところ、よくわからない。けれど、いや、やっぱりよくわからない。
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次回、木曜会は7月11日となります。皆さん、お越しください。
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