見出し画像

純愛なんか存在しない

いま思えば性格も見た目も全然ちがうんだけど、地元の治安の悪い公立小学校のなかでは勉強ができるほうだという事実のみで、周囲から似たキャラとして扱われていた女の子がいた。でも細かく比べると、彼女のほうが私よりテストの点数が高くて、字がうまくて、友達が多くて、声が大きくて、背が高くて、顔が可愛かった。


恋に落ちる瞬間は風邪をひいた瞬間に似て、いつのまにか始まっているが、「あ、これはやっぱり、恋(風邪)だ」と自覚する瞬間は確かにある。私が田中くんのことを好きだと分かったのは、私に似たあの女の子と彼が楽しそうに話しているのを見たときだった。嫌だった。私のほうが仲良くしたいと思った。嫉妬心を恋だと勘違いしたのだと思う。

田中が彼女ではない別の女の子と親しくしていたら、私は彼のことを好きだと思わなかったかもしれない。そうだったらよかったのに。


それから何年も、私は田中に執着をした。中学にあがっても、彼の低い声が聞こえると、ソワソワして仕方なくなった。彼の持ち物にイタズラをして、怒られて、またソワソワした。彼に褒められても、ソワソワした。なぜか、何をされてもうれしくなかった。ソワソワして、恥ずかしくて、自分のことが嫌になった。

田中は私の気持ちを知りながら、先の彼女に告白をして、即フラれた。そのことを彼女は私に言わなかったから、ずいぶんあとに噂で知った。かなり惨めな気持ちになった。実際、彼が彼女を好きで、彼女が彼を好きではなかった、ただそれだけのことなのに、彼女にずいぶん負けたような気がした。私が何年も執着する男をフるなんて、ひどい。せめてふたりが付き合えば良かったのに。

その後、田中は妥協したのか、彼女と似たキャラ且つ自分にあきらかに好意を寄せている私と付き合いはじめた。悔しい。せめてフればよかったのに、一瞬でオーケーしてしまった。だって好きなんだもの。

最初は彼女に負けたくない気持ちで彼を好きになったようなものなのに、いつのまにか敗北コースを突き進んでいた。すべてがばかばかしい。


それまでの彼への恋の期間すべてもそうだったが、とくに交際中は最悪な思い出しかない。デートで変なおそろいのストラップを買ったが、一度もつけなかった。頭を撫でられて、なんかキモかった。キスもものすごく生々しい味がしてびっくりした。なぜか行為中に目隠しをされたのも傷ついた。

今はこうして少しは言語化できるが、当時は本当にただ苦しくて、恋をすることが辛かった。
『世界の中心で愛を叫ぶ』のおかげで「純愛」ブームだったが、そんなものは存在しないと思った。恋は、嫉妬、暴力、事故、間違い。


彼と別れた梅雨の日のことをよく覚えていて、毎年その日になると、陰鬱な、大嫌いだった親戚の命日のような気持ちになっていた。だいたいいつも雨が降って、草が香っている。

今年、初めて、その日を思いださなかった。もうあれから15年、やっとあのクソシットな数年間が成仏したのかもしれない。彼のことはもう何度も書いているけれど、良い感じで書いてしまったこともあったので、今日は成仏?記念に正直に書いてみた。

サポートをいただけるとハーゲンダッツが買えます。