第2話

「おい、それで本当にアイツはやるって言ったのか」
 
「ああ、チョロイもんだったぜ。『お前は何も間違ってない』って言っただけで、その気になってやんの」

 繁華街にある廃ビルの最上階の一室で、二人の男が煙草をふかしていた。

 11イレブンと呼ばれる男が、退屈そうな大あくびをする。

「PC通信って本当に便利だよな。見てみ。ここにもテロリスト予備軍がいるぜ」

「放っておいても模倣犯は出るんじゃねえか。そこはマスコミ様が頑張ってくれんだろうよ。今回はターゲットがでけえからな」

 超巨大OSが登場するのは数年先の話である。PC通信を行う人間はたかがしれていた。

「孤立した寂しい人間には特別な大義名分が必要だろ」
 
 12はそう言うと、オンボロ椅子を足で蹴って笑顔を浮かべた。

「しっかし、アジア人ってホント馬鹿だよな。いい歳して『ライ麦畑でつかまえて』だぜ。笑える。我らがホールデンの成功を祈ろうぜ」
 
 11が間抜け面浮かべた瞬間、窓から怖気のするような気配が立ちこめた。二人は即座に身を低くして、銃を構えた。白い布が窓の外からはためいている。
 
 が確実にいる。

 不気味な緊張に震えが止まらない。ブレーカーが突如、バチッ!という音と共に落ちた。12は視界を奪われる前に、窓から身を乗り上げて叫んだ。

「誰だ!」
 
 佇んでいたのは、小柄な身体に不釣り合いな大鎌を担いだ、白マントの少年だった。髪で隠れた美しい斜視と一瞬だけ目が合う。
 
 ここが7階だと言うことを思い出してしまった12は、反射的に発砲しようとした。

「何が起きた!」

 身を低くした11が駆け寄り、窓の外を見る。既に少年はいなくなっていた。

 赤い風船だけが、いたはずの場所にポツンと浮かんでいた。

 ◆

 ジョージは市営アパートの一室で、拳銃を構えては下ろすを繰り返していた。

 明日には、大統領を暗殺する。

 振り返った所で人が立っている事に気づいたジョージは、驚きのあまり腰を抜かしてしまった。

「君がジョージ? 初めまして。僕、キングって言うんだ」

 死神のコスプレをした少年に、心臓が飛び上がるほど驚かされたジョージ。彼は同時に、少年が自分の名前を呼んだ事に気づいて、拳銃を構えた。

「お前、どこのもんだ。教団の人間か?」

「教団? 教会のことかな。僕、生まれてから一回も教会へ行ったことがないんだ」

「俺が言ってるのは、一般的な教会の事じゃない。後、そのふざけた格好はなんなんだ」

「ふざけてなんかいないよ。これ、制服なんだ」

 キングは被っていたフードを外すと、ジャンクフードだらけのテーブルの脇に大鎌を立てかけた。プラチナブロンドの髪が顔を覗かせる。

 随分、キレイな顔立ちをした少年だな。そう思ったジョージは、少年が真夜中に突然現れた事を気にしていた。

「金に困ってるのか? 悪いけど、男を抱く趣味はない」
 
「お金は持ってないけど……二度とそんな事はやりたくない。父さんが一生分、やっていった」

「そうだったのか、済まなかった。まあ、座れ。ココアくらいなら飲ませてやる」

 微笑んだキングは、汚れたテーブルにいきなり腰掛けた。

「お前……そこは座る所じゃない。母親は? 家出してきたのか?」
 
「両親は死んだよ。僕が殺したんだ」

 キッチンでココアを用意していたジョージは、キングの告白に思わず袋ごとココアをシンクにぶちまけてしまった。
 
「ちょっ、冗談だろ?」

「本当だよ。殺されそうになったから、殺した」

 淡々と告げたキングは、そんな事よりと言いたげな顔でココアを見ていた。
 
「気にしないで。それより僕はジョージの話が聞きたい」

「俺の話なんて面白くないぞ。母親がカルトにハマっちまってな。家の金を全部、貢いでたんだ。ショックで親父が自殺……してしまった」

 ジョージは椅子に腰掛けると、身の上話を始めた。マグカップからはココアの甘い香りがしている。
 
「姉貴が盲目でな。親父は医者だった。治らないって言ってるのにお袋、信じなくて」

「僕んちは、母さんが商品だから殴れないんだ。代わりは僕だった」

「辛かったな。お袋は、姉貴ばっかりだった。親父の保険金まで貢ぎやがってよ。俺は、高校を退学せざるを得なかった」

「学校って、行かないとどうなっちゃうの?」

「俺と同じ人生になる。俺がこうなったのは、母親と国のせいだ」

「それで、大統領を殺すの?」

 立ち上がったキングは大鎌を担ぐと、一切の音を立てずに部屋の隅へと後ずさっていった。

「教団は大統領の一族が動かしてるって噂だ」

「TVで見たな。ジョージのお母さんと大統領って知り合いなの?」
 
「いや。面識はない」

「話が変だよ。知らない人から、どうやってお金を騙し取るの?」

「間接的には騙し取ったも同然だ! マトモじゃない母親を持つ俺の気持ち、お前なら分かるだろ?」

 気づくと部屋の隅にいた筈のキングが、ジョージの目を覗き込んでいた。ほんの一瞬の出来事に恐怖で鳥肌が立つのを抑えきれない。

 先ほどまでの無邪気な少年とは思えない、冷徹な表情を浮かべたキングが口を開く。

「君は何故、母親を殺さないの?」

「それは……」

「君は僕と同じだ。この世界から切り離されてきた」

 次の瞬間、上下逆さまになったキングを見たジョージは、ついに正気を失ったのだと思った。キングが掲げた手に、斜視になっている眼球がポトリと落ちてゆく。サファイアを思わせる眼球が掌の上で浮いていた。

 瞬間、恐怖で凍り付いた身体とは裏腹に、ジョージの口が勝手に開いて本音をぶちまけ始めた。
 
「俺は、ずっと一人だった。俺が面会に行っても『どちらさまですか?』と聞いてきやがる。

 俺は、お袋にとってのなんだったんだ。
 もしかすると、本当に俺が殺すべきはお袋?

 ……違う!大統領が全部悪いんだ!
 
『お前は何も間違ってない』って認めてくれる人が現れたんだ」
 
「ねえ、ジョージ。僕は死神なんだ。君の願いを叶えてあげる。取引しよう」

 キングの言葉で我に返ったジョージは、ぽっかりと空いた眼窩を見つめた。下を見れば、掌の眼球がゆっくりと回転している。

「……俺に真実を教えてくれ。見返りは?」

「僕は、君の真実がみたい」

「ハッ、死神らしいな。良いだろう」

 キングは上下逆さまになっていた身体を元に戻すと床に足を下ろした。眼球を舌に載せ、ニヤリと笑う。

「ジョージ。取引は、成立だ」

 ◆

「おい、それで本当にアイツはやるって言ったのか」
 
「ああ、チョロイもんだったぜ。『お前は何も間違ってない』って言っただけで、その気になりやがった」

 ジョージは、廃ビルの一室の前にいた。中から話し声が聞こえる。彼は、ドア越しに耳を傾けた。

 この話の内容……11イレブンと名乗っていた男だ。その気になりやがった? どういう事だ。俺は、こいつらからテロリストに仕立て上げられてたのか?

 俺を肯定したのは、自分たちの都合で暗殺させるためだったっていうのか。

「しっかし、アジア人ってホント馬鹿だよな。いい歳して『ライ麦畑でつかまえて』だぜ。笑える。我らがホールデンの成功を祈ろうぜ」
 
 これが、真実。

 ジョージは廃ビルの中を見渡すと、漏水を続けるホースを見つけた。そして、ドアの隙間から部屋の中へ水を撒き始めた。

「なんだ? 気持ち悪い風船だな」

 11が風船を手繰り寄せようと窓の外へ手を伸ばした瞬間、12が「やめろ!」と叫びながら、身体を抱きかかえて窓から離れた。

 はたして風船は、パチン!と弾けただけだった。

 暗闇の中を手探りで後退した二人は、足元が水浸しになっている事に気づいて立ち止まった。

「死ね。害虫ども」

 ブレーカーを上げたジョージが、切れた電線を水の中へと放り投げた。

 男達は絶叫と共に身体をミミズのように這わせもがいた。繁華街にその声が届くことはない。薄れゆく意識の中で白マントが視界に入った。

「初めまして。僕の名前は、13キングって言うんだ」

「あガゲがガ!!」

「ごめんね、何言ってんのか全然分かんないや」

 這い回る二人の身体から煙が上がってくる。キングは笑顔を浮かべると大鎌を振るって、二人の首を狩った。
 
 首は壁に思い切りぶち当たると、少し跳ね返ってから無機質に落ちていった。

「こいつらは、死んだほうが良い人間だったね」

 無邪気に微笑むキング。彼は、白マントを翻しながら電話をジョージに差し出した。

「真実、まだ残ってる」

 電話を手に取ったジョージは、聞こえてくる声に溢れる涙を止められなかった。

「ジョージ、心配していたのよ。どこに行ってたの」

「――お袋、正気に戻ったのか?」

「迷子になっていたのね、可哀想に。お父さんはどこにいるのかしら」

「……なあ、お袋。俺の事どう思ってる?」

「何を言ってるのジョージ。愛しているに決まってるじゃない」

  ジョージが振り返った時、キングは既に何処かへと姿を消していた。

 『友達になって』という一枚のメモを残して。

 飛び立っていったキングは、ネオン街を見下ろしながら、国歌を口ずさんでいた。

 世界は広くて自由だ。まるでこの夜空のように。
 若き死神キングは、敬礼の真似をしてみせると夜空の向こうへ消えていった。

 消えてしまった子供たちを探して。

 ◆

 州都市部にある高層ビル。余計な飾りの一切ない部屋で、男が受話器越しに誰かと話していた。

「なるほど、集落は全滅したのか。ああ、犯人捜しはしなくて良い。あの女が死んだのか、それだけ確認したかった」

 受話器を置いた男が立ち上がる。彼は手を叩くと窓の外に目をやった。

 宝石かと見まがうばかりの夜景が美しい。

――」

 男は誰にともなく独りごちると、冷たい窓越しにニヤリと微笑んだ。

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