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『美しい顔』読書感想

群像新人賞を受賞した、東日本大震災の被災者が主人公の物語です。
芥川賞候補にもなりましたが、剽窃疑惑が出て炎上し、全文ネット公開したとのこと。

作者は被災地に行ったことはなく、被災者に取材もせず、ノンフィクションを参考にして想像で被災体験を書いたとのことです。私は東北出身で、実家も友人も被災していますので、震災は他人事ではありません。実体験も現地取材もなしで想像でどこまで書けるのか、気になって読んでみました。

感想。
作品としては良いものだと思いました。新人賞の獲得も芥川賞候補も納得です。前半の迫力や切実さは目を見張るものがありました。だからこそ取材不足が惜しまれました。

50ページ上段。
"鳥が飛び桜が咲き卒業式があり新芽が出て新学期が始まり"

この一文で、この作品には東北出身者が関わっていないことが分かります。東北では桜が咲くのは4月過ぎです。本州北端の青森はゴールデンウィークが見頃です。

この一文が出るまでは、それなりにリアリティがありました。剽窃疑惑が出るほどにノンフィクションを参考にしているから、リアリティは当然と言えます。でも桜の一文で完全なフィクションになってしまった。前半の迫力、説得力が薄れて、嘘になってしまいました。

これは作者が参考にしたノンフィクション文献に関わった全ての人への冒涜だと感じました。被災者の痛み、それを受け止めたノンフィクション作家の痛みを、この作品上で「嘘」にしてしまった。

「事実」を利用して「虚構」を書くという行為は、「事実」に関わる人達の心の傷を抉ることになりかねない、という覚悟が必要だと思います。

その覚悟は「綿密な取材のもとに書く」という行動に現れると思うので、炎上するほど多くの人が作者に感じた不快感は、その「覚悟のなさ」に起因すると考察しました。

「東北で桜が咲く時季」という、ネットでも簡単に調べられる事柄を調べなかったのは、作者の経験によるものということは容易に推測できます。作者にとって桜は卒業式の前に咲くものなのでしょう。作者自身が「取材なしでは自身の体験を越える事は出来ない」という事実を知らしめた、と言えます。

デリケートな題材には緻密な取材は不可欠だと思いました。それは「実際にそこにいる、悲しみを抱えた人々」への敬意や誠意ではないでしょうか。

*画像は産経ニュースからお借りしました。