ソファとビニール傘
昨日、自分の部屋にあった大きいソファを隣の部屋に動かした。ソファを置くスペースを作るために、横長のガラス張りの棚みたいなのを別の場所に追いやらないといけなかった。17年間ずっとそこにあった棚。だけどいざそれを取り払ってソファを置いてみたら、なんかずっと昔からそこにあったみたいにすぐに景色に馴染んだ。さっきまであった棚より今置いたソファの方が大きいから少し窮屈に感じるはずなのに。なんなら、私たちがこの家にきた17年前、このソファをここに置いたことを中心に部屋のレイアウトを考えたみたいな、そんな感じ。うーん、これは若干言いすぎた。
そういう佇まいをしてたソファを見て、あ〜こんな人間になってみたかったけど、きっと一生無理なんだろうなあと思うと少し憂鬱になった。まあ別にこの感情はめちゃくちゃ後付けで、ソファ移動させてすぐは、「うわー!天才的な配置!ちょうど良い!」くらいしか考えてなかったし、「さっきまで床に直で座ってておしり痛すぎたんだよねラッキー♪」の勢いでソファに寝転がって普通にそのまま寝た。ソファの佇まいに人間の生き様を投影するキモ技を普段からしてるわけじゃない。
けど本当に、こういうソファみたいな人って実際にいる。できあがってる輪の中でもスって入って行って、その輪に居なかった時間を感じさせないくらいぴったり馴染んじゃう人。すごく羨ましい。私は絶対にできないことだから。何人かで盛り上がってる輪の中に、どれだけ親しい友達がいたとしてもたぶん私は自然にそこに入れない。もしも、事前に私が皆の中に行くことを皆が知ってたとしても、たぶん私は入れない。傍から見たらもう私以外のみんなで完成されてるそこに、自分が入ることによってそれまで保たれてたバランスが崩れそうになるのが不安。少し前からそこに居た皆のテンションと、今来た私のテンションが一致しなくてなんか変な感じになっちゃいそう。私も私で、とても不便で面倒な性質をしてるから、どれだけそのテンションを皆と一致させようとしてもおそらく無理。それをやろうとしたところで、“いつもの感じ”ができずに口から出る言葉だいたいスベる。(経験済)
だから私は、コンビニの傘立てに置き去りにされるビニール傘側の人間、だと思ってる。他になに側があるのか知らんけど。知らんけど、たぶんけっこうずっと、ビニ傘側の人間に徹してきた。
必要な時めっちゃ重宝するけど、周りの環境によっては突然必要じゃなくなることがあって、そしたら忘れ去られちゃう、みたいな。忘れて傘立てに置き去りにされたとしても、私はポ〜っとコンビニに出入りする人間を眺めてて、ある瞬間に突然またビニ傘がどうしても必要な新しい誰かが現れて、傘立てにあった私を偶然みつける。そしたら一緒にスーパーに行く。だけどお買い物中に、例えば空が晴れたとか、そういう理由でもう傘が必要なくなる。そしたら私はまた、そのスーパーの傘立てに置き去りにされる。置き去りにした人は、しばらく歩いてからそういえば傘…って思い出すけど、わざわざ取りに戻る程でもない。だって、ビニール傘だから。置き去りにしたのを思い出して遥々戻ってこられてもこっちだってなんか気まずいしどういう反応すればいいかわかんないから、戻って来なくていい。戻ってきてもらえるほどの価値があるのかどうか怪しいとこだからね。なんたってビニール傘。それで良い。
別に私も本当に好きになれた人以外に執着することはないし、必要ないと思われるならたぶん私もあなたのこと必要ないし、じゃあね!って感じで割と心地よくやってきてるつもり、ビニ傘側の人間を。だからこれは、自分を悲観してるのを例えてるわけじゃない。あくまで誇りを持ってやってる、ビニ傘側の人間を。
でも、1年前くらいに電車の手すりみたいなところに掛かってた忘れ物の、ビニール傘じゃないタイプの傘を見た時はなんか涙が出そうになった。スタイリッシュな紺色のストライプ柄の傘で、持ち手には70cmって書いてあったし、綺麗にたたまれてるし、勝手に持ち主のこと(きっとこれは男の人のもので、サラリーマンかなスーツ着てる感じするな、どうして忘れちゃったんだろう、意外と大切に使ってたんじゃないかな。など)を想像したら涙が出そうになったことが本気である。気持ち悪いけど本当にある。
ビニール傘も、電車の中に忘れてあったスタイリッシュ傘も、傘としての役割は同じだけど、スタイリッシュ傘はあのまま落し物センターに送られて行って、もしかしたらまた持ち主の手元に戻っていく可能性があるかもしれない。同じ条件でもビニール傘は、持ち主が一生現れない可能性が高い。だけどそれで良いんだとも思う。
巡り巡って、どんどん錆びていったり、変な茶色の汚れがついたりしたビニール傘は、ある人の怒りにまかせて、はたまた何の感情も無しに、骨をボキボキに折られる。ビニールと骨の部分が離れてブランブランになって、ぺちゃんこになった状態で人通りの少ない草むらの中にポイッと捨てられる。だけどそれもまた、それで良いんだと思う。私はたぶんそのとき、受け身になりすぎたんだなって反省する。
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