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「宇野さんvsカジサックさんの件」と「箕輪が神奈川県知事をディスった件」の考察

宇野さんがイベント中に帰ったことと、箕輪が神奈川県知事をディスったこと。共通のテーマは「ディスリスペクト」です。表面的にはテーマが共通なので箕輪は同列だと考えていたようですが、似ているようで本質は全く別の話だと思います。

【宇野さんの件】

2月2日の「ホリエモン万博」で、 宇野常寛さんがカジサックさんの失礼な言動に怒って途中退席して、Twitterで告発した騒動です。

私は、台本のない「いじり」は単なるイジメであり嫌がらせだと考えています。テレビ番組では「台本の共有=同意=信頼関係」があるから成り立つのであって、望んでいない人が不本意に「いじられる」のは拒否しても良いはずです。

不本意な「いじり」は、受け手にとってはディスリスペクトと同じです。それを受け入れる義務は誰にもありません。

宇野さんの件なら、先にカジサックさんが宇野さんに「皆を楽しませるために、いじっても良いか」を確認すれば避けることが出来たと思います。
宇野さんの返事がNOなら、別の方法で皆を楽しませればいいし。

もしポリシーとして予定調和は嫌だと言うなら、いじられることを喜ぶ人か否かを見極める目が必要ですよね。「いじられることを喜ぶ人」と「いじる人」がマッチングすれば皆が幸せになれます。

そういう準備を怠った状態で他者を巻き込んで不快にさせたという点で、カジサックさんに非があると思います。

宇野さんが帰ったことは「不快なことをする人への抗議」としては理解できますが、是非は判断できません。詳細はその場にいないと分からないので。ただ、最初はノリに合わせようと試みたとのことなので、かなり限度を超えて嫌な思いをしたのかなぁと想像しています。


【箕輪の件】
こちらは、「箕輪が不快になったから」という理由で知事を攻撃したので、全く別の話です。知事に嫌なことされたわけじゃないのでしょ?

知事の話がつまらなかったと言うけれど、その場での知事の役割は箕輪を楽しませることではありません。

真剣に知事の話を聴いている人がいたかもしれないし。その人のことも馬鹿にしたと言えます。

権威には屈しないというレベルの話ではなく、他者への敬意と想像力が足りないと感じました。

"したいことしか、しない"のがポリシーなら、カジサックさんと同様に「話がつまらなかったら邪魔するけど、いい?」と先に断っておくのが筋だと思います。

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カジサックさんと宇野さんの件は仕事の連絡ミスとか意思の疎通の話であって、箕輪の件とは全く別の話です。箕輪のは単なる嫌がらせです。

私は、自分がつまらないからという理由で他者のスピーチを妨害するなんて、全く理解できません。


*2019/07/08 加筆修正