取らぬ狸の皮算用

このままでいいのかな、この先どうなってしまうのかなって5月からずっと思っていた。
ただただ時間をやり過ごすような生活が続いてとうとう8月になり、何か行動したいと思い始めた。

「1人での生活」が最近の自分のテーマになっている。好きな人ができる見込みもなくて、生まれて初めて一生独身で過ごす可能性を意識し始めた。

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スポーツジムに行ったりすると、人間って消費活動が好きなんだなーと思う。せっかく摂ったカロリーも、こんなことに消費してしまっていいのだろうか。

なんとなくイアフォンに音楽を流しながら無心で走る。ハムスターが滑車を回すのとやっていることは変わらないな。と非生産的に感じる。
でも自分に課したタスクをこなして、自分は暇じゃないと安心できるし、なんでもない1日を何かをこなせた1日へランクアップできた気分にもなれる。

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職場の周りの先輩はみーんな結婚してて、ご家族と生活している。何も知らないから言えるのかもしれないけど、いってきます、ただいまを言える人がいるって羨ましいなと思う。
わたしも社会人5年目くらいには結婚したいなとか、いやせめて29歳までに結婚したいなとか思ってた。小学校の時は23歳で結婚したいと思ってた。KPIは好きな人と結婚することだから、そこまで気にしちゃいけないのだけど。

私の新潟のおじいちゃんとおばあちゃんは、小学校の時からずっと私の理想の夫婦だった。
お互いの趣味や仕事を大事にして自由に生きている。夫婦だからって相手のことを第一に考えたりしないし
それぞれが楽しく生活を送っている。
おじいちゃんは朝から上裸で学校のグラウンドをランニング、散歩、書道、写真、社交ダンス、囲碁。ご飯が済むとすぐに自分の部屋にこもって絵を描いたりしていた。
おばあちゃんはおばあちゃんで合唱、ピアノ、ミシン。好きなことをして自分の時間を楽しんでいる。

東京のおじいちゃんおばあちゃん夫婦や私の両親は、亭主関白タイプ。しかもおばあちゃんも母親も尽くすタイプ。
おじいちゃんが亡くなってから10年以上経つけど、おばあちゃんは毎日お仏壇の前でお経を唱えて暗記しているから、お坊さんが読むお経を最初から最後まで一緒に唱えることができる。ちなみに今でもおじいちゃんの好きな食べ物は常にお仏壇に供えられている。そこまで尽くすのかと私は驚いてしまった。
私も尽くすタイプの血をひいてしまっていることは間違いないけど、本当はそうしたくない。
なので尽くすことだけが愛情表現ではないんだよということを誰か教えて欲しい。

そういう理想もあって、なるべく年上じゃない人か、 友達みたいな相手と結婚したいなと思うようになった。結婚についてばっかり語ったけど、それ以前に好きな人がいないので取らぬ狸の皮算用どころか狸を捕まえる道具すらまだ検討できていない。

最近先輩夫婦の家にお邪魔した。
先輩といると、少しのことでもおもしろい。その日ドライブ中、ハプニングで横浜ベイブリッジを4回渡った。その後ピザハットに入り、店内に飾ってある営業証明書の背景にうっすらに印刷された写真がベイブリッジだっただけで、爆笑した。

一緒に生活して、共通認識が増えて…毎日ちょっと笑えるような人といつか一緒に生活できたらうれしいなと思った。

おやすみなさい。



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