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(フェルディナンド&ローゼマイン) 天岩戸譚

(『本好きの下剋上』二次創作です)

星結びも無事に終わり、夫婦で共寝することにもすっかり慣れてきたある夜。半身を起こした状態だが広い寝台で私はすっかり寛いでいた。しかし、用意させた香りのよい酒精を嗜みながらローゼマインが唇の端をちょっと上げて急に話を始めた。
唐突だ。
いつもながら唐突だ。
さきほどまで貴族らしい笑顔でいたのに側近が下がるや否や、私にはやや不機嫌さを早速滲ませていた。きっとなにかよからぬことを考えているに違いない。
「わたくしの元いた世界に伝わる神々のお話に”天岩戸伝説”というのがあるのです。」
土の日の前の夜。せっかくの二人きりの貴重な時間にいったい何を言い出したのか?(アマノイワト?)聞き慣れぬ言葉にともかく先を促す。
「天照大神というお日様を司る女神様。こちらで言えば光の女神様にあたるお方が、弟君のあまりの悪さぶりに洞窟にお籠りになり岩戸を閉ざし出て来なくなりました。」
話の方向がまったく見えぬので黙ったまま聞く。ここは聞くしかないだろう。
「おそらく太陽が月の影に隠れる日蝕という現象を古来の人たちが恐れてそのような伝説を語り継いだのだろうとも思うのですが、それはともかく。
太陽神が隠れると世界は真っ暗になり、植物も育たず病人も出たり大変な騒ぎになりました。どうにか女神に岩戸から出てくださいとお願いするのですが、出てきて下さらないのです。」
この辺りで何か話の方向が見えてきた。ローゼマインは怒っている。
それには確かに気づいてはいた。話の中で”女神”だと言っているが、どうやら岩戸に籠っている神の話は私のことを喩えているらしい。
ため息が零れた。今夜は甘やかな夜になるのではなかったのか。

そう、つい先頃入手した貴重な水棲魔物。これは存在が稀少でようやく生きた状態で手に入ったのだ。これを増やしていくにはどうすればいいのか。隠し部屋に籠って研究に没頭してしまった。研究所で育てていくにしても、その育成方法から見極めねばならない。
ちょうど執務が少し落ち着いていた頃合いでもあったし、そもそもその魔物から得られる素材を私の全ての女神がかねてより欲しがっていた。どうにか人の手で増やせないかというのが研究の目的ではあった。が、それは研究所に持ち込む目途が立ってから報告したかった。目途が立たない内に報告して上手くいかない場合、残念に思われるのも口惜しい。
…私はローゼマインががっかりするのを見たくない。
なので研究の目的を秘匿して、どうにかローゼマインの入室も拒否し、強引に籠っていたのだ。
それを怒っている。
久々に一緒に取った夕食の席では側近達の手前見せないようにしていたらしいが。時々そこはかとなく怒りが滲み出ていたのを知っている。

ローゼマインは私がきちんとした食事を抜いたり徹夜したりするのを本当に嫌がる。だが、たかが二日くらい軽食や回復薬で済ませてもいいではないか…。心中ぼやく。一夜の徹夜くらいどうということもない。
執務もユストクス、ハルトムートらで問題なかったはずだ、指示は十分にしてあった。そんな風に反省のない私の思考を読んだのか、ローゼマインはちらりと咎めるような上目遣いを見せた後、尚も説明を続けた。
「ほかの神々があらゆる手を尽くしても出てきて下さらないのですよ、本当に困った”女神”様だこと。」
こてりと頬に手を当てる。エックハルトが何度も声を掛けても出てこないことをあてこすっている。私はちょっと目をそらしてグラスを口に運ぶ。
喉を流れる好みである筈の酒がやや苦く感じる。こくりと飲み込む。
「…それで君は何を言いたいのだ?」
食事を抜いたことを反省しろということか。今夜の夕食は共に取ったではないか。明日からもきちんと君と取るつもりだったと言うべきか悩む。この研究も君の為なのだから少しくらい見逃せばよいものをという気持ちがあるせいかもしれない。
…ゆうべ共寝をすっぽかしたことも?
いやそういうローゼマインだとて、エルヴィーラの新刊が手に入ると夢中になって寝台で読み続けることも多いではないか。日頃の不満がやや首を擡げる。そういう時どれだけ苦労して本を取り上げてきたか。

「困った神々の中から天鈿女命(あめのうずめのみこと)という方が妙案を思いつくのです。」
「妙案…?」
何か嫌な予感がする。絶対にろくでもないことに違いない。
「ええ、天鈿女命様はとてもふくよかで踊りも上手な方でした。天照様がお籠りになった岩戸の前で踊り始めるのです。新しい太陽神が現れた、お祝いだとかなんとか、他の神々が歌い、手を叩き、にぎやかに騒ぎ囃します。その騒ぎに天照様はつい引き戸を少し開けて覗こうとするのです。すかさず一人が引き戸を開け切り、一人が鏡を差し出し女神を映し、そして岩戸からとうとう天照大神を引っ張り出すことに成功するという言い伝えです。」
「ほぉ…」
感心して見せたものの、話の決着まで聞いてもあまり意味がよく分からない。策略で籠っていた女神を引っ張り出した、それで?という感じだ。
ローゼマインは私の反応の少なさに頷きながら、さらにいたずらっぽい表情で笑ってみせた。何か笑顔に黒い影が見える。
「面白いのはこの時天鈿女命様が踊ったのは日本最古のストリップ、わたくしのいた世界で言い伝えられる一番古いストリップだと言われてるのです。」
「すとりっぷ…?」
またしても聞き慣れない言葉が出てきた。異世界にしかない言葉なのであろう。そしてさきほど感じた黒い影が立ち上がり、ますます不穏な空気が漂い始める。

メスティオノーラの化身と言われるローゼマインは星結び後美しさに磨きをかけている。最初の内こそ羞恥に震えるシュミル然としていたのが、今ではすっかり…。幾夜も過ごした甘美な光景がつい脳内に過ってしまう。
(本当は人目に触れさせることなく、それこそ”アマノイワト”とやらでも二人だけで籠っていたい…。その思いをぐっと堪えているのだ。)
その間に、既に解かれた艶やかな黒髪を払いながらゆっくり寝台から降り、どこに用意していたのか数枚の薄布を寝衣の上に羽織った。
「ストリップというのは、こういう感じに踊るのです」
妖艶に笑ってみせたかと思うとなにやら口遊む。そして私の目を輝く金色の瞳で見つめたまま、細く白い指先を優美に舞わせ、ひらひらと一枚ずつ薄布を落としていく。
ローゼマインの優秀な側近が選んだ寝衣そのものが実に艶めかしいものであったのに、纏っていた薄布を一枚ずつ落とす仕草から目が離せない。自身の評価はともかく、私の女神は奉納舞も名手である。妖しい光が身を包むようだ。羽織っていた薄布がすべて足元に落ち、最後になった一枚を落とそうと胸元のリボンに手をやった。
白い輝くような裸身が露わになると考えた途端に、私の口から謝罪が無意識に口をついた。謝るしかないではないか!

…つまり愛する私の女神は、今度食事を抜いて睡眠を抜いて籠ったら岩戸=隠し部屋の前で皆の前でこの踊りを舞ってみせるぞ、と脅しているのだ。
このような破廉恥な踊りを、だ。悪辣にすぎる!!
ローゼマインがいた異世界が恐ろしく破廉恥なのは知ってはいたが、まさかこれほどとは!!私がほかの者がいる前でその薄布一枚でも落とすことを赦すとでも思っているのか!?

私の謝罪と反省に気を良くしたのか、満足気ににこりとしたローゼマインが寝台に戻って私の隣に身を横たえる。
艶やかな髪や柔らかな身体から漂うほのかな香りを鼻腔で味わう。
…ようやく。
ようやく、私は愛しい妻に思い描いていた甘やかな夜を自らの指で解くことを赦されたのだった。

(補足)
最初の頃は翻弄されるばかりだったローゼマインが若干慣れてきた&研究に浮かれ、久々に食事と睡眠を抜いたアウブ配におしおきを考えた夜のお話です。天岩戸って女神が籠る話なんだよね~やっぱりフェルディナンドの方が女神然としてるなと思ったことが一つ。
あと、この時入手した水棲魔物は真珠貝の母貝(ユルゲンにおけるアコヤ貝系)。アレキで真珠が養殖できたらいいね、とTwitter(現X)で呟いたネタです。養殖までは大変そう。
ちなみにこの夜の後は、フェルディナンドが籠りそうになると「すと…」とアウブが口にするだけでバッと部屋から出てくるようになります。

ストリップ風に踊る時のイメージは「サロメ」です。ヨカナーンの首を欲しがってサロメが踊ったのも一枚ずつ布を落とす色っぽい系なので、なりきりで踊っています。この時口遊んだ曲をフェルディナンドが後に所望します。(案外懲りない。)

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