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【Sample】Last Choreography【歌姫庭園23】

 この世は理不尽に満ちている。
 そんなことは、皆さんご存知だろう。
 だから溜飲を下ろすことは出来る。
 たまたま今回、俺のテーブルに山盛りの理不尽がドカンと出されただけだ。
 でも、飲み込んだ理不尽が腑に落ちるかといえば、そんな訳ない。
 世の中、得てしてそういうもんだ。

 さて、それでは世の作法に倣って、理不尽をかっ喰らう挨拶をさせていただこう。
 表情筋は笑顔のまま、心の中で思いきり息を吸う。
 天地神明老若男女、森羅万象!願いたもう!

 誰か助けてください!!


 秋風と発達した熱帯低気圧が、誰にプロデュースされているのか、全国ツアーを繰り返していた。
 大気の激しいモッシュによって、湿気と熱は押し流され、冷たい木枯らしが場を支配する。
 じきに北からやってくる冬将軍様の露払い公演は、順調に推し進められていた。
 
「おめでとう。君も晴れて昇進だ。」
「……ありがとうございます。」

 理不尽は、突然テーブルに乗せられる。
 山盛りのそれは、期待の証。
 俺を見込んで盛られたものだ。

「今期開け、すぐにニューヨーク支部に移ってもらう。住居や国際免許の手配など、向こうでの生活の準備を始めてくれ。我が社の福利厚生は手厚い。住環境の望みには応えよう。もし向こうの生活に関して何か不明点があれば、私が相談に乗ろう。」
「……はい。ありがとうございます。助かります。」

 期待されるのは、喜ばしいことだ。
 俺の功績が認められたのだから。
 
 でも、少し急だ。
 もう少し、待って欲しかった。


◇ ◇ ◇


 噂と言うのは、蚊に似てる。存在は確かなのに、実態を捉えようとすると非常に難儀な辺りなんてソックリだ。
 視界の隅をチラつく飛翔体を追いながら、そんなことを思った。
 イエカの類だろうか、外はすっかり秋色なのに、空調の効いたプロジェクトルームでは夏のように鬱陶しい連中だ。
 俺の昇進とそれに伴う人事異動の話は、いつの間にやらみんなに知れ渡っていた。
 今や事務所のどこを歩いていようと、あちらでヒソヒソ、こちらでチラチラと、囁きと視線をいただく。
 非常に居心地が悪いが、身近な同僚Pや同期のスタッフの多くが祝福してくれた以上、関係のない者の言動はシャットアウトすることにした。
 担当アイドルである彩華や礼さんたちも、寂しさを滲ませながらもお祝いしてくれているしね。
 ただ、一人だけ、何の言葉もかけて来ない者がいた。

「……無理もないか」

 プロジェクトルームの片隅に鎮座ましますホワイトボードに、ビッシリと書きこまれたガントチャート式の予定表。
 その段の一つが、長い空白の後に“ラストライブ”の文字で締め括られていた。
 偶然にも、翌日は俺の日本支部への最終出勤日にもなっている。

「もうすぐ君は一般人だ」

 俺のキャリアを語る上で外せない存在。
 初めて自らスカウトし、一貫してプロデュースさせてもらえたアイドル水木聖來は、間もなく表舞台から退く。

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