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短編小説集

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笑いとは別に短編小説を書いていきます。
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2022年6月の記事一覧

【短篇小説】台所に生えたカビに花と名付ける桃見ちゃん

桃見ちゃんは、お腹の出来物に「必ずや叶う光の曲芸」と名付けて、心底愛した。 白髪を引っこ抜いて、「光のつゆだく、汚れの隠滅」と名付けて、机の引き出しの上から二番目の取手にくるんとかけた。 桃見ちゃんはいつも、道を歩いている中で、何か、桃見ちゃん的にウワアとなる物を見かける度に、愛の想いでそれに名前を付けるのであった。 ある日、黒猫が前足で顎を掻いている所に向けて、ペットボトルを蹴ってぶつける男を見かけた。 黒猫はすぐに走って去っていき見えなくなった。男は歩きながらスマホをポ

【短篇小説】指先は何処にある

その女の青白く裂かれた口からは大量の手の平が出ており、一つ一つの手の平はあの世にむかって大きくはためいている。手の甲の皺は赤ん坊のつむじのように薄っすらしていて、見ている内に目が痒くなってくる。 女の眼は白目と黒目が完全に分離しており、極端な白と極端な黒が、真っ直ぐ前を見据えている。 一歩、前に進む。 手の平は、蠢く。 一つの手の平の中央から、羽が生える。 それは、白くて、弱くて、大きくて、女を前方から覆い隠す程に大きかった。 女は、過去を失うかのように、その羽の中に隠れた。