それは高二の五月の椿事〔あべみょんさんに捧げる一作〕


うちのガッコには『神』が六柱いる。
学校一のモテ男、窪野洋介。
学校一の秀才、滝坂幸広。
スポーツ万能、仲山大賀に、
キコクのカタコト、松田龍平。
頼りなげが魅力の及川光矢せんせーと、ごつい保健室医、長瀬智之せんせー。
この六柱に愛されたい六(シックス)ガールズなあたしだけど、あいにく身近に存在するのは、ネクラジミーメガネの幼なじみのみ。
名は、阿部祥太朗。
趣味は植物採集…


今日も今日とて阿部祥は、裏山中腹まで私を連れ出す。
私と分け入ると新種発見の確率が上がるというのだ。
実際あいつ、阿部祥のくせに、幼小中、各一種類ずつ新種の植物を見つけてる。
高校分を見つけたいからと言われては、無下には断れない。

きょうは何探すの?

コイバナ。

恋バナ!?

ちがう、コイバナ。
恋の花とか話じゃなくて、鯉幟の時期だけ咲く、多年草。

もう!
それ早く言ってよ。
鯉幟鯉幟…

うろうろ探しまくること二時間。
我ながら付き合い良すぎると、呆れて大木に凭れるあたし。
と、背中になんか当たってる。
蔦?
じゃない、でも木を締め付けて上へ。
ああ!
なびかない鯉幟!
これが、コイ…バナ…?

と思ったとき!

上からはらはらと、いえドバーっと!

まっ白い粉が降ってきたのだ!!

やあん!なにこれえーーーー!


コイバナは、花粉を放つとすぐ枯れてしまうのだという。
真っ白になった私そっちのけで、コイバナが枯れ落ちたことを悔しがるネクラジミーメガネに、あたしは怒髪天衝いた!
すっ飛んで帰ってお風呂でキレイキレイして、あたしは半泣きで眠ったのだった。


朝。

おはよう美洋(みひろ)!

親友の珠希(たまき)といつもの角で合流する。

あれ阿部君は?
今日は一緒じゃないの?

何であんなやつと登校せにゃならん!
行くよ!

珠希を従えて歩き出したのだけど…

あれれ?
女子生徒は何でもないのだけど、男子は、男子はみんな変だ。
あたしばっか見てる。
いや、最初は、珠希見てるのかなって。
珠希、ほんと美少女だもん。
白い肌。
大きな目。
お姉ちゃんが編んでくれる豊かな髪。
手足もすんなり。
比べるに、あたしは、浅黒い肌、ちょっとつり目、笑顔は苦手、勝ち気。
大概の人は珠希を…

ついに一人があたしの前に立った。

清水美洋さん!
僕と!

あたし!?
あたしなの!?
すると別の一人がその人を押しのけた。

みひろさん!
こいつじゃなくて俺と!

僕と!

オイラ!

こいつらじゃなくて!!

なんだかめちゃめちゃ怖くなって、あたしは珠希の手を取ると、脱兎のごとく駆け出したのだった。


逃げるように校門をくぐる。
ところが男子生徒たち、相変わらず追ってくるし、校内の生徒までが、わらわらわらわら出てきたではないか!

ど、どうなってるのみひろ。
これいったいどういうことなの!?

あたしにわかるわけがない。
そこに人影が差した。
それはなななんと!学校一のモテ男、窪野洋介様だったのだ。

こら!
おまえら!
みひちゃんは俺のなんだ!
手ぇ出すな!

そこへまた別の影が差した。

美洋さんはぼくのですよ。
モテるだけのあなたには渡せません!

学校一の秀才、滝坂幸広様…
そこへ駆け込んでくるスポーツ万能、仲山大賀様。

ガリ勉のもんでもねーぞ!

No!No!No!No!No!

ああこの声はキコクの松田龍平様だ。

She's my sweetheart!


いっ、いったいどうなってるんですか!?
わわっ!及川せんせーも長瀬せんせーも来る!
そこここで殴り合いも始まってる!
喧嘩はやめて!
私のために争わないで!
もうこれ以上…

って竹内まりやの歌みたいに叫んでたら…



…ひろ…みひろ!


声…は…ネクラジミーメガネ…
阿部祥だ。
私…何?
わっ花粉!!

うん。
コイバナの花粉、催眠作用があるんだ。
みひはそれ浴びて昏睡しちゃったんだよ。

じゃあ、あれは、夢?

大丈夫?
ごめんなごめんな。
僕がちゃんとついてなかったから

夢だったのか。
ああよかった。
あんな六柱、嫌だ、願い下げだ。
それよりいま、あたしについてくれてる祥…

あれ?

祥太朗…
こんなかっこよかった?
メガネ取りやがった。

何これ。

めっちゃ長い睫毛………



七年後。
あたし祥太朗と結婚してた。
勿論コイバナ探しのあの日がきっかけ。
花粉振って枯れてしまったコイバナの代わりに、祥太朗はあたしを得たのだった。
あたしは阿部姓になり、名は変わらないから美洋のまま。
結婚後、大学職員として勤めだしたT島大学で、阿部美洋の名で働いている。
あだ名は下の名前がなまってみひろ、みよう、みよん。

でもって…


通称は勿論あべみょんである…


それでも地球は回っている