【声劇台本】潮錆びの仮面
「ねぇ。名切君は、海って好き?」
白い港が見えていた。地平線の向こう側に
学園ものです
5人(男2:女3(兼ね役あり))
50分程度
男キャラは女性が演じても可
ストーリー展開が崩れない程度のアドリブや言い換えは可
キャラクター
名切(なきり) 男
・琉階(るしな) 女
・瀬良(せら) 女
・先田(さきた) 男
・船原(ふなばら) 女
六辻(むつじ) 女
瀬良の召使い。物語終盤に登場。25歳
掃除係で瀬良家に入ったが、色んな仕事を任されるようになり、運転係もこなす
瀬良の恋路をひっそり応援している
船原役が兼ね役
ヒデじい様の声劇台本置き場にも置いてあります
シナリオ本文
船原:ねぇ、名切くんは、海って好き?
名切:(ひどく、鮮明な夢だった)
名切:(砂浜に居て、目の前に海があって)
名切:(地平線の向こう側に、白い港が、うっすらと見える)
名切:(潮の匂いが、やけに鼻についていた)
0:
名切:(数週間前、いつものように放課後のチャイムが鳴り、予定を確認しつつ、生徒会へ向かっていた時のことだった)
瀬良:生徒会長、名切灰人
瀬良:私の婿になりなさい
名切:……えっと
瀬良:言葉の通りよ
瀬良:あなたは街の中でも優秀に重ねた優秀
瀬良:私にふさわしい男、ということ
名切:君、C組の瀬良さんだっけ?
瀬良:そうよ
名切:確か、瀬良家といえば、お金持ちの家か……そんなところが、俺に?
瀬良:ええ。我が瀬良家の跡継ぎとして
名切:それは……ご光栄なことで
名切:(突然、俺の前に現れた瀬良凌子(せらりょうこ)という女は、自信にあふれていた。冗談を言っているようには見えない)
名切:(ラブコメディというのはこういう始まり方なのかと、冷めた目で見る俺が居た)
瀬良:というわけで。今日の放課後、暇かしら?
名切:今日? ちょっと急すぎるな。明日でもいい?
瀬良:もちろん
0:
名切:(それから数週間後、生徒会室にて)
琉階:名切会長、資料整理終わりましたので
名切:ありがとう。そうだ、月報の差し替えは?
琉階:今日、済ませましたので
名切:仕事が早いな。助かる
琉階:……あの
名切:なんだい? あぁ、もしかして活動報告書? ……すまないな、その日は検定試験があるから、他の人に書いてもらって
琉階:その話ではありません
名切:違う? 他に何か、あったっけな……
琉階:瀬良のことです
名切:……その件は、もう納得したと思っていたけど
琉階:婿になるなんて、本気ですか?
名切:瀬良にとっては大真面目だろ?
名切:ここで仲良くなっておけば、お金が入る。あ、俺のポケット、という意味じゃなくて
琉階:学校に、ですよね
琉階:今年は資金が足りなくて苦労している。分かっています
名切:そう。だから婿になる代わりに、瀬良の家からお金を出資してもらう
名切:それを分かってるなら、なんでそんな事聞くんだい?
琉階:瀬良がおかしいからです
琉階:普通、あんな風に正面きって、婿になるなどと意味の分からない事を言う人を、信じられますか?
名切:うーん。疑わしいところはなかったけどな
名切:……あ、ごめん。少し屋上に行ってくる。勉強続きが体に祟(たた)ったかな。少し疲れた
琉階:っ……全く
0:
0:学校 屋上にて
名切:今日は琉階のやつ、いつも以上に不機嫌だったな
名切:めんどくさい事にならないといいが
先田:お疲れさん、生徒会長殿
先田:休憩ですかい?
名切:ここに来ると落ち着くから
名切:あと、琉階が機嫌悪くてな、どうしたものかと思って
先田:それって、瀬良さんの件があってから?
名切:そうだな。その時からだ
先田:なるほどなぁ
名切:なんだよ?
先田:いいじゃないか。心配されて
名切:逆に面倒なだけだと、思うけど
先田:なかなか居ないぞ? 真面目に頑張っている人を支えてくれる人なんざ
先田:ただ瀬良さんにはびっくりしたけどな! まさか、あんなに堂々と迫るような女学生がおられるとは、学園コメディとは伝説じゃなかったわけか
名切:ほんと、突拍子もない出来事だよ。最初はどうでもよかったけど、後々考えたら、メリットがあるなって思ったから。仲良くしてる
先田:……はぁ。あのな、名切
名切:ん?
先田:本当にいいのか? それで
名切:何のことだよ?
船原:あ、名切くんだ
名切:っ、よう、船原
先田:っ……
船原:先田くんもいたんだ
先田:……じゃ、俺はここで
船原:あ……
先田:……あんまし抱え込むなよ?
名切:そんなに悩んでないけどな
先田:そうかい。そりゃよかった
0:先田はそのまま屋上から去った
船原:私、何かしたかな?
名切:船原は関係ないよ。何も問題はない
船原:そっか。あ、問題で思い出した
名切:ん?
船原:いや、この前さ……
名切:テストの成績が良くなかったとか?
船原:うっ
名切:しかも数学
船原:当てられた!?
名切:表情を見たらな。それに、船原は数学苦手って言ってただろ
船原:あはは
名切:どのあたりがボロボロだった?
船原:ボ、ボロボロっていう言い方はひどくない?
名切:いや、酷い言い方をしたつもりはなかったんだけどな
船原:名切君はふつーに強い言葉とか、使うもんね
名切:そんなに?
船原:もう少し、乙女心を考えたほうがいいと思います
名切:ごめんって。でもどっちにしろ、最悪だったんだろ?
船原:そ、そうだけど……
名切:で、どの辺?
船原:……全部
名切:……ほんとか?
船原:うん
名切:……っ、はは! さすが船原、世話が焼けるな
名切:今度教えてあげるよ
船原:え? ほんと?
名切:ああ。
船原:ありがとう。名切君は、なんだかんだ優しいよね
名切:……優しくなんか、ないさ
船原:最初会った時、怖い印象だったし、さっきみたいに言葉も強くて
船原:でも、こうやって話してみたら、実は意外と話してくれたりして
船原:そう、例えば、潮風の話とか
0:名切が少し俯くと、船原は手を後ろに添えて、屋上の手すりまで歩く
船原:……やっぱり、この匂いは、落ち着くね
名切:わかるよ
名切:遠くから流れてくる、潮の匂い
名切:この辺りは、都内でも海に近いから、風が少し強い日とかはとくに、鼻にくる
船原:うん、そうだね
船原:ねぇ、名切君は、海って好き?
名切:……ああ、好きだけど
船原:港は行ったことある?
名切:港は、ないな。……もしかしてそれって、船原の故郷のこと?
船原:そう。すごく白い港でさ
船原:坂を上がって、降りたら、その白い景色が目に飛び込んで来てね
船原:小さい頃から好きだったんだ
船原:だから……屋上に来ると、この匂いを感じて、昔を思い出しちゃう
名切:……いつか、行ってみたいな、船原の故郷
船原:名切くんは、昔からここに住んでるんだっけ?
名切:そう、昔から、ずっとここ。船原が来る前から
船原:……私はね、最初来た時、ビルがたくさん並んでてすごいなーって思ってたんだけど、見慣れてきちゃった
名切:生まれ故郷だって、ずっと住んでたら見慣れてくるだろ?
船原:そうだけど、なんか都会の景色って、見慣れると、どこか寂しくて
名切:寂しい?
船原:うん
名切:俺は、寂しくないな
名切:学校に行って、帰って、寝て。いつも通りに時間が過ぎる、それでいい
名切:ただ、最近は騒がしいかな
船原:騒がしい?
名切:瀬良に婿になれって言われて、放課後は、生徒会の仕事を終えたら、だいたい瀬良と一緒だ
名切:でも、あくまでそれはメリットがあるから
名切:それに、琉階のやつも、不機嫌で
船原:大変そうだね
名切:……どういう状況でも、俺は
名切:船原がいてくれたら、それで
0:
0:
0:生徒会室
琉階:……遅い
琉階:今日はいつにもなく、遅い
琉階:……瀬良が出しゃばってからだったかしら、会長が屋上に行きだしたのは
琉階:……名切先輩、どうしちゃったの
先田:おや? 悩んでおられますな
琉階:名切先輩の友達その1が、何の用ですか?
先田:いや言い方よ……。あぁ、名切なら、もうちょっとで帰ってくるんじゃないかな
琉階:貴方に報告される筋合いはありません
先田:いやいや……もしかしたら心配のひとつでもしてるんじゃないかなぁと思っただけだよ
琉階:……瀬良が現れてから、ずっと心配はつきませんけど
先田:まぁ、あまり不安になりすぎるのも、良くないと思うわけだが
瀬良:何か心配事でもあるのかしら?
琉階:っ! 瀬良……
瀬良:生徒会は、初対面の人間を呼び捨てするのね?
琉階:ノックもせずにいきなり入ってくるほうが、失礼極まりないです。お嬢様なのに、礼儀もわきまえないんですね
先田:おっと……これは
0:
名切:(船原とは、屋上でよく話す)
名切:(ほとんどは似たような話ばっかりだ)
名切:(でも、その時間が、俺にとって心地よかった)
0:
船原:じゃあね、名切くん
名切:ああ
0:
名切:(船原と別れを告げた俺は、生徒会室に戻った)
0:
名切:……えっと
先田:お疲れ
名切:どういう状況?
先田:煽(あお)り合戦
琉階:あなたは不安の種でしかない、正直、邪魔なんです
瀬良:それを、貴方に言われる筋合いはなくて?
琉階:生徒会は、生徒を管理するのが役目。あなたはただの不協和音、会長の……生徒会の邪魔になります
瀬良:それ、名切君の邪魔になるからって意味? 学校の運営とは関係あるのかしら?
名切:落ち着けって
琉階:……遅いですよ
名切:ごめん
瀬良:さぁ、名切くん。一緒に帰るわよ
名切:あぁ、分かってる。その前に軽く仕事を片付けたい
琉階:会長っ……!
名切:なに?
琉階:やっぱり、この女と離れることをすすめます!
名切:大丈夫だって。学校のためじゃないか。それに、瀬良の家にとっても、な?
瀬良:えっ?
名切:瀬良のお父さんが、瀬良の将来を心配してるって話を聞いてさ
瀬良:そ、それはお父様が、心配性なだけよ
琉階:もう、そんな話を?
名切:相手の事は知っておきたいだろ?
琉階:……っ
0:
先田:(それからしばらく、名切は瀬良とよくいるようになる)
先田:(授業も真面目にうけて、生徒会の仕事もこなす)
先田:(それが学校のため、瀬良のため。琉階もきっとわかってくれるとはいったものの)
先田:(俺から見たら、全くそんな風に思っているとは、思えなくて)
0:
0:
瀬良:……美味しくないの?
名切:ん? 美味しいよ。いいパフェだ
瀬良:それならそうと、顔に出しなさい、わからないじゃない
名切:ごめんごめん
名切:にしても、初めて入るお店だな
瀬良:この辺りでも評判の高いお店よ
名切:へぇ、お店のリサーチもしてたのか。瀬良は優秀だな
瀬良:そ、そうよ。ここまでやってあげているのだから、少しは反応してくれないと、勿体ないじゃない
名切:そうだなぁ……このイチゴ、甘味がしっかりしている。何処で仕入れたんだろうか……おそらく有名な農家から……
瀬良:……名切君。それ、本当に美味しいって思ってる?
名切:だってこの値段だよ?
瀬良:そういうことじゃなくて……その……言い方が……何か、淡白というか
名切:そうか?
瀬良:まぁ、いいわ
瀬良:(小さい声で)よく考えたら、私も強引だったかもしれないし
名切:ん? なんか言った?
瀬良:いいえ
名切:そう
名切:(俺は特段、瀬良を気にせず、そのままデザート食べた)
名切:(翌日、放課後の屋上に、俺はまた来る)
名切:(この時間は、殆ど生徒がいない事が多かった)
0:
名切:……どいつもこいつも、分かりやすいよな
船原:あ、名切君
名切:……船原
船原:今日もここにいたんだ
名切:そう、だね
0:そういって、船原は、名切の隣にきて、お互いに景色を眺める
船原:やっぱり、ビルが多いよね、ここ
名切:うん
船原:匂いだけは、どことなく違う気がするけど
名切:いつだって違うよ、ここは。特に、風の強い日は
名切:……そういえば、白い港の話だけどさ
名切:この前も夢に出てきたんだ
船原:そうなんだ
名切:おかげで、自分も昔、行ったことがあるような感覚になってさ。不思議な気分になる
名切:船原の故郷にあるんだよね、確か
船原:うん
名切:すごいね……もしかしたら、夢の中で、君の故郷に行っていたり?
船原:実際に見るとは違うよ
名切:どのくらい?
船原:うーん、なんていうんだろう。遠くから見ると、すごく綺麗で、
船原:港から出る船が、希望を持って出航しているみたいで、素敵なんだ
名切:……いつかは、行きたいね
船原:本当に、いいところだよ
名切:(そこで、屋上のドアが開いた)
琉階:先輩、何やってるんですか?
名切:……あぁ、琉階か
琉階:仕事、まだ終わってませんよ
名切:これから向かおうとしたところだよ
琉階:いつもは先に、仕事をしてから、屋上に来ていたはずです
名切:そうだっけ?
琉階:やっぱり、あの女がストレスになってるのではないですか?
名切:そんなことないよ。心配症だな
琉階:私は、会長の為を思って……
名切:分かった、戻るよ、戻る
名切:……最近、うるさいよな、お前
琉階:いくら言われても、結構です
琉階:それが、会長の為ですから
0:
0:
名切:(その後、俺は生徒会で仕事を終えて、アパートに帰った)
名切:(今日は金曜日。今週末には親にいつも通り、活動内容をメールで送る。ただ、今日はやけに、心の中が騒がしかった。疲労がたまってきているのだろうか)
名切:……そうだ、今日は瀬良が来る予定だったな
名切:……少し、寝るか……寝たら回復するだろ
0:
0:少し時間がさかのぼり、放課後の教室にて
先田:えっ? 名切の家に?
瀬良:その通り
瀬良:互いの関係を深めるためには、互いの心へ踏み込む必要がある
瀬良:それの最もたるが、家よ
瀬良:聞けば、彼は一人暮らしのようね
先田:ひゃぁ、展開が早いとは恐ろしい
瀬良:ほらそっち、箒(ほうき)で掃いて
先田:貴方様も、俺と同じ掃除当番でしょうに……って、お嬢様に掃除は似合わないか
瀬良:窓側は私に任せなさい
先田:ありゃ、積極的
瀬良:掃除は、品格を整えるための基本よ
先田:教育がなってるねぇ
瀬良:誇りだから
先田:なるほど、「ホコリ」だけに掃除しないとって?
瀬良:……名切の友人は、むかつく人間が多いわね
先田:冗談冗談
先田:っていうか、そのムカつく人間って、俺だけ? もしや琉階さんもカウントしてたり?
瀬良:あいつの場合は、純粋に生意気なだけ
先田:ははは。……それで、名切の家には、いつ頃?
瀬良:18時
瀬良:時間も言いつけてあるわ。屋敷に
先田:屋敷!? へぇ、リアルでそんな言葉初めて聞いた……
瀬良:見慣れてないのね
先田:いや、そもそもそういうのとあんまり関わりないから
0:二人はしばらく掃除を続ける
瀬良:……ふぅ、掃除はこのくらいかしらね
先田:あとは俺がやっておくよ、先にどうぞ
瀬良:本当?
先田:名切の家に行くんだろ? いいって
瀬良:ありがとう
先田:このまま真っ直ぐ行かれるのかい?
瀬良:うーん、そうね。お店探しをしてから、かな
先田:お店?
瀬良:この前、名切君と食事をしたのだけれど、あまり気にってくれなくて
先田:へぇ。すごいなぁ
瀬良:誰が?
先田:いや、瀬良だよ。最初は高圧的な人で、ちょっときついなぁと思ったけど、何だかんだ周り見てるし、教室に居る時もさ。発言も的を得ていて、任された係とかしっかりこなすし、意外といい人じゃんって
瀬良:ふふ、普通のことよ
瀬良:じゃあ、後は任せるわ
0:瀬良は自分の出した掃除道具をしまい、かばんを持ち、先に教室から出た
先田:うん、琉階さんとは、違う意味で、名切の支えになりそうだな
先田:琉階さんの場合は、ちょ~っと粘着質なところがあるというか、大人しいのもあるかもしれないけど、そこは瀬良さんとは逆か
先田:……あれ? そんな話をしてたら、琉階さんだ
琉階:……なんですか?
先田:帰り?
琉階:だったら? 貴方となんか帰りませんよ?
先田:いや、俺掃除があるから
先田:ん? その手に持ってるものは?
琉階:先輩の忘れ物です
先田:持ってるってことは、届けに行くつもり?
琉階:はい
先田:優しいなぁ、でもあんまりねっとりしすぎるなよ?
琉階:何の話ですか?
先田:いやなんでも~
琉階:……少し聞いてもいいですか?
先田:ん?
琉階:先輩、最近屋上によく行くんです
先田:……
琉階:普段は黙々と作業をされているから、なんでだろうと思って
先田:……もしかしたら、名切も、最近、悩みを抱えてるのかも、とは思うな
琉階:……やっぱり、瀬良が現れてからですよね
琉階:掃除、頑張ってください。私はこれで
0:琉階は早々にその場を去る
先田:あ、行っちゃった……。……まぁでも、あいつにはそれくらい、クセの強いやつがいたほうがいいのかな
先田:でも、少し心配だな……
先田:……ん? 待て
先田:瀬良も、家に寄るって言ってたな……
先田:ちょっとまずいかもな、こりゃ
0:
名切:(初めて来たわけではない。何度目だ)
名切:(数えてしまえば、日が暮れる)
名切:(まるで気持ちのいい薬のように、潮風を吸った)
名切:(一呼吸置いた後、今回ばかりは、おかしいなと強く思う)
名切:(何もない、ただの、地平線だった)
名切:(白い港は、この世界から消えていた)
0:
名切:……っ!!
名切:(目覚めると、俺は起き上がっていて、いつものやつを手に持っていて、机に向かっていた)
名切:……駄目だ。疲れが、取れない
0:すると、玄関でチャイムが鳴る
名切:……チャイムが鳴った
名切:……瀬良が来たか
名切:(俺はすぐさま、アウターで机を覆い隠し、ドアを開ける)
名切:(しかし、そこで見たのは、約束した相手とは違った顔があった)
琉階:こんばんは、会長
名切:……何の用? 忙しいんだけど
琉階:忙しくなりませんよ、これからも
0:琉階はそう言って、強引に部屋にあがりこんだ
琉階:1人暮らしなんですね
名切:どうした?
琉階:はい、これ
名切:あぁ、この資料か……ありがとう。わざわざ届けに来てくれたの?
琉階:それだけじゃないです
名切:じゃあほかに、なにが?
琉階:ありますよ
名切:(そう言って…琉階は少しずつ、俺と距離を縮める。突然の行動に、俺は受け取った資料を手から落とした)
琉階:最近、本当にどうしてしまったんですか?
名切:……何だい? 俺がおかしくなったような言い方だな
琉階:おかしいですよ。会長は、昔も、今も、これからも、完璧なのに
琉階:そう……完璧だった
琉階:会長は、ちょっと故障しちゃったんですよね
名切:……
琉階:私にはわかりますよ。会長の背中をみていたんですから
琉階:私と初めて会った時の事、覚えてます?
名切:……? お前が図書委員やってた頃だっけ?
琉階:そう。あの時は、ストレスで整理も進まず、精神的に参ってて。そこに現れたのが、名切会長です。会長は、素早く手短に、仕事を片付けてくれた、私の心配もしてくれた……
琉階:ああ、こんなに完璧な人はいないって
琉階:それから努力して、私も名切先輩の傍について、一緒にいる時間を増やして
琉階:放課後はずっと先輩といて、それから、それから
名切:……それから?
琉階:そう……完璧な貴方と、ずっと居る時間がほしい。
琉階:いつも、あなたは完璧でした
琉階:いつも、あなたは素敵でした
琉階:いつも、あなたは輝いていた
琉階:先輩は、壊れることはない、完成された人なんです
琉階:完璧な人が、不完全さを持ったら、駄目なんです
琉階:だから……どうやって、あいつを……瀬良を引きはがそうか考えてました
琉階:でも浮かんでこない、浮かんでこなくて胸が苦しい。今日も苦しかったんです
名切:……それで?
琉階:浮かんできました
琉階:じゃあ、瀬良がやる前に、私がやればいいんだって
琉階:……大丈夫ですよ。瀬良なんていなくても、他に方法があるはずです
0:
名切:(そういった琉階は俺の腕を強引につかむ)
琉階:名切……先輩
琉階:完璧こそ、あなた。完全こそ、あなた
琉階:私がいることで、貴方はもっと、ほころびのない完成された人になる
琉階:それを傍でずっと見て居たいんです
琉階:先輩、先輩、先輩……
名切:(琉階は、大きく眼を見開き、顔を赤らめ、俺を一点に見つめながら、どんどんと体を寄せてくる)
名切:(しかし、彼女が大きく一歩近づいた瞬間、俺の後ろにあった机から、あるものが落ちた)
名切:……っ
琉階:……え? ……なんですか、これ?
名切:……見たままだよ
名切:「写真」に「刃物」が刺さっているだけだ
琉階:……先輩の、写真?
琉階:なんで、自分の写真を、こんなにまで、刺して……
名切:夢を見るんだよ
琉階:……は?
名切:砂浜で立っていて、海を眺めていて
名切:昔に一回だけ、親に連れてきてもらったことが、あるだけなのにさ
名切:その潮風が、やけに体に入ってくる
名切:一度目を閉じて、開けたら、白い港が見えるんだ
名切:地平線の先に
琉階:……何を……言って?
名切:でも。目を開けた後、最後には後ろを振り向くんだよ
名切:そこには、仮面をかぶった俺が寝転がっている
名切:それを俺は……毎回、手に持っている刃物で刺すんだ
名切:そしたら、当たり前だけど、まぁ辺りが血で染まっていくんだわ、これが
琉階:……っ!
名切:目覚めたらさ、このナイフを持って、写真を刺してた
名切:……お前も、やってみるか?
琉階:っ、ぁ…え?
名切:なんだその反応は、仮にも書記だろ。しっかり気を持てよ
名切:あぁ、そうだ。写真を刺すより、俺を刺してみたらどうだ?
琉階:い、嫌……
名切:ほら、握れよ
名切:完璧な俺をモノにしたいんじゃないのか?
琉階:違う、違う、違う……!
名切:何が違うんだ?
琉階:こんなの……先輩じゃ
名切:「こんなの、私が想像していた先輩じゃない」って、そう言いたいのか?
琉階:っ……!
名切:……はは
名切:馬鹿だよな、お前
名切:最初から違ってんだよ
名切:お前が見ていた俺は、何者でもないんだよ
名切:だからさ、殺せよ
名切:お前の理想像を、俺は裏切ったんだ
名切:さぁ、その手で、強く握って、俺を殺せ
琉階:っ……ぁ
0:そこで、入口から扉が開く
瀬良:……名切君?
名切:遅かったじゃないか、瀬良
瀬良:何を、やってるの?
名切:この通りだよ
瀬良:っ!
0:瀬良が全力で、名切をひっぱたく。名切の手から、刃物が床に落ちる
名切:……っ
瀬良:何をやっているってきいてるのよ!
名切:馬鹿だな、見てわかるだろ
瀬良:なんで、琉階さんに刃物を持たせて……何が、何がしたいのよ!
名切:……ふっ……はは、ははは……はははは……!
名切:「何がしたい」…くく…くく……
名切:それは、俺が一番聞きたいよ
名切:自分が何をしたいかなんて、もうわからない
名切:そう、「したい」とか、欲とか、希望をもっても、何も意味はない
名切:ただの灰だ
名切:……なら、いっそのこと、この世界をゲームとして楽しめばいい
名切:俺はそれを進めるだけ
名切:ほんとさぁ、周りの人間も馬鹿みたいに騙されちゃってよ
瀬良:……そんなことを考えてたの?
瀬良:……周りをそんな風にみて。私も、みんな、最初から、騙していたの?
名切:別に、嫌な思いはしてないだろ?
名切:お前が満足して、俺が婿になって、それで万々歳なんだから
名切:学校も安泰、生徒会長としても仕事を果たせる
名切:ゲームクリアだ。簡単じゃないか
瀬良:……何、ゲームって
瀬良:ずっと、そうだったの?
瀬良:私と初めて関わった時から?
名切:あぁ
名切:お前が何食わぬ顔で「婿になれ」とか言ってた時もそうだ
名切:面白いよなぁ
名切:ゲームとして乗ってやっただけなのに、本気になってさ
瀬良:じゃあ
瀬良:一緒に食べた時間は?
名切:答える必要もないだろ
名切:俺はそれが「出来る」からしただけ
名切:才能だよ
名切:笑顔だって、勉強だって、仕事だって、誰かに取り繕って、いい人間関係を築くことだって、俺には全部できる
名切:「どう思う」とかなんて、初めから俺の中にはないんだ
名切:だってゲームなんだからさ
瀬良:……っ!
名切:別に、本当の俺なんて知らなくてもいいのに
名切:そっちのほうがさ、楽だし、イージーモードだろ
瀬良:このっ!!!
0:瀬良は、名切の首を掴む。
名切:でも見られちまった。……残念だったよな。こんなやつで
名切:そうだ……だったら、お前が殺してくれよ
名切:琉階は手が震えてて何もできないからさ
瀬良:……何を、何を言ってるのか、わからない
瀬良:あなたは、私が見てた名切くんじゃなかったら
瀬良:あなたは、一体誰なの?
名切:……
0:
名切:(瀬良の顔は、裏切られた顔だった、琉階と同じ。当たり前の結果だ)
名切:(そう思った時、もう一人の人物がドアを開け、入ってきた)
先田:っ、おいおい……
瀬良:先田……君?
先田:すまない、二人とも、今日は帰ってくれ
先田:名切は、俺が
先田:琉階、立てるか? よし……大丈夫だな
琉階:……っ
先田:また事情は説明する
先田:……頼む
0:
先田:(俺は二人に頭を下げる。その様子から、何か事情を察したのか、二人は帰ってくれた、顔はずっと曇ったままであるが、仕方がない)
0:
先田:大丈夫か? なんだ、随分やつれているように見えるぞ
名切:……。なあ、先田
先田:ん?
名切:白い港が見えたんだ
名切:海の、向こう側に
先田:へぇ。港が海に浮いてるって? そりゃすごいな
名切:でもさ……今日はそれがなかった
名切:見えなかったんだ
名切:その後俺は、無我夢中で……俺自身を……刺していて
名切:いつも以上に
先田:……もうやめよう、名切
名切:……っ……
先田:気づいてやれなくて、すまなかった
先田:お前が屋上に行くようになってから、もっと親身になるべきだった
名切:そんな必要はないよ。俺だってわかってる……
先田:……名切
名切:でも、嘘でいいじゃないか、妄想でいいじゃないか。俺がどうしようと、勝手に世界は回るんだからさ
先田:ああ、そうだな。現実は、今もこの先も続く
先田:……でも、お前はそれでも、学校に行って、生徒会の仕事をして……そう、現実で生きてきた
先田:その結果、瀬良や、琉階が現れた。別の縁ができた。
先田:その出来事をみて、もしかしたらお前が、船原から離れられると思ったんだ……でも、そんな簡単じゃないよな。
先田:付き合いの長い俺が傍にいながら、気づいてやれなかった。
先田:この時期は、あいつの命日に近いのに……すまない
名切:……
先田:……まずは、ちょっとずつでいい
先田:この部屋にあるものを、少しずつ片付けよう。俺も手伝うから
0:
先田:(それからしばらく、名切は学校へは来なかった。ただ、メールを送れば返事も返ってくるし、大丈夫だとは思う。なにより、写真は捨ててくれたから)
先田:(その間に、俺は瀬良と琉階に説明をした)
0:生徒会室
先田:結論から言うと、名切は、以前に想いを寄せている人がいた
先田:名前は船原湊(ふなばらみなと)
先田:彼にとっては、船原は心を開ける相手だったんだ
先田:でも……彼女は、中学3年の頃、事故でなくなった
先田:そして、名切は今も、それに囚われている
瀬良:……
先田:いずれ言おうとは思っていた。でも、その前に名切が限界に来てしまった
琉階:一つ、聞いていいですか
先田:ん?
琉階:先輩が……屋上へ行っていたのは、船原さんと、関係が?
先田:……あそこは、海から流れる潮風の匂いがするんだよ。で、名切はその話を……船原とよくしていた
瀬良:船原さんとの、思い出だから?
先田:そうだ
先田:あいつにとっては、船原は大切な人だった。船原が事故で死んだことを受け止めきれずに、ああいう状態になる。前にも似たようなことはあったんだ……船原が死んだ命日に近づくにつれて
琉階:……ずっとあの人は、屋上で、居るはずのない船原さんと話していたんですね
琉階:少しだけ、変だと思っていました。屋上で誰かと話しているようなそぶりを、私が来た時、見せていたので
先田:あいつが1人でいる時か、俺と一緒に居る時か。船原と喋り出す妄想をしだすのは、どっちかの条件が重なった時がほとんどだ
瀬良:……聞けば聞くほど、全然知らないことばかりね
先田:無理もない。それにあいつは、ずっと仮面を被ってたからな
瀬良:仮面を被ってた……?
先田:疑問に思わないか? なんであいつは自分の写真ばっかり刺しているのか
瀬良:……なにか、ずっと抑圧しているものがあった?
先田:……あいつの家庭は、ちょっと特殊なんだ
先田:両親が小さい時に亡くなって、親戚の家に預けられてた
先田:親戚は冷たい人たちみたいでさ。俺は、名切とは小学校からの友達だけど、最初のあいつはとんでもなく冷めた顔してたな
瀬良:……そうだったの
先田:ただ、次第になんというか、仮面を被るのは人一倍うまくなってた
先田:成績も優秀だし、運動もできるし、スペックは完璧だったから
先田:この世界をゲームと思って楽しめばいいんじゃないかと……あいつはその頃から思ってたんだろうな
先田:でも、中学の頃。船原が転校してきた
先田:よく海の話とか、屋上でしていた
先田:その後、彼女は亡くなって、名切の顔は……
琉階:……先輩の、顔は?
先田:……より一層、笑っていたよ。何事もないかのように
先田:ただ、その自分をどこかで、嫌いだったのかもな。だから、あんなふうに自分の写真を刺してたのかもしれない
琉階:……
先田:それからはここに入って、生徒会になって、今に至る。というわけだ
先田:今のあいつに心が開けるのは、死んだ船原くらいしかいない
瀬良:あなたは、割と、名切君と仲が良いと思うけど
先田:いいや、全然さ
瀬良:……そうなの
先田:(二人とも、やはり名切の事には驚きを隠せなかったようだ)
先田:(彼がかぶっていた仮面は、思った以上に、リアリティが高い証拠なのだろう)
0:
先田:(それから数週間後のことだった)
先田:(名切が学校に来た)
先田:(放課後、琉階と瀬良、そして俺も、生徒会室へ来ていた)
瀬良:……名切君
名切:……
先田:(最初、名切はなかなか口を開かなかった。でも、しばらくして、彼はゆっくりと顔を上げた後に、口を動かす)
名切:……すまなかった。怖い思いをさせて
瀬良:えっ?
先田:(最初の言葉は、俺も驚いた。名切の声も、どこか違う)
名切:婿の話は、なかった事でいいよ
名切:あと、生徒会長も辞める
琉階:待ってください!
名切:それだけのことをしてしまった。行動の責任はとらないと
琉階:……申し訳ありませんが、話が急すぎます
琉階:生徒会長を簡単にやめてしまえば、その後はどうするんですか?
名切:そこも、俺がなんとか……
琉階:そんな余裕、あるとは思えません
琉階:ましてや今は忙しい時期。名切会長が居ない間に仕事も溜まっています……勝手に辞められては、迷惑です
名切:……
琉階:……でも、迷惑をかけたのは、私もです
琉階:あの時の私は、自分のことでいっぱいで、周りが見えていませんでした
琉階:ごめんなさい
琉階:……なので今は、生徒会の人間として、関わらせていただきます
先田:……
琉階:……正直、今はもう、先輩の事が、分かりません
琉階:それでも、作業は残っていますので、別です
名切:……ありがとう
琉階:では、仕事に戻りますので
0:琉階は早々に、自分の作業にもどった
瀬良:真面目よね、琉階さん
名切:……俺を知ろうと、してくれたんだよな、お前は
名切:酷いことを言って、悪かった
瀬良:……そもそも、最初に事情を知らないで突っかかったのは、こっちのほう
瀬良:あの時、好き勝手言ってしまって、ごめんなさい
瀬良:私も琉階さんと同じ、自分のことしか考えてなかったわ
瀬良:……あなたが刃物を持った時、あなたの言葉を聞いた時
瀬良:貴方自身のことを、何も知らない事に気づいた。心の底から、私を悔やんだわ。思い上がりだって
名切:……
瀬良:だから今度は、もう一回
名切:……?
瀬良:いったん、婿の話は無にするわ
瀬良:今度は、友達として
先田:……強いなぁ、瀬良は
瀬良:言ったでしょ、先田君。私は誇り高き瀬良家の人間だって
瀬良:じゃ、私はここで
瀬良:またね
0:
0:
0:屋上
先田:良かったな
名切:……
先田:……確かにここ、潮風の匂い、結構鼻にくるな
名切:そうだな
船原:先田君も、分かってくれたんだね
名切:……ああ
先田:……っ?
船原:名切君、良かったら、また昨日の続き、話していい?
名切:……ごめん、船原
船原:えっ?
名切:もう、話せない
船原:……そっか
名切:でも、お前の故郷には必ず行く
船原:……ありがとう、名切くん
船原:すごいいいところだよ
船原:あ、良かったら、瀬良さんと琉階さん、先田君も一緒に連れて行ったらどうかな?
船原:みんなに見てほしいなぁ、って
0:
先田:……なんて言ってた? 船原は
名切:……さぁな
先田:はは、教えてくれないのな
名切:もう、居ないからさ
先田:でも、港には行くって、言ってたな
先田:場所は知ってるのか?
名切:一応な。ただ、1人ではどうにも行けなくて
先田:……それだったら……
名切:(先田はそう言って、ある提案をした)
0:
0:しばらくの間
0:
船原:私の故郷にね、白い港があるんだ
名切:(その日は、ひどく、鮮明な夢だった)
名切:(砂浜に居て、目の前に海があって)
名切:(潮の匂いが、やけに鼻についていて)
名切:(よく見ていた白い港は、あれからもう、出てこない)
0:
名切:(次の休みの日)
名切:(車内は広く、4人で乗っても、居心地の良さで言えば、今まで乗った車の中でダントツだ)
名切:(これがお金持ちなのかと改めて実感する)
瀬良:初めて乗ったような顔ね
先田:そりゃそうだよ~! レアな体験だぜ
琉階:……
先田:いや~、提案してみるもんだなぁ
瀬良:先田君は、単に旅行がしたいだけのように見えるけど
先田:興味があったのは本当だよ? それに、瀬良様がまさか、車を出してくれるなんて思っていなかったからさ~
瀬良:私も、その話を聞いて興味が湧いたから
名切:……あと、どれくらいかかりそう?
瀬良:あなたから聞いた情報だと……六辻(むつじ)、あと何分くらい?
0:助手席に乗っていた瀬良は、運転している六辻に声をかける
六辻:このペースでございましたら、渋滞がない限り、30分ほどかと
先田:かれこれ2時間くらい乗ってるのに、疲れも感じない……快適なドライブ旅とはこのことか
六辻:ご満足いただけて、嬉しい限りでございます
先田:……しかしすごいな、召使いってホントにいるのか
先田:それも、おじいさんを想像してたのに、若いお姉さんだから、よけいびっくりだよ
瀬良:六辻は、家にいて長いのよ。最初は掃除係として雇ったのだけど、優秀な仕事ぶりをみせるものだから、パパ……あぁ、お父様が気にいって、色々な仕事を任せるのよ
六辻:そこは素直に、パパでもよろしいかと。今はご主人様も居ないわけですから
瀬良:だ、駄目よ。私の理想像からかけ離れているから、克服ポイントよ、これは
六辻:ふふ。そういう自分を律しようとするところ、尊敬いたします
瀬良:運転、ありがとうね
六辻:凌子様のご命令であれば、なんなりとお聴きしますうえ
瀬良:ご命令なんて、そんなかしこまらないでいいわ。いつもあなたはやってくれている
六辻:ありがとうございます
六辻:そういえば、私事で気になっていたのですが、そこにおられる方……もしや凌子様が前におっしゃられていた、婿様?
瀬良:あ、ああいいえ! その話は無かったことになったの! 六辻には言ってなかったかしら?
六辻:はっ! そうだったのですね! これは失敬。私とあろうものが、情報共有を怠っておりました
先田:おお、とりあえず、この人、すごい真面目だってのは分かった
先田:琉階さんと割といい勝負だったりして
瀬良:……琉階さん? 大丈夫? さっきから話してないけど、もしかして酔った?
琉階:……いえ。長旅に慣れていないだけです。酔ってはいません
六辻:お嬢様、お嬢様(小声で)
瀬良:な、何かしら?
六辻:もしや、あの琉階さんという方、緊張をされているのでは?
瀬良:え?
六辻:名切さんと隣同士というのが、もしやひっかかるのでは、と。バックミラーで確認したところ、琉階さん、たまにちらちらと婿さ……名切さんを見ていらっしゃる素振りを見受けますので
瀬良:そうだったの、ね
瀬良:琉階さん、普通に名切君の隣に乗るものだから、気にしてないかと思ったわ
六辻:あのお二人、何か、良くないことがあったのですか?
瀬良:い、いえ。何も無いわよ
六辻:……はっ! もしや……!
瀬良:え?
六辻:頑張ってください! お嬢様!
瀬良:何が!
0:しばらくして、近くのコンビニへ、六辻は車を止めた
六辻:さぁ、つきました
六辻:ここからおそらく、歩いて10分程度だと思われます
瀬良:ありがとう、六辻
瀬良:じゃあ、また一時間後に
六辻:はい。くれぐれも、足元などお気を付けて
瀬良:そんな危ない所じゃないでしょ
六辻:海と言えど、整備されていない砂浜だった場合、ゴミなどでお怪我をされる可能性もありますので
瀬良:心配しすぎよ。じゃ、行ってくるわ
六辻:はい。では、皆様も、お気を付けていってらっしゃいませ
0:4人はそれから、海側に向かって、道なりを歩いていく
0:名切はスマホを確認しながら、先頭に立って歩いていた
名切:……もう少しだ
瀬良:この先なの?
名切:ああ
先田:にしても、この4人で旅行に来るとはなぁ
琉階:私は、会長が1人ですと、心配なので、ついてきただけです
先田:心配っていうと?
琉階:遭難とか
先田:考えすぎでしょ……
琉階:ところで、例の……港は、この先に?
名切:……おそらくは
名切:……!
0:
名切:(坂道をのぼり、次の下り坂に差し掛かった時)
名切:(それは視界に飛び込んだ)
名切:白い……港
名切:(それからしばらく歩き、近づけば近づくほど、白い世界が大きくなり、俺達を迎え入れる)
瀬良:……こんなところがあるのね
先田:あぁ、こりゃすごいな
琉階:……船も、白いんですね
琉階:外からの見栄えに合わせて、でしょうか
先田:そうみたいだな
琉階:でも、良く見たら錆びていますよね
先田:ま、まぁそうだけど
琉階:塗装作業に時間がかかりそうですね
琉階:それでもって、普段から漁師の仕事をされているとなれば、ただ作業量を増やしているだけな気もしますが
先田:ロマンないなぁ……
瀬良:それでもいいじゃない
瀬良:ほら、見て。あの人たち
琉階:……あれは、船のメンテナンスでしょうか?
先田:あ、塗ってるのかな……でも確かに、大変そうだ
瀬良:そう。ただ、表情がいきいきしている
瀬良:……船原さんは、とてもいい所に住んでいたのね
名切:……あぁ
名切:(俺は、その船を眺めた後、視界を海側に戻すと、見慣れた姿をした少女が居た)
船原:……あ!
名切:……っ!
船原:名切君! 来てくれたんだ!
瀬良:名切君?
0:突然の事に動じた瀬良だったが、先田がすぐにこえをかける
先田:瀬良! ちょっとこっち!
瀬良:えっ?
先田:琉階も!
琉階;命令しないでください
先田:今は……名切を1人にさせたい
琉階:分かっていますよ
先田:さんきゅ
0:
船原:いい所だよね、ほんとうに
名切:……あぁ
船原:私、ずっとここに住んでたの、小さいころから
名切:……そうだな。前に、言ってたな
船原:覚えてくれてたんだ?
名切:当たり前だよ
名切:その話を聞いて、俺も行ってみたくなったんだから
名切:船原がいきいきとその話をする姿を、まだ覚えてる
名切:その時かな。潮風を感じるようになったのは
船原:それまでは気にならなかったのに、ね
船原:……学校の屋上と比べて、どう?
名切:全然違うよ
名切:好きな匂いだ
名切:……本当に……っ…
船原:名切くん?
船原:……泣いてるの?
名切:こんなにいい所なんだな、お前が居た場所
船原:うん
名切:……なんでかな
名切:笑えないや
船原:笑えない?
名切:ずっと
名切:仮面を被ってたのにさ、笑う事なんて慣れてるのに
船原:錆びちゃったのかもね、その仮面
名切:……じゃあ
船原:もう、捨ててもいいかもしれないね
名切:ああ……
船原:……大丈夫だよ
船原:名切君は、素の表情が、一番素敵だから
船原:ありがとう、来てくれて
0:
名切:(船原の声は、聞こえなくなっていた)
名切:(いつの間にかだろうか。俺は、膝をついて、泣き崩れていた)
名切:(それから、しばらく)
先田:落ち着いたか?
名切:……ああ
瀬良:船原さんと、話してたの?
名切:……もう、出てこないよ、きっと
琉階:心配事が絶えませんね
先田:お前な……
名切:……はは、そうだな
名切:やることはいっぱいある。琉階の言う通りだな
琉階:その言葉、実行してくださいよ。会長として
名切:ああ
瀬良:でも、もう少し見ていってもいいかしら?
瀬良:せっかく素敵なところに来たんだから
先田:しかし、このままぶらりぶらりと歩いたら、六辻さんに迷惑かからないか? 道に迷いそうだ
瀬良:大丈夫。GPSはしっかりとつけているから
先田:おお、流石
瀬良:……まぁ、私が迷いやすいからってのもあるんだけど
瀬良:とにかく、散策してみない?
先田:ううん……ただ、お腹空いてきた
琉階:私は別に……
0:ぐぅぅ、と琉階のお腹が鳴る
先田:ほれ
琉階:さっきのは聞かなかったことにしてください
名切:……何か、食べにいくか
瀬良:ふふ、そうね
瀬良:せっかくなら、私がおごるわ
先田:いいのか!?
瀬良:お父様だって、学校にお金を払ったから
名切:資金の件、助かった
瀬良:いいえ。事情を説明したら、お父様も快諾してくれたし。何も言う事は無いわ
先田:そんなお父様に見習って、おごるということですな……懐が深い!
先田:よし、となれば……今は食べる派が3名。さて、琉階は?
琉階:……わかりましたよ
先田:決まりだ。じゃ、昼飯、食べにいくかね~
瀬良:何がいい? ……私はそうね、海鮮料理が……
先田:お好み焼き!
琉階:パスタ
瀬良:見事にバラバラね……。名切君は
名切:……ああ、とりあえず
名切:歩きながら考えるよ
0:
船原:ねぇ、名切くんは、海って好き?
名切:(ひどく、鮮明な夢だった)
名切:(砂浜に居て、目の前に海があって)
名切:(地平線の向こう側に……白い港は見えなかった)
名切:(潮の匂いが、やけに鼻につく)
船原:私の故郷にね、白い港があるんだ
名切:(俺は、強く、自分の顔に手をかける)
名切:(いつの間にかつけていた仮面を、ゆっくりとはがす)
名切:(よく見たら、その仮面は錆びていた)
名切:(潮風にあたりすぎていたからだろうか。もういらなくなったそれを、手から放す)
名切:(仮面は砂のように消え去った)
名切:(俺はその場から去ろうとする)
名切:(そうしたら、かすかに、彼女の声が聞こえて振り返る)
名切:(そこに彼女はいなかったけど)
名切:(以前より少しだけ、笑顔になれたような気がした)
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