4月3日 心頭滅却すれば火もまた涼し

本当は


「心頭、火を滅却すれば、また涼し」

が正しいらしいぞ。
誤読らしい。
さらにこの辞世は、
甲乱記(※)では、

快川と問答した僧・高山の言葉

とされており、同時代文献には見られないらしいぞ。
近世の編纂物から登場しているようで、

本来は

快川の逸話ではなかった可能性が…(笑)(笑)


お七の年齢問答といい、これといい、まさに、講釈師、見てきたようにナンチャラですな。
しかもその方がかっこいいとか泣けるとかね。


4月3日 心頭滅却すれば火もまた涼し


1582年。
織田信長が塩山恵林寺を焼打ちした日だそうです。
快川紹喜(「かいせん・じょうき」とお読みするそうです)禅師が、武田の残党を匿っていたからだって。
禅師は炎に没したけれど、このとき残した言葉が有名なあれ。
新暦では4月25日だそうです。
「滝のぼる 鯉の心は 張り弓の 緩めば落つる 元の川瀬に」
これも有名らしい。
さらに弟子に虎哉宗乙(こさい・そういつ。伊達政宗の教育の師として知られる)がいるとか。
虎哉おしょおおおお!


※甲乱記

1582年(天正10年)の、甲斐武田氏の滅亡を記した軍記物語。
武田勝頼に対する木曾義昌の謀反から始まり、恵林寺の焼失、信長入甲に終わっているらしい。

それでも地球は回っている