「イエスタデイをうたって」覚書の1

この度はアクセスありがとうございます.
本稿は,「イエスタデイをうたって」(以下「イエうた」)に関する覚書であり,それゆえ同作のネタバレを多分に含みます.
閲覧に際しましては,その点について十分ご注意のほど,よろしくお願いいたします.


唐突ですが,私は,原作のリクオと榀子の恋に幕を引く,この「オレは本当にオマエが好きだったんだ」(11巻 Scene 8)が「イエうた」全作を通じて一番好きな台詞です.
好きな人は1人だと思っていた,好きな人が変わるなどあり得ないと思っていた,いつからかハルに強く惹かれるようになっていた自分に気が付きかけても,どうしても認めることができなかった,「オレは本当にオマエが好きだった」から.
飾り気がなく,朴訥としていながらも,切なさと美しさをいっぱいに湛えた,どうしようもなく素敵な台詞であると思います.

私は,アニメの出来に感じ入り,原作も手に取る,という「アニメ→原作」の順番で「イエうた」にハマったクチだったのですが,原作の出来の素晴らしさに感じ入りながら再びアニメに戻ってみると,最終回のリクオからハルへの告白に,どうにも納得がいかないように思えるところがありました.
その部分に関わる部分の台詞を書き起こしてみると

私は,アニメの出来に感じ入り,原作も手に取るという経緯で「イエうた」にハマったクチだったのですが,原作の出来の素晴らしさに感じ入りながら再びアニメに戻ってみると,最終回のリクオからハルへの告白に,どうにも納得がいかないように思えるところがありました.
その部分に関わる台詞を書き起こしてみると

ハル「大体,何でフラれたの?」
リク「ちゃんと話した結果,お互いに思い込みだとわかったっつーか」
ハル「よくわかんないんだけど」
リク「そもそも俺は,愛だの恋だの深く考える脳構造になってないんだよ.でも,女から優しくされたら嬉しいもんで,その時間がずっと続けば最高だよなって,それが恋だと思ってたんだ.それがだ!そこに何を考えているかわからない,明らかに面倒くさそうなやつが現れて,不覚にも,そいつのことが,そいつのことが…かわ…可愛いって気づいちまったから,俺は今ここにいるんだと思う」
ハル「…!」
リク「…つまり!これまでのことは,俺の勘違いだ!いや今だって勘違いかもしれん!」
ハル「それで,何が言いたいの?」
リク「だから!俺は,多分,お前のことが好きだ!」
(12話Bパート)

となっています.
もちろん,凄く良いシーンなのですが,漫画を経由した後には気になる点がひとつ.
それ即ち,
「榀子とのことを全部勘違いと言ってしまっていいの?榀子を『本当に好きだった』自分に対して誠実じゃなくない?」
ということです.

いや,漫画とアニメで話の流れがそもそも違うんだから,感情が全く同じなんてことはあり得ないんじゃないの?台詞も違って当たり前じゃないの?
仰る通りだと思います.
尺の都合で割愛されたんじゃないの?イエうたってOP削るほど尺キツキツだったって聞くし.
一理あると思います.

けれど,リクオを主体として見た時,彼が持っていた榀子,ハルへの感情のアウトラインが
「リクオは榀子のことがずっと好きであったが,いつからかハルに惹かれるようになっていた.しかしその気持ちに素直になろうとはしてこなかった」
であることについては共通であるはずです(1)

詳しい比較のため,先程のアニメにおける台詞に対応する台詞を原作から引いてくると,

ハル「大体なんでフラれたの?なにかしたのかよ?」
リク「いや…なにもしてない.別に怒ってるわけじゃないし」
ハル「はあ?なにか誤解されたんじゃないの?ちゃんと話してみなよ」
リク「つか…ちゃんと話した結果誤解だとわかったみたいな….お互い誤解つうか…思い込みっつうか…,まあ…そんなカンジだ」
ハル「…よくわかんないんだけど…」
リク「オレにもよくわからん.そもそも愛だの恋だの深く考える脳構造になってない気がする.アイツとオレはそういうとこが似てたのかもしれんな.小学生の頃から,オレは女というのはよくわからない生き物だと思っていた.でも優しくされると嬉しいもんで,その面影をいつも追いかけてしまうのが,恋だと思ったりする(2).一緒にいれば幸せで,その時間がずっと続けばいいと願う.その気持ちは絶対で,揺るぎないものだったんだ.自分の気持ちがわからなくなるなんて,そんな事,あるわけないと思ってた.好きな人はいつも一人だけで,それはずっと変わらないと思ってた.それがだ,好きな人の気持ちもよくわからないのに,更に,なにを考えているかわからない,明らかに面倒くさそうなヤツがいて,なんだか可愛いとか不覚にも思ってしまったら,防衛本能としてそういった不穏な感情は封印すべしとするのが理というものだろ.まあ…おかげでややこしい事になったんだが…」
ハル「……面倒くさくて悪かったな…」
リク「いやいや,榀子の面倒くささも相当なもんだ.しかも無自覚だからな.結局…面倒くさい女に振り回されるのが,オレの運命なのかもなぁ…」
ハル「そう言うリクオだって面倒くさい男だよ」
(以下略)
(11巻Scene12)

となっています.
特に,リクオ一番の長台詞に注目してみると,

アニメ「そもそも俺は,愛だの恋だの深く考える脳構造になってないんだよでも,女から優しくされたら嬉しいもんで,その時間がずっと続けば最高だよなって,それが恋だと思ってたんだそれがだ!そこに何を考えているかわからない,明らかに面倒くさそうなやつが現れて,不覚にも,そいつのことが,そいつのことが…かわ…可愛いって気づいちまったから,俺は今ここにいるんだと思う」
原作「そもそも愛だの恋だの深く考える脳構造になってない気がする.アイツとオレはそういうとこが似てたのかもしれんな.小学生の頃から,オレは女というのはよくわからない生き物だと思っていた.でも優しくされると嬉しいもんで,その面影をいつも追いかけてしまうのが,恋だと思ったりする .一緒にいれば幸せで,その時間がずっと続けばいいと願う.その気持ちは絶対で,揺るぎないものだったんだ.自分の気持ちがわからなくなるなんて,そんな事,あるわけないと思ってた.好きな人はいつも一人だけで,それはずっと変わらないと思ってた.それがだ,好きな人の気持ちもよくわからないのに,更に,なにを考えているかわからない,明らかに面倒くさそうなヤツがいて,なんだか可愛いとか不覚にも思ってしまったら,防衛本能としてそういった不穏な感情は封印すべしとするのが理というものだろ.まあ…おかげでややこしい事になったんだが…」

いずれも,榀子への感情を総括しつつ,ハルを「可愛いと気づいちまった」ことを煮え切らない言い方で伝えている台詞です.
太線部は共通する内容であり,この場面でのアニメの台詞は,ほぼ全面的に原作の台詞に包摂されているということが言えるかと思います.
もちろん原作が先行して存在しているため,順序としては,原作の台詞の内容の一部を捨象しつつ,アニメ脚本を制作した,ということになります.
アニメ化にあたって捨象された内容を更に書き出すと

「アイツとオレはそういうとこが似てたのかもしれんな」
「その気持ちは絶対で,揺るぎないものだったんだ.自分の気持ちがわからなくなるなんて,そんな事,あるわけないと思ってた.好きな人はいつも一人だけで,それはずっと変わらないと思ってた」
「防衛本能としてそういった不穏な感情は封印すべしとするのが理というものだろ.まあ…おかげでややこしい事になったんだが…」

となります.(小学生の頃云々は流石に重要性が下がるとして良いでしょう)
1つ目の部分は,自分と榀子の類似性について.
2,3つ目の部分は,榀子を好きでいながらもハルに惹かれていた時期の自分について.

これらの内容を原作に置き去りにしてアニメのリクオは立ち上がり,「つまり!」と要約の開始を宣言し,「これまでのことは,俺の勘違いだ!いや今だって勘違いかもしれん!」とし,「それで,何が言いたいの?」とハルにつつかれると,「だから!俺は,多分,お前のことが好きだ!」と遂にハルへの気持ちをはっきり口にします.

これは,リクオはハルに自分の気持ちを告げるつもりであったために,(もっとも,本人の性格上,これほどはっきり言葉にさせられることは想定外であったかもしれませんが),榀子に関わる内容を話から削り,榀子への恋を「勘違い」と言い切ったのだと見ることはできないでしょうか.
ハルに好きだと伝えるという偉大な目的を前に,榀子を好きだった自分の気持ちに操を立てる必要があるでしょうか,榀子が好きだったなどという話をくどくどとバカ正直にする必要があるでしょうか.ないでしょう,「嘘も方便って言葉知らないのか」.

そして,ハルの答えは「35点!」
いや,やっぱりアニメも最高だなと思います.


註(1):このようなリクオの感情の動きに関しては,言うほど自明ではないのかも知れません.インターネット上で「イエうた」アニメの感想をぽちぽちと探している際,「主人公の感情描写がやや物足りなかった」という趣旨のコメントをちらほら見かけました.

註(2):「恋だと思ったりする」,私はこの台詞もものすごく好きです.「思ったりする」などと言われてしまうと,「本当のところは恋ではなかった,間違いだった」という含みを反射的に読み込んでしまいそうになるのですが,もちろんそれはひとつ妥当な理解であるとは思うのですが,「愛だの恋だの深く考える脳構造になってない」リクオですから,愛はなんぞや?と問いを立てることに向いていないリクオですから,もっと素直に読んでもいいのかもしれません,恋だと思った気持ちはそれはそれでひとつの恋だった,と.「恋だと思ってた」とするアニメにしても同様です.