父の徒然ノート

実家を売却する日、亡くなった父が徒然と思い出を書きつづったノートを発見した。そこには父の女性関係の思い出が書かれてあった。というお話。

少し状況を説明。父は昭和8年生まれ、12歳のとき終戦。母は3歳下。兄と私で4人家族。兄も私もいまは九州の実家から遠く離れた関東で、家を持って妻子と暮らしている。

父はサラリーマンを定年退職し、自宅で個人事務所の資格業をほそぼそやりつつ、最後の5~6年は認知症になった母に代わって家事もしていた。そして2017年3月のある夕方、「ちょっと疲れたから昼寝する」といって、そのまま起きてこなかった。らしい。なにせ母は認知症だから怪しい。母はそのまま介護施設に入り、家は空き家になった。それから1年ちょっとで母も亡くなった。

兄と私は交代で帰省しては庭の草刈りなどメンテナンスをしてきたが、もはや限界ということで、父の3回忌・母の1回忌を機に実家を売りに出した。幸いにもすぐ買い手が見つかり、家財道具ほとんどの処分は業者さんにお任せ、築40年の家はおそらく取り壊して新しい家が建つらしい。8月下旬、私と兄は写真などを持ち出すため、最後の帰省をした。そこで発見したのが例のノートである。

一時熱中したゴルフのこと。子供のころの思い出。戦中戦後の経験。サラリーマンをやりながら資格の勉強したこと。NTT株を共同で買ったけどあまり儲からなかったこと。子供の受験が失敗したこと。などなど。ふーんと思いながらペラペラと眺めていて、ふと目にとまった「キス」の文字。これは! と興奮しながら熟読すると、なんとまあ複数の女性との、いろいろな思い出がつづられているではあーりませんか。

もっとも詳しく書かれているお相手は「ノンちゃん」。父より7歳下で当時おそらく20代後半から30代前半。昼は有名アパレルメーカー社員、夜はどうやらスナックか何かでバイトしていたようだ。父と同僚らがその店に通っていたことから知り合いになったらしい。以下転記。送り仮名は原文ママ。旧字略字も可能な限り残しました。

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ノンちゃんについて云えば「○○(店名)」のアルバイトで昼はXX(アパレル)の社員、昭和XX年生 ○○に行っていた頃、例によって軽く石を投げていたがいつか1人で行った時、当時俺はチェリーを吸っていたが、急に寄って来て、一本頂だい、火をつけて、からに始り、帰る段になって珍らしく外に送って来て、誰もいないのをみすかに向こうからだきついてキスしてきた。こちらはビックリしつつも応えてやると激しく舌を入れてきて慌ただしく応じ戻った。それから折にふれキスを交していたが一度、個人喫茶に行きかなり色々のことをした。??(判読不能。画像参照)が丁度生理中とのことで局部にまでは行かなかったが俺のアレを見せて握らせたり後ろむきにダッコして口を吸ったり、オッパイを出させて揉んだり吸ったりして遊んだ。一度、俺が土曜出勤で1人の時に、遊びにこさせた。一時までに帰らないといけないところを一時15分ごろまでいさせ、ソファーに坐らせて例の如く楽しんだ。ジュースを口移しに飲ませたりのんだりユニフォームを上半身脱がせて乳をもてあそんだり肌にキスしたり 勿論、部屋のロックをして。流石の彼女も一寸喘いだようす。

また、角の喫茶に呼びだしてテーブルの下で手を握ったり。当時はタナカ(仮名)も腰を使っていたようで。あんなガサツな野郎とは一緒にしてほしくない。一度映画見に行った。 Steeve mcqueen 券は彼女が敵の会社の割引券を持って来た。特別席へ直ればよかったが、ゲルピンで普通席へ。どうしても手がじつとしていなくて、腰のあたりや下腹部に行き、彼女の予防線(手)によって厳しくチェックされ目的は達しなかった。彼女いわく筋なんかわからへんかったと。(俺のアタック防御にけんめいで)でも楽しかったとも。

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ひどいよ! ロクでもないよ! アンタ会社で何やってんだよ! 映画館で何やってんだよ! サルかよ! 覚えたての中学生かよ! でも分かる。めっちゃ興奮すると思う。たぶんノリノリでやってたんだと思う。

しかもこれを書いた頃、おそらく父は50代前半。おっさん何やっとんねん。なに20年前のエロ思い出にいつまで浸っとんねん。何かつらいことでもあったんやろか。息子が全然勉強しないで浪人しまくってるとか(あっ)。

どうすか。どうっすかコレ。どー思いますか皆さん。まさか死後に息子にこんなん見られたあげく、ワールドワイドウェブで公開されてイイネ稼ぎのネタにされるなんて、お父さん可哀想。成仏して……できないね。

えー、このあともいくつかノンちゃんとのエピソードは続きます。結論からいえばホテルまで行っちゃうのですが、いわゆる「B」止まりで、挿入には失敗します。息子としてはホッとしたようながっかりしたような。

当時の父は30代前半。もう結婚してるし(結婚指輪をはずす云々の話がでてくる)、兄も、もしかしたら私も生まれてたかも知れない。家事と育児をしていた専業主婦の母をほったらかして、何やっとんのじゃこの男は。でもそれが昭和40年代の普通だったのかもねえ。

よく世間じゃ子供が出来ると妻が子供にかかりきりになって相手してくれないので男は浮気するようになるなんていうけど、これってまんまその典型じゃないっすか。そういう意味では凡庸な話です。まーあんまり面白すぎたりエキセントリックすぎても困りますけどね。

息子の私からみても、父は瞬発力やキレのある人ではなく、またコミュニケーションや社内政治や派閥作りなどが得意なタイプでもなく、ただ地味にコツコツやることは出来る人だった。だから定年後、個人事務所で資格業をしていたのは正解だったと思う。お酒は好きだった、大酒飲みだった。

おそらく、これはノンちゃんのスナック営業だったのではなかろうか。それを父はモテたと勘違いしたのではなかろうか。だって第三者の私がその後を読んでも、どうもそんなノンちゃんに脈があるようには読めないのである。おそらくノンちゃんにとって父は、「そんなに嫌でもない客」くらいだったのではなかろうか。どうですか。皆さんどうっすか。

まーその辺も含めてやっぱり凡庸な話なんですが、だからこそすんごく生々しいリアリティに溢れていて、なにせ自分の実の父親ですからね、たいへん興味深く読めたのです。

父はケチなところがあった。兄2人に代わって母(私の祖母)に仕送りをしていたせいかもしれないが、それとはまた違うセコさがあった。映画だってノンちゃんの割引券で行き、ゲルピンなので特別席にもせず、そのわりにはロクに映画もみずに痴漢行為ばかりしている。けっこうクズですよね。そういう、投資もせずに結果ばかりを求めるようなところ、息子からは「ああいかにも」という感じがしました。

こんなの自分一人の胸だけに抱えておくのはエモすぎるし、かといって兄にも言えない……まあ言っても大丈夫かも知れないけど。っていうことで、インターネットの広大な海に放流いたします。昭和の半ばの、よくある話のひとつですよ。

何かございましたら下記ツイッターまで。

(2019/08/30)

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