空の上で
「ねぇ、ハル?」
夕日の見える、自然に囲まれた平原、そこからしばらく歩いた丘の一番高いところで、僕はヒナミの言葉に反応して振り向く。
ヒナミはその肩までおろされた淡い緑の髪をいじり、僕を見つめていた。
ヒナミは笑顔だった。色とりどりの花が広がっている、その真ん中で。
その笑顔は、きれいに咲く花と変わりはなかった。
「そういえば、今日はなんでここに? 村の人たちに黙ってまで」
「ふふっ」
ヒナミは指をくるりと回転させる。周りに散っていた花びらが浮き始めた。同時にヒナミの体も浮いていた。
「うおっ!? すげぇ」
「すごいでしょ?」
「そんなのどこで覚えたんだよ!?」
「秘密。ちょっとだけ教えてあげるなら……私の体質かな?」
「体質?」
「私、実は超能力者なの、なんて言ったりして」
「……」
「なにそれー。もうちょっと面白い反応してよ」
「いやーだって。それ、村の人たちにバレたりしたら……」
ハルはそう言いかけた瞬間、ヒナミに人差し指を当てる。
「うん。だから、私とハルの秘密ね」
ヒナミの指は、冷たいけど、心地よい感触だった。突然唇を触れられたことで僕はすっと後ろに下がってしまう。
「ハルー。そんなんじゃ女の子にモテないよ?」
「いや、別に、僕は何も……」
「ふふっ……じゃあ」
ヒナミはくるっと後ろを振り向き、丘の上から見える夕日の方向を歩く。
ヒナミの数メートル先は崖になっていて、そこから下は高度がいくらあるのだろうと思うくらい高いが、そこからは壮大なお花畑が見えていて、上から眺めれば、一つの絵のように広がるお花畑が美しく見える。
「ここから、一緒に飛んでみる?」
「え!? 何言ってるの!?」
「違うよ。私の能力を使って、飛ぶの。ハルも一緒に」
「僕も……?」
ヒナミはハルの手を強引に引っ張った。
「ちょ、ちょちょちょっと!」
「いいから。……せーのっ!」
僕はヒナミに連れられて、丘の上からジャンプした。
ヒナミはいつもこんな調子だ。少しでも面白そうなことを考えたら、僕を強引にでも引き連れて巻き込もうとする。正直迷惑な時もあった。
でも、今回ばかりは、ヒナミの笑顔が。
「うぉぉぉぉぉおおおおおお!!」
そう思っている間に、僕は真っ逆さまに地上へ急降下していた。
ヒナミはすごく笑顔だ。
「笑ってる場合じゃ!」
「大丈夫! それっ!」
ヒナミが指を動かすと、フワっと、急に、体が浮くような感覚を覚えた。まるで重力が突然、消えたかのようだった。
「……うぉっ!?」
これは流石に驚いた。まさか、僕の体が、浮いているのだから。
「ふふっ。そ〜っれっ!」
ヒナミは思いっきり指を下から上へ動かす。僕と彼女の体は、すぅっと鳥のように上昇し、空を泳ぎ始めた。
「すごい……」
「でしょ?」
ヒナミは終始、面白そうな笑顔で僕を見つめる。
今回ばかりは、ヒナミの笑顔が、眩しい。夕日のせいだろうか。
ヒナミは僕の手をとる。
僕はヒナミの手をとって、丘の上で寝そべるみたいに、空の上で二人で仰向けになった。
ヒナミはとても楽しそうだ。彼女の笑顔、挙動、一つ一つが、空の上のおとぎ話のような世界観のような現実と合わさって、美しく見えた。
僕もヒナミの片手をとり、一緒に空を見る。
「気持ちいいね」
「うん」
ヒナミは、ずっと僕の片手を握っていた。
「いつまでも、一緒に居よ。ハル」
ヒナミは、花のような穏やかな声で、僕の隣でそういった。
二人で、少しずつ夕日が沈んできた、お花畑の遥か上で。
星が見え始めた夜の空を、見上げていた。
■
『こちらA1。配置場所に到着した』
『こちらB2、こっちもOKだ』
夜の都市街。機械の擦れる音と激突する音がせめぎあう場所。一人の金髪の青年は片手を耳に当て、インカムから流れてくる声を確認する。その後、C3,D4、と決められたコードを持つ人間たちが次々に報告を始める。
『よし、全員揃ったな』
その後、年の離れた軍人の女性のような声が聞こえた。
『……迅雷。相変わらず返事はなしか?』
「聞こえている。葛城上官」
『よし。……ではこれよりS判定特殊災害獣殲滅作戦を実行する。もう一度、内容を復唱するからよく聞け』
葛城と呼ばれる女性は、自分が従える兵士たちに説明を始める。
『2か月前、突如この都市に現れたS級災害獣「TI(ティーアイ)」は、現れたのち、大量の木々を発生させ、この都市を飲み込んだ。住民の被害は半分。これまでにない大災厄になりかねない。そのためにこの部隊が編成され、今に至るというわけだ。ここまではいいな?』
インカムからは「OK」や「特に問題ない」といった言葉が流れる。迅雷は何も答えるつもりはなかった。理解している事にわざわざ了解の言葉を述べるのは彼にとって面倒なものだった。
『まず、配置についた兵士A1~Z0までのメンバーは指定された大型火炎銃器を用いて、TIを刺激する。その後、迅雷、お前の出番だ』
「分かっている」
迅雷は背負っている剣を手に取る。
「TIの検索は完了している。奴の情報はすでにインプット済みだ」
迅雷の頭には機械装置らしきものが付けられていた。よく見ると装置の中から出ている管がいくつか、迅雷の頭に差し込まれているのがわかった。
『お前は生身の人間とは違う。特別に作られたサイボーグだからこそ、この仕事の一大事はお前にかかっている』
「自覚している」
『ふん。ただの命令ロボットが……まぁいい。機会は一瞬だ。火炎銃器でやつの出した木々を弱らせ……』
しかし、そのあと悲痛な叫びがインカムから響いた。
『おい! どうした!?』
『こ、こちらC2! TIの勢いが…! うあああああああ!』
インカムからは、次々と悲鳴を上げては、声が消えていった。
「葛城、これは俺一人で片付ける」
『何!? 貴様、何をバカなことを!』
「こうなることは想定済みだ。俺は全て検索を完了しているといったはずだ。TIの攻撃手段もな。報告はした。そう簡単に抑えられるような相手ではないと。……政府の顔が気になったか?」
『……くっ』
迅雷はビルの屋上にいた。彼はそこから飛び降り、TIのいる場所へと向かう。
(TI……)
迅雷は、検索していた情報を思い返していた。TIは巨大な大樹のような形をしている。その節々から空気のようなものを吹き出していて。地下からはTIの一部だと思われる木々が生えてはビルを破壊していた。時折、やつの根っこのようなものも目撃していた。
TIの出現も確認していた。TIはどうやら、この都市の地下で誕生していたらしく、今現在までおよそ数十年か、成長を続けて今になって現れた。
正直、それに気づかず、こんな事態になることがおかしいと迅雷は思っていた。ゆえん、何か裏があってのこの大規模災害なのだろうと、推測をしている。
ただ、推測は検索することができない。推測はあくまで推測でしかない。物事、全て検索で出てくるようであれば、迅雷は「サイボーグのシステムと政府の監視を分離させる方法」を検索し、お堅い政府の監視から逃れられて、自由な環境を手に入れることができるだろう。世界のあらゆる情報を検索できるが、やはり生みの親である政府のことに関してはアクセス不可だった。
といっても、迅雷にとっては任務が全てであるので、監視を外したところでどうなんだかと思っているところもあった。
推測を及ぼしていると、TIと思える巨大な大樹が見え始めた。
俺はそこで足を止める。
「意外に大きいな」
俺はすぐに剣を構えた。剣には0~100までのメーターが付いており。100の位置には「OVERLOAD DANGER」と書かれている。
奴の攻撃手段は把握している。どんな攻撃が来ても、どういう避け方をして、どういう風にして奴の弱点である幹の中央に攻撃をするか、全てパターンはインプットされていて、最適化されていた。それが彼、迅雷のサイボーグとして作られた理由でもある。
全ての災害・敵に対応できる、万能のサイボーグ。
迅雷は彼のコードネームであった。
「……?」
迅雷は首をかしげる。
様子がおかしい。TIの幹の部分、中央の部分から、実から何か出てくるような音を立てて、その部分が割れていっている。まるでそれは卵からひよこが出てくるように。
「おかしい……そんなパターンは記憶されていない。新しいパターンか?」
迅雷はまず、敵の情報を集めるとき、まず敵のできる限りの情報を集め、それに類似した事件やその原因となった災害の情報など、多種多様な情報を組みわせて、そこから最適解を見つけ出し、インプットしている。迅雷のとって、検索が完了したことは、最適解を見つけ出したことなのだ。
ただ、これは検索しても出てこない、最適解ができない様子だった。推測で戦う必要がることを考えた迅雷は、厳しいかもな、と苦言を漏らした。
しかし。
それは迅雷の、検索や、推測はるかに超えることとなった。
木の幹から、花が溢れるように出てきた。
その花が溢れるように出てきた中にいたのは、大樹と繋がれた、少女だった。
「っ!?」
迅雷の頭の中に、大きな物を打ち付けられるようにあるイメージが沸いていた。
そして同時に、声が、聞こえていた。
少女の声が。
「ぐっ……あ!? ……あ……あぁ………あああ!」
迅雷は体が揺らぐ。検索しても、今の自分の状況は出てこない。
迅雷は剣を構えた。
少女と、目があった。
少女は、にこやかに笑っていた。
迅雷は目を見開く。何か、口から、何か言葉を出そうとしたが、何も出てこない。
「……………………っ……あ…………ヒ…………ナ…………!」
違う。何をしている。何をしているんだ。
冷静を保て。
俺の任務はなんだ?
政府の顔を伺うことか? 葛城の指示に従うことか?
違う。
俺の最適解は。
俺の、最適解は。
奴を、TIを、消すことだ!!
「……オーバーロード開始」
剣に電撃が貯められていく。徐々に、徐々に。
地下から木々が出てきて、迅雷を攻撃する。しかし迅雷は、それを予測しているかのようにすっと、避けては、切り捨てて、避ける。
目の前に、TIの根のムチが飛んでくる。迅雷はそれを横薙ぎに払って切り伏せる。剣のメーターは40%。
「とっくの前から……すでに検索は完了している……TI、お前の殺し方をな!」
迅雷には、救うべき人たちの顔が浮かんでいた。政府の人間は嫌いだが、自分が助けた人たちから、感謝の言葉を述べられる心地よさはよく覚えている。それは悪いものではなかった。
迅雷は、命令など関係なしに、この街の人を守りたいという意志が、硬かった。
迅雷はメーターが60%を切ったところで、ビュン!と飛び出し、TIの中心部へと飛び込む。自分の最大限の攻撃をカモフラージュするため、別の攻撃でTIを牽制しようとしていた。弱点である木の幹を大きく斬るには、100%まで溜める必要があるからだ、
TIから生えている少女と目が合う。
迅雷は強く睨みつけた。
「貴様を……殺す!!!!!」
―――――少女は、笑顔だった。
-―――――暖かい、笑顔を、している。
「……っ!!!!」
TIの周りに散っていた花が重なり、吹雪のように迅雷を襲った。
「うごぉ……が……ああああああああああああああ!」
迅雷は勢いよく吹っ飛び、ビルに打ち付けられる。
迅雷はすぐに立ち上がる。睨みつけて、TIの目を見る。
TIは、少女はそれでも笑っている。
迅雷は剣を見た。
100%。
迅雷は握り締める。握り締めた剣は少しずつ電撃を帯び、最後には巨大な電撃剣のような形になった。
「……オーバーロード、完了。雷撃神」
迅雷は飛び出し、すぐさま、TIの目の前につく。
「剣戟、執行!」
剣を振り下ろした。
木の幹が、雷が木をわるように、大きな轟音を立てて割れていく。
大樹がてっぺんから、建物が崩壊するように少しずつ崩れていく。
大きな雷が落ちた衝撃と共に、TIは崩壊を始めた。
木々はだんだんと枯れていき、木の幹はバリバリと音を立てて崩れていく。
木の幹につながっていた少女は、迅雷の攻撃によって、引きちぎられていた。
迅雷は剣を収める。
後ろには、迅雷によって下半身が亡くなったTIとおぼしき少女が浮いている。
それは、ちぎられた花のようだった。
少女と、俺の目があった。
「…………」
手が、震える?
なぜだ。オーバーロードで故障したか?
ただ、そんな実例は過去に存在しない。それに。
「……っ……」
俺の目からは、涙がこぼれていた。
これは、なんだ?
一体、何がこぼれているんだ?
涙という意味は検索しても出てくるが、感情というものに関しては、迅雷は検索しても理解は出来ていなかった。唯一、葛城に「理解できているか?」と聞かれたら、無視できるような振る舞いはできない単語だ。
言葉が、出そうになる。
でも、出でこない。
出てこないんだ。その言葉が、どうしても、出てこないんだ。
少女は手を出した。
それは、災厄と呼ばれるには程遠い、柔らかい手だった。
少女は、口を開いた。
「ハル」
俺は、手を握りかえそうとしたが。
少女の手は少しずつ、砂のように溶けていった。
少女は、俺の前から、溶けるように、消えていった。
最後まで、少女は、笑顔だった。
俺は膝をついた。膝をつくことになんの意味もない。そんなことは分かっている。分かっているのに、そうせずにはいられないかった。
俺は、頭を抱えた。強く頭を、抱える。
「……くっ……あぁ……が……あ………あぁぁ……あああ!」
苦しい。胸が苦しい。やはり、オーバーロードによる副作用だろうか。サイボーグにも副作用が存在するのだなと、皮肉にも思っていた。
ただ、その後聞こえたインカムからの応答に、我ながら変な質問をしていた。
『迅雷、おい、迅雷! 聞こえているか!』
「ああ」
『苦戦を、強いられたようだな……』
「葛城、聞きたいことがある」
『なんだ?』
葛城は終始、軍人のような受け答えだ。
「……俺は、誰なんだ」
『お前は、迅雷だ。サイボーグ。それだけだ』
「じゃあ、ハルとは、なんだ?」
『何?』
「俺は、サイボーグなんだろ?」
『そうだ。我らに作られた、サイボーグだ』
「その割には欠陥だらけと思わないのか? こんな不利益にしかならない、任務の差支えになる感情は、最適解とは思えない。俺の検索では、出てこないんだよ。この、症状は」
『お前の検索は完璧だ。それによって我らも救われてきた』
「……」
『何も、考える必要はない。余計なことを、考える必要はな』
葛城からの連絡は途絶えた。
俺は、空を見上げる。
夕日が少しずつ落ちようとしているところだった。
星がいくつも、綺麗に見えていた。
俺は、下を見ると、いくつか、花が咲いているのがわかった。
それは小さい花だったが、それを見た後、再び空を見上げると、何とも言えない気分になった。
その気分は、検索をかけても、出てくることはない。
俺はその場をあとにした。
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