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パスティーシュ短編『サクラ・マスカレード(SACRA Masquerade)』

2022/11/7(月)

《10月31日、ホテル・ミラン(Miran)大宴会場で行われるウェディング・パーティーにて、花嫁を殺害する。冗談と受け取ってもらっても構わないが、私は本気だ。冗談と考えてパーティーを中止したり私を邪魔しようとすれば、さらに多くの被害者が出るだろう。街が血の赤に染まるのを見たくなければ、一人の犠牲を呑み込むがよい。もう一度言う。私は本気だ。お前達SACRAなど、私の相手にすらならない。浦宮》
「ジン、ちょっと。」
零無から呼び止められたのは、休憩から戻ったその直後だった。FAX機の前に立ち竦む零無と景明に歩み寄り、零無が持っていた脅迫状を手に取る。脅迫状が囁く文言を見遣り、思わず目を見開く。
「……っ!」
「大丈夫、ジン?」
目を見開いたまま硬直したように立ち竦む俺に、景明が聞く。何とか相槌を返してから、硬い唾を呑み込み口を開く。
「…やめよう」
「…えっ?」
「…何言ってるの、ジン。」
「結婚式は延期しよう。紗和美を危険なことに巻き込みたくない。」
虚をつかれたように俺を見る零無と景明に、言葉を返す。
「でも差出人は浦宮だ。それに、街が血の赤に染まるって。」
「そんなのハッタリに決まってんだろ。」
零無にそう言葉を返しながらも、自分の心臓が違うと告げていた。
「相手は浦宮だ!それに、奴は俺たちSACRAのことも知っている。下手に中止なんてしたら、それこそ……」
「そんなの愉快犯に決まってんだろ!」
「おいジン!」
零無に胸ぐらを掴まれる。零無の隣りで、景明が慌てたように俺と零無の顔を見比べていた。
「逃げんなよ。」
「お前だって知ってんだろ、浦宮に関する情報が、俺たちSACRAと警視庁と警察庁の一部だけの機密情報ってことを。SACRAの存在だって、世間一般どころか警視庁内部にもそう知らされていない、警視庁と警察庁の一部にしか知らされていない。脅迫状に書いてある筆跡も奴のと同じだ。これでどうハッタリだって……」
「分かってるよっ!」
思わず声を荒らげた俺に、ちょうど休憩から戻って来た萩人,航二,栗栖が歩を止める。
「どうしたの、ジン」
「…ジン先輩?」
睨み合う俺と零無,景明を萩人,航二,栗栖が取り囲む。脅迫状に目を通した3人に、「これなんだけど……」と景明が呟く。
「式はやめようって、ジンが……」
「いや、それは難しいのでは……」
「浦宮相手に、中止には出来ないでしょ。」
栗栖,萩人が即座に呟く。
「……っ、」
予想していた言葉に、唇を噛み締める。迷うことなくそう判断する皆に、苛立ちが募る。このまま式を挙行すれば、紗和美が危険な目に遭うかもしれない、紗和美が殺されてしまうかもしれないのに。式を断念すれば、さらに多くの➖無関係の人々に被害が出るかもしれないのに。所詮、皆にとっては
「…お前らにとっては、所詮他人事なんだよ。」
チクリと胸が痛む。皆の視線が、自分に針のように刺さって見えた。それでも、言葉は止まらなかった。
「紗和美がどんな目に遭おうが、最悪殺されようが、〝守れなかった〟で済む、所詮、仕事だ。どうせ時間が経てば、他の失敗した案件と同じレベルに成り下がるんだろ。」
「ジンっ」
景明が俺を止めようとするかのように言う。
「しかも相手は浦宮だ。成功確率なんて限りなく0に近い。どうせ成功なんてしないから、失敗しても許されるから、多少手を抜いたところでバレやしない、一人の犠牲で済めば万々歳なんて……」
頬に鋭い痛みが走った。一瞬息が止まる。殴られたと理解するのとほぼ同時に、萩人が俺の胸ぐらを捻り上げていた。
「ふざけんな!どうせ失敗するとか、紗和美さんが殺されようが構わないだと?いい加減にしろよ!毎回毎回命賭けてる俺たちが、命の尊さなんて一番よく分かってんだろ!確かに仕事だよ!だけどこの仕事は、絶対に全力で挑まなきゃならない、命懸けの仕事だろ!俺たちだって紗和美さんを絶対殺されたくない!たとえ自分が死んでも、絶対に紗和美さんを守るよ!他人事なんかじゃない、自分事だよ馬鹿野郎!!」
萩人の手が離れる。萩人が息を吐いた。
「心配するな。ぜってー死なせねーから。」
「ジンと紗和美さんは、僕たちSACRAが絶対に守るから。」
萩人と景明がきっぱりとそう言う。零無と航二と栗栖も力強く頷いた。
「…………っ」
目の前の仲間に途端に涙がまぶたの淵ぎりぎりまで湧き上がって来て、腕で視界を覆う。萩人が肩を組んで来た。
「もう〜ジン、泣くなって。」
「泣いてねーよ!」
腕で目元を覆ったままで、萩人に反論する。
「大丈夫だよ、ジン。」
景明の声に、自分を苛んでいた牙城が、ガラガラと崩れて行く。
「……すまなかった。頼む。」
「うん。」
「おう。」
景明と萩人が答える。萩人が背中を優しく叩いてくれた。

「これから例の件についての捜査会議を行う。俺たちの今回の仕事は、浦宮の犯行声明下で、ジンと紗和美さんの結婚式を無事に遂行することだ。浦宮のデータと浦宮対策については大丈夫だな?」
航二の言葉に零無,景明,萩人,栗栖と頷く。萩人が手を挙げた。
「まあウチに新卒で配属されるくらいだから浦宮のデータは入ってると思うけど、浦宮の案件は特殊だからね。」
萩人が栗栖を見遣る。航二が「あ、そっか。」と視線を栗栖に移した。
「浦宮の捜査は、初めてか。」
「はい。あっでも、世界的に活動している犯罪者なので、もちろんデータは入っています。年齢・性別不詳で、爆発物や拳銃を武器に暗殺や建造物の爆破を繰り返している、指名手配犯ですよね。」
栗栖理佐は、今年の4月に新卒として入庁し、いきなりSACRAに配属された大型新人だ。女性という小柄な体躯➖といっても女性にしては高身長に分類されるのだろうが➖そんな体躯を活かした、瞬発力のある身のこなしを強みとしている。
萩人が得意げに頷く。
「さすがだね。じゃあ、早速対策に入るとするか。と言っても、これは奴を捕まえるための対策じゃない。俺らと、そして紗和美さんが死なないための対策だ。」
「死なない対策……?」
「情けないことに、奴は強敵でね。ちょうど一年くらい前にあった連続ビル爆破事件で奴と遭遇したんだけど、死者を出さないようにするだけで精一杯だった。ジンも、俺を庇って爆発に巻き込まれそうになったし。」
「ああ。あれはギリギリだった。まあ、怪我をせずに済んだのは、ハギが爆弾を大方既に解体していたのと、俺の解体技術のおかげだな。」
その事実に、栗栖が少し顔を曇らせる。
「そんなに……」
「大丈夫、理佐はフロントには立たせないから。俺たちのアシストだけ頼むよ。」
萩人が栗栖の肩に手を置く。栗栖がそれをチラッと見遣ってから頷いた。
「分かりました。」
「じゃあ早速、捜査会議に入るとしよう。」
航二が咳払いをし、口火を切る。
「予定通り挙式はして、俺たちSACRAで秘密裏に捜査にあたる。浦宮はSACRAのことを知っているから、参列客に紛れさせて応援を呼んだりすると、浦宮を刺激しかねない。会場はホテルだから、応援はホテルのどこか別室にでも待機させておいて、考えたくはないが怪我人が出た時や浦宮を逃してしまった時のために動いてもらうのが良いと思う。」
航二の意見に頷く。
「参列客はせいぜい50人だし、浦宮が参列客を把握している可能性は充分にある。紛れ込ませるのはダメだろうな。」
「それに、たとえ応援を呼んだとしても、応援が僕たちの連携についてこられるか分からないしね。脅迫状ではターゲットは紗和美さんになっているけど、浦宮を刺激して銃を乱射とかされたらそれこそ応援や一般参列客に犠牲者が出かねない。」
俺の言葉に景明も続ける。零無が訊いた。
「ジン、今回の結婚式はマスカレードだったよな。詳細はどうなってる?」
「マスカレードって?」
「仮面舞踏会のことだ。ハロウィンに乗じて、仮装することにしたんだ。」
へえ、と萩人が呟く。景明が膝を打ち手を叩いた。
「あ、そっか。仮面があれば、応援を紛れ込ませられるかもしれない。」
「残念だがヒロ。参列客全員にハロウィンもしくはプリンス・プリンセスの仮装をすることを義務付けてはいるが、仮面は付けないようにと招待状に記載してしまっている。顔は隠れていないから、応援は紛れ込ませられないよ。」
手を叩いた景明に、首を横に振る。萩人が顔を顰めた。
「何で仮面は駄目にしちゃったのよ。」
「紗和美が、せっかく来て下さるのに、顔が見えないのは嫌だ、って。俺なんかを選んじまって色々探られることもあるだろうし、参列客の表情が見えている方が、紗和美も楽だろうしな。」
「俺なんか、というのは……?」
「俺たちSACRAは公安と同じ秘密機構➖警視庁版の公安ってところかな➖だから、そう仕事を公に出来ないでしょ?だからご近所さんとかから〝秘密主義〟だとか〝旦那が定職に就いていないんじゃないか〟とか、言われちゃうんだよね。」
「なるほど……」
栗栖に萩人が説明する。萩人が続けた。
「まあジンはカッコいいから、そんな自分を卑下することないと思うけどね。逆に羨ましがられるんじゃない?」
「羨望は嫉妬と紙一重なので、挙式をする限り、紗和美さんはそういう目で見られてしまうと思います。ジン先輩、実際すごくカッコいいですし。」
栗栖がそう言う。萩人が不服げに栗栖を見た。
「えっ、俺は?」
「俺?」
「理佐、俺ってカッコいいと思う?」
「あっ…はい。…カッコいい…と…思います……」
「言わせたな」
「言わせたね」
「〝と思います〟だからな」
栗栖の言葉に嬉しそうな表情を浮かべる萩人に、航二と景明,零無が間を置かずに呟いた。完全に恋バナ状態になってしまっているSACRAを咳払いをして作戦会議に引き戻す。
「…ということで、マスカレードの説明はこれでいいか。」
「あっ、それ何ですけど……」
栗栖が手を挙げる。
「仮面も有り、に変更するのはナシなんですか?」
「そうしたいのは山々だけどな。変更を加えることで、浦宮を刺激してしまうかもしれないからな。」
栗栖の意見を零無が否定する。景明と萩人,航二も頷いた。
「ですが、カボチャを被ったり仮面を着用することで、参列客の安全性も高まると思うんです。浦宮にとっても、自分の外見を隠せるのであれば尚好都合なはず。変更を加えることのリスクよりもメリットの方が多く、安全性はより担保されるのではないでしょうか。」
栗栖の話に、場が一瞬沈黙する。ややあって、零無が口を開いた。
「確かに……浦宮にとってメリットがあるのなら、変更が悪因になることはないだろう。」
「仮面がOKなら、ヒンターハルトも使えるしな。」
「まさか両者win-winな要素があるなんてね……」
「で、ジンはどう思う?」
零無に航二,景明が続く。萩人が俺に聞いた。
「ああ、俺も賛成だ。紗和美も納得させておく。」
頷くと、航二が再び指揮を取った。
「よし。じゃあ、参列客は仮面有り、ヒンターハルトで応援も導入するってことで良いか?応援の警察の行動範囲と、ジンと紗和美さんの仮面はどうする?」
「付けた方が良いんじゃないかな?その方が安全だし。」
「ああそうだな、でも…」
「みんなが仮面と仮装をすれば、誰が誰だか分からなくなるから、浦宮もきっと狙えなくな……」
「悪いけどヒロ、それは無理だ。」
俺が言葉を言い終えるのを待たず嬉しそうに話す景明を遮る。
「えっ……」
一番〝それ〟を望んでいるはずの新郎から出た〝それ〟を否定する言葉に、景明が虚をつかれた表情を浮かべる。
「どうして、ジン。その方がジンも紗和美さんも安全だよ?」
あくまで純心な景明に苦笑いを浮かべる。
「俺だってそうしたいさ。紗和美に…出来るだけ安全な格好をしてほしい。だけど、もしそうしちまったら、浦宮はどの仮装をしているのが紗和美なのか分からなくなって、まったく関係のない人物を狙いかねない。……無差別攻撃になってしまう可能性もある。」
「酷いこと言うと、正直、紗和美が助かるならば、まったく関係のない赤の他人が、紗和美の代わりに犠牲になったって俺は構わない。紗和美が助かるなら、誰かに代わりに犠牲になってほしいよ。だけど…自分のリスクを下げるために周りのリスクを上げるなんてことをしたら…紗和美は自分を責めるだろうし…そんな卑劣なことは紗和美は許さないよ。」
そう言いながらも、心の中で、まったく納得出来ていない自分がいた。自分で許していないこの卑劣な考え方を、仲間に〝それでもいい〟と受け入れてほしい自分がいた。〝そうだね〟と受け入れないで、別の案を提示してほしい自分もいた。
ややあって、景明が口を開いた。
「ジンの考えは賞賛されるべき素晴らしい考えなのかもしれないし、僕も正直他の誰かより紗和美さんに助かってほしいけど、…ジンはそれでいいの?」
本当は〝嫌だ〟と言いたかった。自分で許していないこの考えを仲間に許してもらうことで、掬われたかった。俺は自分で決断出来ないことを仲間に押し付ける、最低な奴だった。欲望が、慕情が、逡巡を呼ぶ。迷いながら、許しの方に針が傾きかけた。それでも、最後に脳裏にちらついたのは、紗和美の笑顔だった。俺はまだ、どこまでも果てしなく弱かった。
「…………いいよ。」
「あいつにも、俺にも、…仮面は要らない。」
「……本当に?」
「……うん。」
5人の視線がじっと己に注がれる。それはまるで、俺の〝真意〟を確かめようとしているようで、自分の愚かさを掬い取られる前に、脆い部分に気付かれる前に、早く終わってほしかった。
「分かった」
零無が息を吐く。
「こうなったら何が何でもジンと紗和美さんを守り切るぞ!いいなお前ら!!」
「「「おう!」」」
4人が頷く。マスカレードは、すぐそこまで迫っていた。

ウェディング・パーティー当日。
挙式の参列客は、全員ハロウィンもしくはプリンス・プリンセスの仮装をすることが義務付けられている。捜査会議での変更のとおり、参列客は皆、ハロウィンもしくはプリンス・プリンセスの仮装に合わせて、ゴーストや魔女,はたまたヴェスパニア王国のミラ王女などに扮した被り物をしていた。
参列客が仮装をするため厚着となるからか、11月なのに会場には冷房が入れられた。天気に恵まれ、日が照り付けたために暖かさの名残は残ったからまだ良かったが、それでも晩秋か初冬あたりだからか、仮装をしていない俺らにとってはかなり肌寒い。
「紗和美、寒くないか?」
「腕がちょっと寒いけど、平気。ウェディングドレスって重たいから、結構暖かいのよ。」
そう言って微笑む紗和美の腕を引き、しっかりと抱き締める。腕の中で、紗和美が驚いたように俺を見上げた。
「…どうしたの、陣くん。」
「これで少しは、寒くなくなるかなと思って。」
「…うん。ありがとう。陣くんは寒くない?」
「俺はタキシードだし、大丈夫。」
「良かった。」
目の前で笑う紗和美を、じっと見つめる。
「どうしたの、陣くん。」
「いや、やっぱり紗和美、綺麗だな…と思って。」
「何言って……」
もしかしたら紗和美を守れないかもしれない、今日が最後になるかもしれない、そう考えていたら目に涙が滲みそうになってしまい、照れたように俺を見上げる紗和美の視界を手で塞ぎ、そっと口付けを交わす。
と、ガチャッと音がして、控え室の扉が開いた。
「っと!ごめんごめん、お取り込み中だったかな。」
萩人を筆頭に控え室にSACRAメンバーが顔を覗かせる。萩人が俺を見て顔をにやつかせ、紗和美に言葉を掛けた。
「ごめんね、愛の行為中に邪魔しちゃって。」
「いえ……」
紗和美が恥ずかしそうに俯く。萩人が申し訳なさそうに紗和美に言った。
「ちょっとごめん、席外してもらって良いかな?」
「えっ、ええ……」
「ごめんね。」
「いいえ。じゃあ、お化粧を直してくるね。」
「ああ。」
控え室に設えられたパウダールームに入って行く紗和美に頷く。
「ノックくらいしろよ、ハギ。」
ズカズカと控え室に踏み込んで来た萩人が俺の顔を見て一瞬目を見開き、俺に何かを押し付けながら小声で囁く。
「絶対守るから心配すんな。今度は俺が守る番だ。」
「…分かってるよ。」
「俺らを信じろ、ジン。」
「ああ、分かってる。」
「ジン、これを着てくれ。俺たちはもうみんな着ているから。」
「…防刃?」
「防弾だ。俺らに防刃は必要ないだろうし。入場時に持ち物検査もするから、拳銃は持ち込めないだろうとのことだが、念の為だ。」
「……着れない。」
「…………はっ?」
「俺だけ、着れない。」
「馬鹿を言うなよ。お前がやられちまったら紗和美さんを守れなくなるだろう。」
「紗和美に着てもらうよ。それで解決だろう?」
「無理だ。ウェディングドレス姿では着られない。大丈夫、出来るだけ生地の厚いコルセットのワイヤーにしてもらったから。」
「あいつだけ丸腰になんて出来ないだろ!」
「ジン!」
「コルセットだからなんなんだよ!それで弾なんか防げねーだろうが!」
「ジン。」
「絶対守るから、俺らを信じろ。」
萩人が真っ直ぐに俺の目を見る。
「…………」
「……絶対着ろよ。ここに置いとくからな。」
防弾チョッキを俺に押し付けて、萩人達が控え室を出て行った。バタン、と扉が閉まる。
「……クソッ!」
「……陣くん?」
思わず悪態をつく。と、カチャリ、と音がして、パウダールームから紗和美が出て来た。険しい顔つきを見られてしまったかもしれないと一人焦るが、それは杞憂だったようで、紗和美は柔和な表情で俺の足元にある紙袋に視線を遣った。
「それ、なあに?」
「ああ、会場が寒くなるから、チョッキを貸してくれたんだ。」
「ずいぶん、分厚いのね。」
「こんなん着たら逆に暑すぎるぜ。」
「そうかもね。」
「…紗和美着るか?こっちの方が暖かいぜ。」
中からチョッキを取り出して紗和美に見せる。紗和美が驚いたように俺を見上げた。
「えっ、でも、ドレスと一緒には着られないでしょう?」
「そうだな、ハハ。」
「陣くん」
「何だ?」
「何か…あった?」
「何でそう思う?」
「何だか…とても辛そうな顔をしてるから。SACRAの皆さんも、いつもと雰囲気が違うような気がしたし。」
「何もねーよ。ちょっと緊張しているだけだから、心配すんな。」
「そう……」
「紗和美」
名前を呼び、半ば強引に顎に指を添え、口付けを交わす。不安なんか無くしてやると、絶対に傷付けないと、決意を口付けに添える。
「大丈夫だから」

白い小さなチャペルに、続々と参列客が集まって来る。チャペルの前に広がる原っぱでは、参列客の子供だろう幼稚園児くらいの小さな男の子と女の子が、結婚式ごっこをしていた。
「工の漢字って、〝施工〟の〝工〟だよね?」
「うん、そうだよ。」
「じゃあ、一画足したら王子様だね!瑠利の王子様になってほしいな。」
「馬鹿、何言ってんだよ。何も足さなくても、俺は瑠利の一番じゃないか。」
「工の漢字、漢数字の〝一〟じゃないよ?」
「少し見方を変えてみるんだよ。漢字じゃなく、数字で考えるんだ。」
「数字?」
「ああ、ローマ数字だ。〝工〟って漢字は、ローマ数字の〝I〟と、同じ形をしているだろう?」
「あっ、ほんとだ!」
「同じものでも、少し見方を変えれば、違うものになれる可能性を秘めているんだ。」
そんなほのぼのとした会話を聞きながら、会場の周辺に不審物が仕掛けられていないか、景明と2人で点検する。チャペルの内部は零無と航二が,持ち物検査は萩人と栗栖が行っていた。
「施工って…何歳だよ。他にもあるだろ、工具とか工廠とか。」
「それは…ちょっと違うかな……」
隣りで景明が呟く。
「違う?あるだろ、工具とか工廠とか。」
「あるんだけど、ほら、元爆処感とかSACRA感出ちゃってるよ、ってこと。」
「そうか?」
「うん、バリバリ。」
「じゃあ景明は、他に何が思いつく?」
「そうだね。木工とか、工作とかかな。」
「そりゃ元SPY感とかSACRA感とか無さすぎだわ。逆に。というか、景明はあんまりそういう雰囲気無いよな。警察学校で初めて会った時も驚いたけど、その後公安に行ったからますます驚いた。」
「そうかな。」
「ああ。てっきり生活安全課とか交通課とか、行くのかと思ってた。➖どうしてこの仕事を?」
「うーん、危険すぎるからかな。」
「危険?」
「うん。危険な事が起こったとして、誰かを傷付けたくないでしょ?自分が危険な仕事に就けば、その分他の誰かがその危険な仕事に就かなくてよくなるわけだし、そうなればその分、誰かが危険なことに巻き込まれて死ぬ確率が下がる。自分が命懸けで頑張ることで他の誰かが犠牲になる確率を少しでも下げられるなら、本望かなと思って。」
「なるほどな、分かる気がする。」
「でもあんまり無茶しすぎんなよ。公安で身バレして死にかけて、こっちでも死にかけてんだから。」
「それはジンもでしょ。爆処でもこっちでも、何回も爆発に巻き込まれたくせに。」
「たったの2回だ。」
「僕だって2回だよ。」
「お互い様じゃねーか。」
「お互い様だな。」

やがて、式が始まった。
参列客は皆、様々な仮装をしていた。女性は華やかなドレスを身に纏い、白雪姫やオーロラ姫,アリエルやジュリエットに成り切っていた。男性はスーツに身を包み、お姫様達をエスコートしている。このウェディング・パーティーの趣旨が〝ザ・スウィート・マスカレード〟➖プリンセスやプリンスに仮装して結婚式を楽しもう、というものなので、皆が皆、上級の衣装を身に纏っていた。
不審者はいないか、目を光らせる。もちろん、SACRAも溶け込むためにスーツを着用し、目元をマスクで覆っている。
真紅のカーペットの上を、紗和美の父親に扮した航二が紗和美と歩いて来る。紗和美は高いヒールを履いているのか、190cmの航二と殆ど同じ高さに見えた。ヒールを履いてウェディングドレスを着ているせいで歩きづらいのか、やや動きがぎこちない。航二は20代とは思えない老け顔のおかげか、見事に父親になり切っていた。
と、カボチャの仮装をした人物が、参列席の間から立ち上がり、背後からいきなり紗和美に銃口を向けた。カボチャは2人から見て➖死角。
「紗和美危ないっ!」
俺の怒声に顔を上げた紗和美と一瞬目が合う。響く銃声。そして、紗和美の胸から鮮血が噴き出した。
「……っ!」
駆け出そうとするが、パニックになり慌てふためく参列客の波に阻まれる。
「紗和美が撃たれた!犯人はカボチャを被っている!救急車!!」
イヤホンマイクに叫ぶ。航二が紗和美を庇うように床に伏せる。
「大丈夫です!落ち着いて!」
「落ち着いてください!その場に伏せて!」
零無と景明の声は、参列客には届いていない。
萩人が拳銃を抜き、カボチャに照準を合わせた。しかしパニック状態の参列客が多過ぎて、発砲することが出来ない。カボチャは人の波をスルスルと縫うように出口に向かって行く。
「理佐!そっちだ!」
零無が叫ぶ。
「チッ!」
その声を合図にするように、舌打ちをした萩人が、拳銃を構えたままカボチャを追いかける。カボチャが出口に到達し見えなくなる直前、その身体がガクンと傾いた。
床に臥せていた航二が、カボチャに向かって発砲していた。床面スレスレに直進した弾丸が、カボチャの左足を掠める。直後、栗栖の息を呑むような悲鳴がマイク越しに聞こえた。「ぐっ……!」
「理佐!?」
奴を追って建物を飛び出した萩人の、半ば慌てたような声が続く。
「理佐、大丈夫か?」
その声を聞きながら、倒れている紗和美に駆け寄る。紗和美はうつ伏せに倒れたまま、ビクとも動かない。純白のドレスから溢れ出た真っ赤な鮮血が、白い大理石の床を覆って行く。
「紗和美…紗和美……っ!」
紗和美に触れようとした俺を、景明が羽交い締めにしようとする。
「離せっ!」
「大丈夫だからジン!」
暴れる俺を景明が抑え付ける。入り口から救急隊員が担架を引っ張って入って来て、その担架に航二が紗和美を抱き上げ横たえる。担架に乗せられ肩のあたりまでカバーを掛けられた紗和美が、外に停まる救急車へと運ばれて行く。紗和美が、見えなくなる。
「守るって言ったじゃないかっ!」
景明の胸ぐらを捻り上げる。
「大丈夫だからジン!落ち着け!」
「落ち着いていられるかよ!」
宥めようとしてくる景明の頬を殴り付ける。予想していなかったのか、いとも簡単に景明が吹っ飛んだ。頭を床で強かに打ったのか、景明が短い呻き声を上げる。
「何みすみす撃たせてるんだよ!お前らを信じた俺の……俺のせいで……」
両手の手指が震えていた。視界が歪む。手で顔を覆う。
「あああああっっっっっ!!!!!」
叫び声に、航二が慌てたように駆け戻って来る。床に倒れたままの景明に、航二が手を差し述べる。
「おい!➖ヒロ、大丈夫か。」
「ああ、ありがと。」
「頭打ったのか?」
「僕の反射神経舐めんなよ。大丈夫。頭は死守した。➖手がちょっと痛いけど。」
景明を引っ張り起こした航二が俺の肩を揺さぶる。振り解こうとするが、ガッチリと肩を掴まれて、航二の手は離れてはくれなかった。
「触んなっ」
振り解こうとした航二の手が、俺の両肩を抑え付ける。目の前に見える航二の顔。
「……っ!」
航二が俺に向き合い、真剣な表情で告げた。
「紗和美さんは無事だ。いまは安全な場所にいる。」
救急車のサイレンの音を背景に聞こえた言葉に、思考が止まる。
「ハッ……?」
「紗和美さんとゼロが入れ替わったんだ。さすがに一般人を巻き込むのは、危険過ぎるからな。」
「えっ……?」
「騙して悪かった。でも式を遂行する上で、安全を確保するには、こうするしか無かったんだ。」
航二が携帯電話を取り出し、俺に渡した。〝紗和美さん〟と表示された画面に、目を見開く。通話状態になっているそれを、震える手で耳に当てる。
「もし…もし」
「もしもし、陣くん?」
携帯電話から聴こえて来た声に、息が止まる。
「さな……み……?」
「ごめんね、騙すような形になって。私は大丈夫だから、安心して。」
「さな……み……」
「うん」
「本当に、大丈夫なのか?本当に怪我してない?」
「うん。大丈夫、怪我してないよ。」
いつもと変わらない紗和美の声に、膝から力が抜ける。
「良かった……」
涙腺が緩む。頽れたまま無様に泣きじゃくる俺に、画面の向こう側から、紗和美の焦ったような声が聴こえた。
「ちょっ、陣くん?」
と、零無が室内に戻って来た。それを見た景明が、零無に聞く。
「ゼロ、大丈夫か?」
「問題ない。先にすり替えておいたからな。防弾チョッキも必要なかったようだ。➖この様子を見ると、ジンには話したようだな。」
「うん、たった今。」
SACRAの皆を見ながら、電話越しの紗和美に話す。
「犯人捕まえたら、覚悟しとけよ。もう離さないからな。」
「うん、分かった。」
紗和美との通話を終え、電話を切る。タイミングを見計らい、景明が俺に耳打ちした。景明の言葉に目を見開く。
「それは…本当なのか?」
「いまハギが確かめてる。僕がやるって言ったんだけど、あいつ、自分の目で確かめたいって譲らなくて。」
景明が言う。
その時、犯人を追いかけていた萩人と栗栖がちょうど戻って来た。
「すまん、見失った。」
カボチャを片手に抱えた萩人が、左足を引きずっている栗栖に肩を貸したまま俺達にそう告げた。栗栖に訊ねる。
「どうした?栗栖。」
「ああ、浦宮に体当たりされて。ちょっと挫いただけなんで、問題無いです。」
「そう、でこれが浦宮が被っていたカボチャ。カボチャを捨てて逃げやがった。」
萩人がカボチャを床に置き、顔を歪め首を縦に振った。それを見た零無,景明,航二が悟られないように小さく頷く。
ようやく落ち着きを取り戻した俺にほっとしたような表情を浮かべるSACRAを、目元を拭い、睨み付ける。
「お前らも、覚悟しとけよ。➖ヒロは、勘弁してやる。」
「え、僕はいいの?」
「いや、だって…すまん。」
「別にいいよ。➖怪我もしてないし。」
「でも、頭打っただろ?」
「ジン、僕のこと若干下に見てるよね?SACRA感無いとか。➖ちゃんと手で庇ったよ。」
「マジか。じゃあやっぱり、勘弁は無しで。」
「あちゃ」
「あ〜あヒロ。余計なこと言うから……」
「冗談だよ。殴っちまったし。」
「あの、何の話ですか?」
「ああ、誰が責任を取るかの話。」
「…紗和美さんは?」
「ああ。もう救急車で病院に向かったよ。」
「容体は?」
「意識不明の重体だそうだ。」
「そうですか。弾丸が、心臓を逸れていればいいんですけど……。」
栗栖が呟く。その言葉に、景明を見て頷く。航二がパンパンと手を打った。
「よし、じゃあ捜査を始めるぞ。ハギ、理佐の手当てをしてやれ。他の3人は俺と一緒に捜査だ。」
萩人と栗栖をチャペルの中に残し、外に出る。原っぱで遊んでいた子供達に、景明が声を掛けた。
「工くん、瑠利ちゃん。どうだった?」
女の子を庇うように両手で女の子を抱きしめていた男の子が立ち上がる。
「ヒロ兄!中から飛び出して来たカボチャが、カボチャを脱いでその場にうずくまってたよ!」
「それで、女の人が転んだ後、すぐに男の人が来たの!」
「そうか。それはこの2人で間違いない?」
景明が懐から写真を取り出し、2人に見せる。
「うん!」
「間違いないよ!」
写真を見て2人が頷く。景明が満足そうな➖されど少し寂しげな表情を浮かべ、立ち上がった。
「そう。ありがとう。」
チャペルの中に引き返しながら、景明に訊ねる。
「あの子達、知り合いだったのか。」
「いや?今日知り合った子達だよ。あの男の子➖工くんがさっき『踊る人形』の話をしていたから、声を掛けたんだ。なかなか頭も切れるし。」
ケロッとした表情でそう応える景明に呆れと尊敬が混ざったような、複雑な心地になる。
「お前本当に、〝らしくない〟よな……」

チャペルの中に戻ると、萩人と栗栖が話し込んでいた。栗栖の左足には、絆創膏が貼られている。萩人を手招きし、小声で耳打ちする。萩人が驚いたように瞠目した。
「それはジン、被害者であるお前の役目じゃないか。」
「いやハギ。お前がやってくれ。あいつを一番見てたお前が、あいつに手錠を掛けるべきだ。」
「俺は…やりたくない。」
「ハギ。」
萩人が僅かに目元を潤ませ、俯いた。やがて、フーッと長く息を吐いた萩人が、顔を上げ、顎を引く。
「…わかった。」
萩人が栗栖に向き直る。
「どうだ理佐、具合は?」
「蓮速先輩!ありがとうございます、大丈夫ですよ。」
「そう、良かった。…ちょっと見せて。」
「えっ、はい。」
恥じらうように仮装のドレスの裾を捲り栗栖が萩人に左足を見せる。絆創膏に血が滲んでいた。
「血、出てるけど。」
「体当たりされた時に、地面と擦っちゃって。でも大丈夫です。」
「そう。痛む?」
「ええ、少し……」
萩人がスーツのポケットを漁り、中から取り出したそれを栗栖の足首にはめた。
「栗栖理佐。花嫁への殺人未遂容疑で現逮な。」
「えっ、ちょ、何をするんですか、先輩!」
「正直今日まで疑いは半々だったが、さっきの一言で確信が持てたよ。」
「〝さっきの一言〟?」
「中に俺と戻って来た時、理佐言ったよな。〝弾丸が、心臓を逸れていればいい〟と。紗和美さんが撃たれた時、理佐は俺と外で警備に当たっていて、紗和美さんが撃たれた瞬間は見ていないはずだ。」
「そんなの…急所をはずれたかどうか気にするのは、当たり前じゃないですか。」
「紗和美さんを心配するなら、〝弾丸が、心臓を逸れていればいい〟と言う前に、〝どこを撃たれたんですか?〟とか〝頭や胸部を撃たれたんですか?〟とまずは聞くはずだ。」
「…言葉のあやじゃないですか。それに、救急車に乗るところを見たんですよ。だから、どこを撃たれたか分かって……」
「いや、それはない。」
口を挟む。栗栖が視線を俺に移した。
「何故ですか?」
「あの時、紗和美はうつ伏せで担架に乗せられて、肩のあたりまでカバーを掛けられていた。どこを撃たれたかなんて、撃たれた瞬間を見ていない限り、分かるはずないんだよ。」
「…………」
「もう諦めろ、栗栖……いや、浦宮。」
顔を俯かせた栗栖は、何も話さない。萩人が栗栖から視線を逸らし、俺達に背中を向けた。
「…どうして、紗和美を狙った?」
「…一年前の、連続ビル爆破事件。あれで、大勢の市民を巻き添えに出来ると思っていた。それなのに、先輩は30分で爆弾を2つ解体したどころか、怪我すらしなかった。はじめて、私と対等の実力を持った人と、出会ったと思った。」
その言葉に、一年前のあの日を思い出す。あの日俺は、連続ビル爆破事件の舞台となったビルに仕掛けられた爆弾を、当時は同じく爆発物処理班に所属していた萩人とともに解体していた。仕掛けられた爆弾は全部で2個で、それはビルを丸々一棟吹き飛ばすほどの威力を発揮する厄介な爆弾だった。低層階に仕掛けられた爆弾を俺が,高層階に仕掛けられた爆弾を萩人が、分担して解体することになった。
「予告状によると、爆発は正午。あと30分しかない!建物に残っている人を出来る限り避難させろ!」
つい15分前に警視庁にファックスで送られて来た暗号によると、爆弾が仕掛けられた建物は〝花米(かべい)中央病院〟だった。手術真っ只中の患者さんやここだけにしかない特殊な大型機材を使用している患者さん,病状により移動出来ない患者さんもおり、病院にいる全ての人を避難させることは出来なかった。スタッフには事情を通達した上で、外に移動出来る人を〝ガス漏れがあったと通報があった〟とテキトーな嘘を流し、すべて外に避難させる。避難誘導には、当時公安に所属していた零無と景明,爆発の際に消火をするために消防士として出動していた航二も加わっていた。内部に残っている人達を不安がらせないように、爆弾を素早く解体していく。
「こっちの爆弾は終わった。そっちはどうだ、ハギ?」
自分の持ち分を解体し終わり、通話を繋いでいる萩人に話しかける。無数のコードを切断する音をBGMに、萩人が「まだ……」と応えた。
「まだって…やべえぞハギ!」
そう言いながら走り出していた。携帯に表示された残り時間を示すタイマーの数字が、〝00:05:00:00〟から〝00:04:59:34〟に切り替わる。エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け上る。
カンカンカンという音が画面越しに聞こえたのか、携帯画面の向こうで萩人が俺に呼び掛けた。
「ちょ…何やってるのジン……」
「いいから黙ってコード切れ!」
「俺なんかいいから…ジンは逃げろ……」
「バラさなきゃいけないやつが残ってんのに逃げられるわけねーだろ!」
走りながら、萩人の声にいつものハリが無いことに気が付いた。パチッ…パチッ…とコードを切る音一つ一つに、不自然なほど間が空いている。部屋へ辿り着き、萩人の横に滑り込むように座ると、萩人は大量に発汗しながら爆弾を解体していた。
「ハギお前、体調悪いだろ」
「大丈夫だから…ジンは先に降りてろ……」
「ここは俺がやるからお前は先に……」
そう言いながら少し萩人の腕を押すと、萩人の身体がぐらりと揺れた。触れた腕の熱さに驚く。床に手をついた萩人の額から、汗が大量に流れ落ち、萩人が苦しそうに喘いだ。
「おいハギっお前熱……!」
「大丈夫だから……」
そう言いながらハサミを構えた萩人の手指が異常なほど震えていた。萩人のハサミが、赤いコードに伸びる。
「おいバカ!そっちじゃねえ!」
間一髪で赤いコードを遠ざける。萩人のハサミがサクッと音を立てて、空気を切った。
カンカンカンと階段を駆け上る音がして、避難誘導にあたっていたはずの零無と景明,航二が部屋に顔を覗かせた。
「ジン、ハギ!」
「何やってる!早く逃げろ!!」
「2人が降りて来ないから見に来たんだけど……」
「おいおいあと3分だぞ!」
状況を一目で察知した零無と景明,航二が目を見開く。チラッと3人を見遣りながら、的確に残りのコードを切って行く。
「ああ。だからお前ら、ハギを連れて先に降りててくれ。」
「っておいハギ、お前汗やばいぞ。」
俺の言葉に萩人を見た3人が萩人の異変に気付く。
「俺も解体……」
「いまのお前じゃ足手纏いになるだけだ。だから3人と一緒に降りてろ。」
「俺も……」
「うっせーよハギ!先に降りてろっつってんだ!!」
食い下がる萩人に、敢えてなるべくきつい言葉を吐く。それでも食い下がる萩人を怒鳴り付けてから、3人の中で一番パワーのある航二に目で指示を送る。
「おいダッサン!」
「お、おう。」
俺の剣幕に、背後と仲間を全く警戒していない萩人に航二が手刀を喰らわした。耐える体力も残っていなかったのか、航二に手刀を喰らわされた萩人はあっさりと気を失う。気を失った萩人を航二が背負うと、爆弾のタイマーが1分を切った。残りのコードは、あと25本。
「もう時間がない!先に行くんだ!」
「でも……!」
零無が何かを堪えようとするかのように僅かに言葉を漏らし、顔を伏せる。その隣りで、景明が呟いた。
「ジン」
「何だ?ヒロ。」
「下で…待ってるから。」
「そいつは約束出来ねーな。」
「…紗和美を頼む。」
3人が身を翻し、階段を駆け降りて行く。段々足音が遠ざかる。タイマーが白文字から赤文字に変わった。残り3秒。黒いコードを切る。残りのコードは赤と青の➖2本。
最後の1本をハサミで挟む。パチッと音がして、そして➖➖➖
タイマーは〝00:00:00:05〟で止まっていた。
「ふうううう」
大きく息を吐く。残り時間は、僅か0.05秒だった。

…「2人がかりだったけどな。対等じゃねーよ。」
「いやそれめちゃくちゃ凄いからね、ジン。俺、自分の持ち分解体終わらなかったし。」
「嬉しかったんだよ。認められた気がした。」
栗栖は頬をうっすらと紅潮させている。
「一緒に活動していけば、自分を見てくれる気がした。」
「一度でいいから、名前で呼んで欲しかった。」
「…………」
「やっぱり、ジンに惚れていたのか。まあ、惚れるのも分かるけど。」
「ハギ!」
「いまはそういう話はやめろ」
萩人を見る。泣き笑いのような表情をした萩人が、両手を挙げて詫びる仕草をした。栗栖に向き直る。
「言っとくが、俺はお前をこれまで一度もそういう目で見たことはないし、今後も一切そういう目で見るつもりはない。」
栗栖は顔を俯かせたまま、何も喋らない。苦痛にも似た沈黙が、時を支配していく。と、栗栖が顔を俯かせたまま、呟いた。
「…あの女狐、死んだ?」
「期待に応えられなくて申し訳ないが、紗和美は無事だ。お前が撃ったのは、防弾チョッキを着けた零無だ。その零無も、無事だ。最も、お前が撃ったのは実弾じゃない、空砲だがな。」
「…ハッ?」
「一杯食わされたな。後はゆっくり、鉄格子の中で考えるんだな。」
その時、栗栖が何かをチャペルの外に向かって振り投げた。黒光りする鉄の球が、宙を舞う。
「危ないっ!!」
景明が飛び出して行く。手榴弾が放物線を描き、原っぱに落下して行く。原っぱには、あの2人の子供がいた。
「ヒロ!!!」
景明が飛び出すように2人に覆い被さったその瞬間、眩い閃光が劈く。激しい揺れ、音、光。
煙幕が消えて見えた灰色と化した原っぱに、景明が倒れていた。
「ヒロ!!!」
外に駆け出す。零無が横たわる景明を抱き起こした。
「ヒロ!!!」
首筋に手を当てて脈があることを確認し、景明の身体に手を当てる。
「肋が2〜3本逝ってる。臓器に刺さってないといいけど。」
「大丈夫……刺さってないよ……」
呻き声を上げて、景明が目を覚ました。
「ヒロ、大丈夫か?」
「ああ…すまない、上手く避けられなくて……2人は?」
「ヒロのおかげで2人は無事だ。よくやった。」
「そう……」
零無が景明に応える。景明が安心したように目を閉じた。やがて、救急車のサイレンが聴こえて来た。

応援で呼んだ刑事に栗栖が連行されていくのを見て、自ずと息が漏れる。隣りで萩人が、鼻を啜った。萩人だけに聞こえるように、小声で呟く。
「お前、栗栖のこと好きだっただろ。」
「別に」
「泣くなよ。また良いヤツ見つかるからさ。」
「泣いてねーし。というか、今日散々泣いた奴に言われたくない。」
「あれはそりゃ、紗和美がもうダメだと思ったから……!さてはお前、今回の作戦、お前発端だな?」
「バレたか。」
「ハギお前っ……って、泣くなつってんだろ。」
「だから泣いてねーって!」
「これで一件落着だな。」
わちゃわちゃしている俺らの横に、零無が並ぶ。
「撤収作業は所轄に任せて、ヒロの見舞い行くぞ。」
「そうだな。紗和美は?」
「ダッサンが先にヒロの病院に連れてった。」
「そうか。」
話をしながら、零無と萩人と車に乗り込む。零無がハンドルを握った。

病院に到着すると、零無が院内1階にあるコンビニを指差した。頷くと、零無が駆け足でコンビニへと入って行く。数分して戻って来た零無は、ビニール袋を一つ手に携えていた。
「何買ったんだ?」
「ヒロの機嫌を取るために必要なもの」
「何だそれ」
「すぐに分かるさ」
俺の質問に零無が応える。零無が意味ありげな笑みを浮かべた。
院内を3階まで上がり、廊下を進む。「302」零無が景明の病室のドアをノックする。ドアを開けると、手術を終えた景明が、既にベッドに上体を起こしていた。そのベッドの横には、先に着いていた航二と、そして紗和美が……
「紗和美っ」
半ば駆けるように歩み寄り、皆が見ているのも構わず紗和美を抱き締める。紗和美のいつもと変わらない体温に、ようやく安堵が全身を包む。もう離すもんかと、精一杯の力で紗和美を抱き締める。
「ごめんね。陣くんを騙すようなことをして。」
「良かった。無事で……」
「生きた心地がしなかった……」
「えっ、僕は?」
景明が自分を指差す。零無が溜め息を吐いた。
「あ〜あ〜あいつら当面離れねーな。」
「零無、カーテン閉めてくれない?」
零無の言葉に、景明がいつにも増して低い声で呟く。
「あ、怒った。」
「ヒロ怒ると声低くなるんだね。」
「まあ今回、ジンに投げ飛ばされたり肋持って行かれたり災難だったからな〜ヒロは。それなのにあいつはヒロそっちのけだもんな。」
航二が2人を見遣る。紗和美が少し困ったように俺を見ていた。
「まあまあヒロ。ジンには悪いことをしたし、許してやってよ。ほら、いちごのショートケーキといちごのロールケーキといちごのプリンといちごのシュークリームといちごミルク買って来たからさ。」
「許す。」
零無が掲げた袋を受け取り、景明が中からいちごのショートケーキといちごのロールケーキといちごのプリンといちごのシュークリームといちごミルクを取り出す。
「これが、噂の……」
「そう、〝ヒロの機嫌を取るために必要なもの〟。」
「えっ、ヒロ可愛いすぎでしょ……」
航二の質問に零無が応える。萩人が口に手を添えた。
「悪いか?」
鼻に生クリームをつけた景明が僕らSACRAと紗和美を見遣る。
窓の外で、冬桜の白色の花弁が、ゆらゆらと風に揺られていた。


🔖cast
■キャラクター紹介
【SACRA:Special Association of Crime Resolution and  Affairs(犯罪事件解決特殊機構)】
◎A熱田 陣一(あつた じんいち/Jinichi Atsuta):元爆発物処理班所属の刑事。爆発物解体のスピードは警察内部でも随一に早く、〝熱田が解けない爆弾は無い〟〝熱田が間に合わない時はもう諦めろ〟などと評される。高校時代から紗和美に密かに思いを寄せていたものの相手の気持ちが確実に分からない段階ではヘタレを貫き、社会人になって再会してから付き合うようになった。今では紗和美にゾッコン。
身長:186cm 
ニックネーム:ジン
推理力:SSS/運動能力:SSS
特技:爆発物解体・ギター
◎S酒本零無(さかもと れいむ/Reimu Sakamoto):元公安・ゼロ所属の潜入捜査官。ゼロ所属時は幾多もの犯罪組織を摘発した。景明が犯罪組織を抜けた後で、その組織を壊滅させた。
身長:188cm/体形:心配になるほど細身
ニックネーム:ゼロ(名前の漢字「零」と「無」がどちらも「0」を意味することから)
推理力:SSS/運動能力:SSS
特技:変装・声真似
◎C千古守 景明(ちこす ひろあき/Hiroaki Chikosu):元公安・ゼロ所属の潜入捜査官。ゼロ所属時は幾多もの犯罪組織を摘発した。犯罪組織に潜入中に、同じく潜入していた仲間が失態を犯し、その仲間が保身に走ったために己を売られ、身バレしてしまう。自身とその仲間の偽造死工作をし、潜入捜査から離れた。いちごが好き。
身長:172cm 
ニックネーム:ヒロ
推理力:SSS/運動能力:SSS
特技:犬を懐かせること・手話
◎R蓮速 萩人(れんはや はぎと/Hagito Renhaya):元爆発物処理班・元機動隊所属の刑事。ある事件で陣一と共に爆弾の解体にあたっていたが、体調不良だったために自分の持ち分の解体が間に合わず、フォローに入った陣一を危険な目に遭わせてしまい、それを悔やみ機動隊に異動する。機動隊では持ち前のセンスを活かし、ウィリーなどバイクを用いた技能を習得。何故か歌が上手い。
身長:179cm 
ニックネーム:ハギ
推理力:SSS/運動能力:SSS
特技:カラオケ・バイク
◎A安達 航ニ(あだち こうじ/Kouji Adachi):元消防隊から異例の人事で警視庁に抜擢された刑事。身体が大きいため他の4人と比較すると敏捷性や瞬発力にはやや劣るが、それでも運動能力は非常に高く(つまり他の4人がバケモノ)、重量を活かした身体の使い方は右に出る者はいない。基本的に4人をサポートする。
身長:190cm 
ニックネーム:ダッサン
推理力:SS/運動能力:SS
特技:柔道・相撲

◎栗栖 理佐(くりす りさ/Risa Kurisu):入庁と同時にSACRAに配属されたエリート捜査官。
身長:167cm 
推理力:SS/運動能力:SS
特技:
◎岸永 紗和美(きしなが さなみ/Sanami Kishinaga):陣一の婚約者。
身長:163cm
推理力:B/運動能力:B
特技:料理・編み物
◎浦宮 炎火(うらみや えんか/Enka Uramiya):凶悪犯罪者。年齢・性別不詳。
推理力:SS/運動能力:SSS
◎新藤 工(しんどう たくみ/Takumi Sindou)/亜門 瑠利(あもん るり/Ruri Amon)
子供
■キャラクター設定
【SACRA】
◎A熱田 陣一(あつた じんいち/Jinichi Atsuta)
○モデル
青山剛昌氏作『名探偵コナン』より警察学校組の一人・松田
○設定:松田陣平のイメージ
○旧氏名(候補):新木陣一(あらき じんいち/Jinichi Araki)
◎S酒本零無(さかもと れいむ/Reimu Sakamoto) 
○モデル:
青山剛昌氏作『名探偵コナン』より警察学校組の一人・降谷,同キャラクターのコードネーム・バーボンを名字にもじり(バー=酒,ボン=本)
○設定:降谷零のイメージ
○旧氏名(候補):嶺清薫零(れいせい きより/Kiyori Reisei)
◎C千古守 景明(ちこす ひろあき/Hiroaki Chikosu) 
○モデル:
青山剛昌氏作『名探偵コナン』より警察学校組の一人・諸伏光,同キャラクターのコードネーム・スコッチを名字にもじり,青山剛昌氏作『名探偵コナン』より諸伏景光の兄・高
○設定:諸伏景光のイメージ
○旧氏名(候補):須古田 景純(すこだ ひろすみ/Hirosumi Sukoda)
◎R蓮速 萩人(れんはや はぎと/Hagito Renhaya)
○モデル:
青山剛昌氏作『名探偵コナン』より警察学校組の一人・原研二,その姉・千
○設定:萩原研二のイメージ/萩原千速が交通部でバイクに乗っているため、その設定を取り入れた。
○旧氏名(候補):千騎 萩人(ちき はぎと/Hagito Chiki)
◎安達 航ニ(あだち こうじ/Kouji Adachi)
○モデル:
青山剛昌氏作『名探偵コナン』より警察学校組の一人・伊達航
○設定:伊達航のイメージ/伊達航と後輩・高木渉が「ワタル・ブラザーズ」と呼ばれたことから、キャラクター名に漢字の「ニ」を入れた。

◎栗栖 理佐(くりす りさ/Risa Kurisu) 
○モデル:
青山剛昌氏作『名探偵コナン』映画『ハロウィンの花嫁』よりオリジナルメインキャラクター・クリスティーヌ・リシャール 
◎岸永 紗和美(きしなが さなみ/Sanami Kishinaga)
○モデル:
青山剛昌氏作『名探偵コナン』より松田陣平の元想い人・佐藤美和子,東野圭吾氏作「マスカレード」シリーズよりヒロイン・山 尚(やまぎし おみ),同キャラクターを演じた女優・澤 まさみ(ながさわ まさみ) 
◎浦宮 炎火(うらみや えんか/Enka Uramiya) 
○モデル:
青山剛昌氏作『名探偵コナン』映画『ハロウィンの花嫁』より犯人・プラーミャ,同キャラクター名を意味する「
◎新藤 工(しんどう たくみ/Takumi Sindou) 
青山剛昌氏作『名探偵コナン』よりメインキャラクター・工藤 新一
◎亜門 瑠利(あもん るり/Ruri Amon) 
青山剛昌氏作『名探偵コナン』よりメインキャラクター・毛利 蘭のアルファベット表記のアナグラム
📖the stories concerned
🖼image&back ground
◎タイトル・設定・ストーリー
○青山 剛昌氏作『名探偵コナン』
◎作中登場機構「SACRA」
○青山 剛昌氏作『名探偵コナン』より警察学校組のモチーフとなった桜🌸
○酒本零無(S),熱田陣一(A),千古守景明(C),蓮速萩人(R),安達航ニ(A)の名前の頭文字
🎬supplementary explanation
◎原案
○2021年10月30日(土)-31日(日):初版
○2022年10月下旬:改稿版(当作)



#サクラ・マスカレード #SACRAMasquerade #名探偵コナンハロウィンの花嫁 #ハロウィンの花嫁 #名探偵コナン #ハロウィン再会 #警察学校組 #桜🌸

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