見出し画像

遠路を越えたマーチャオで

小さな打ち手と小さな私

帰宅ラッシュの新宿駅で私はスマホを眺めていた。目的地は宇都宮駅だ。地理が苦手であった私は宇都宮駅が何県にあるのかもよく理解していなかった。スマホの乗換案内は新宿駅から1時間半の小旅行を示していた。これから始まるマーチャオ宇都宮店で私の新たなスタートとなる始まりの旅路であった。

スマホから流れる音楽だけが無為な時間を癒す存在であった。僅かな現金と荷物を抱えた私は宇都宮駅に降り立った。当時の私にもう少しの金銭があれば宇都宮のフリーで腕試しやお酒と女性を楽しむ店へ足を運んでいたかもしれないが残念ながら持ち合わせに限界があった。そのままマーチャオ宇都宮店へ行くこととなった。

マーチャオ宇都宮店のドアを開くと大きなモニターが私の姿を反射した。左右を見やるとカウンターらしきスペースと多くの卓が並んでいた。そこへ一人の女の子が視界に現れた。


「なんで雀荘にこんな可愛い子がいるのだろう?」


今でも記憶に残る第一印象

加藤利奈プロとの出会いであった。

画像1


アルバイトとしてマーチャオに入社した彼女であったが女性に不慣れであった私にとって彼女の可愛らしさはむしろ会話の糸口を断ち切るものであった。第一印象はよく覚えているのだが初めて交わした言葉は全く記憶に残っていない。

記憶に残らぬほどの会話量であったが牌を交わす機会は程なくして訪れた。第一印象のせいで麻雀が打てる訳がないと思っていなかった私は意表を突かれた気分であった。

どんな打ち方をするのだろう?押し引きは?鳴きは?初対面だと打ち筋がどうしても気になってしまう・・・そうして切った牌から目線を外した瞬間であった。


「カン!!」


私の切った8pを彼女は3枚倒していた。大明貫?何故?何の目的が?

混乱する私の思考を他所に彼女は眩しくなるほどの笑顔でカンドラへ手を伸す。全く関係の無い字牌がめくれるや落胆という単語そのままの表情を浮かべた。

当時の彼女はまだプロ試験を受ける前でモロ引っかけと単騎待ちが大好きで押し引きもベタオリなぞしようものなら今日は体調が悪いんじゃないか?と逆に心配させるほど押しまくる麻雀であった。

彼女とは日本語ではない言語を使って話しているんじゃないかと思うくらい上手く会話のできない私であったが卓と牌を挟んで伝わってくるものがあった。

なんて麻雀に対して素直なんだ・・・

彼女は素直な気持ちで麻雀と向き合い自分の意志を自らの指を通して牌へ伝えていた。それに比べて自分はなんと後ろ向きな気持ちで牌と向き合っているのだろう?と考えさせられた。

勝てないのは本気を出していないだけ・・・

麻雀なんて飽きるのが当たり前・・・

無難に打って波風立てなければそれで良い・・・

湧いて出てくるのは自分への欺瞞と麻雀に対する言い訳ばかりであった。そこには下らぬプライドや人の目線という小さなことを気にして麻雀で負けたくないという大切な気持ちをないがしろにする自分がいた。

彼女と出会わなければ欺瞞で塗り固めた言い訳で麻雀と別れる末路を辿るかもしれなかった。何があった訳でもない彼女の存在で私の麻雀は息を吹き返した。バラバラであった自分と意志と麻雀を”熱”が少しずつ繋ぎ始めるのを実感していった。

そうして麻雀への熱を取り戻すのを待っていたかのようなタイミングであった。次なる出会いが私に前に訪れるのであった。


大きな打ち手と小さな私

牌は横に置かれた。言うまでもなくリーチだ。受け身の私は切り出す牌の筋と枚数を確認して関連牌を数え上げた。単騎以外に刺さりようがない。

「ロン」

聴牌など霞かかる遠くから打ち込んだ1s一発放銃・・・

彼との最初の接点であった。

ダウンロード (1)


写真と遠近法のせいでそれほど感じないかもしれないが岩の様に大きな体と私の倍の太さはある腕で卓上の点棒を奪っていくのだが戦うフィールドが格闘技でなくて本当に良かったと思う。勝ち筋どころか生きて帰る術すら見つからない。


そんな大きな体の板倉浩一プロとの最初の出会いであった。


不思議なもので加藤利奈プロと同じく第一印象は記憶に残っていて何故そんなに押しまくる麻雀が打てるのだろう?と思わされたのはよく覚えている。

当初はただのゼンツにしか見えなかったのだが切り出す牌を次々と通したかと思いきや当たり牌を掴むと突如としてメンツから中抜きして放銃を回避する局を何度も見せられた。

読みと押し引きの精度とそれを支える精神力たるや舌を巻くばかりであった。そんな相手であろうとあることを探るのが麻雀としての性だろう。


この打ち手に勝つにはどうすれば・・・?


しかし答えになかなか辿り着かない。頭から離れぬ難問を抱えたまま時間だけが過ぎていった。

一週間・

二週間・・

三週間・・・

何をやっても逆手に取られる未来ばかり見せられて遂に一ヶ月を費やした私は観念したかのように一つの答えに辿り着いた。

「自分の腕を磨く以外に道はない」

単純な話だ。先制リーチを10局中3回打てるなら4回目を打つ技術を磨く、良形聴牌を3回組めるなら4回目を組む技術を磨く、10局中1回の放銃であるならば11局まで耐える。要は手作りと押し引きを磨いて自らが有利な状況を一局一巡でも多く作るしかなかった。誰もが当たり前と済ませる基礎をひたすら磨き上げる日々を続けるのと歩みを共にするかの様に彼とも少しずつ打ち解けていった。


そうして牌のやり取りを語らうだけでなく私のアパートが台風に被災してしまった際には無償でトラックを運転して生活物資を届けてくれたり粗大ゴミを処理場まで搬送してくれたりもした。当時の自分は公私共に追い詰められていた時期であり気が付かなかったがそれはまさしく人の温かみと呼ぶべきものだったと思う。

麻雀を手取り足取り教わった訳でもないが彼には基礎の大切さを教えられた。それだけでなく無償で助けの手を差し伸べてくれる人物が人生において何人現れるだろうか?


二人と私

私のnoteを読み続けて頂いている方であればマーチャオを退職したのは宇都宮店でのことであったと気が付かれたことだろう。二人は私がマーチャオ宇都宮店を退職した現在でも交流が続いている数少ない人物だ。その数少ない二人が同じ協会に所属している麻雀プロであるというのは何かの縁だろう。ただ麻雀プロというのは労多くして報われることの少ない厳しい世界に苦しみを感じることもあるだろう。


私の麻雀と人生を助けた二人にとってこの文章が一服の清涼剤となる願いを込めて文章を終えようと思う。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?