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夕にひかり −yubeni-hikari−

 私は物心ついた頃から実家を出るまで、音に気遣いながら生活していました。
父が、音楽を志していたのです。
ギターの弦をつまびきながら詞曲を創作する日々が日常であったうえに、さらに自身の真理を追求するためのヨガや瞑想をしていたので、日に数回ヴェートーヴェンの交響曲を流す時間帯がありました。
そんな父を優先するためにもテレビ鑑賞には常にイヤホン,電話は留守電設定にと、家族は極力音を立てずに生活するようになっていきました。
そしていつしか、静かに過ごすことが苦にならない“ワタシ”が作られていたのです。

 だからでしょうか、本がいつも手元にありました。
「読書」は父の生活に干渉せずにワタシの世界を瞬時に持てる、身近でありながら最高の趣味だったのです。
ただ、そんな風変わりな生活環境は、密かに淡く影も落としていました。
すっかり身についてしまった“他所よそを気遣う習性“は、ヒトとの距離感を取りながらもなお空気をうかがうという矛盾をうみ、ワタシのこころは疲弊していくのです。

 だからでしょうか、本はまだ手元にありました。
10代の頃『24人のビリーミリガン』を手にとったのをきっかけに、『シーラという子』『檻のなかの子』と、心理学のノンフィクションに傾倒していったワタシは、著者の描く不器用な子どもたちに共鳴していたのかもしれません。
 そして同時期によく読んでいた、おーなり由子、江國香織、角田光代、さくらももこのエッセイ。
彼らの筆から生み出される、こころになずむ言葉たち。
気付かぬふりした閉塞感に背を向けて、見知ったような日常と見知らぬ世界の輝きを、本のなかに探していたと思うのです。

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