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それでもわたしには彼だった

"君は僕にとって大切な宝物だよ"

心の準備はとっくの前からもうできてた。
彼と過ごした沼のような2年。

好きだと気づいて、好きになってくれて、一緒に過ごした2年も呆気なく、終わる。好き同士、別れる意味がわからないなんてあの頃は思っていたけど、今ならわかる。

好きだけど、好きだけど、を繰り返した2年。

冬。
あの恋もなんとなく始まった。
なんとなく遊んで、なんとなくホテルに行って、なんとなく好きになった。

好きになって、彼の愛車に乗り込んで、毎週意味もなく決まった海沿いに車を止めて、なんとなくキスをして、セフレのような関係になって、1年後想い願ってやっと恋人になった。

彼の趣味はレースだった。
車が趣味の一回り以上年上の付き合うには、本当にどうしようもない人だった。

親しい人が100人いたら100人みんな、やめときな、と言うような付き合うには、どうしようもない人だった。

車で2時間のサーキットに朝3:30起きで、タクシーを拾って、電車に乗って、みんなの溜まり場まで歩いて、レースカーを詰んだトラックに乗って、あの場所に良く連れて行ってもらった。
退屈だったけど彼の傍にいられることが幸せだった。
彼のチームメイトの中に1人、居場所がなくて1日中トラックの中だった。苦痛だった。だけど、それでも彼の日常にいられることが幸せな恋だった。

片道5時間半の3泊4日のサーキットにも何回も連れていってもらった。
人生の暇つぶしのような4日間を何回も彼と、彼の仲間と、過ごした。
断りもせず、楽しいと笑って嘘をついて、ついて行った。

あの駅のあの場所で彼を待つのが好きだった。
時間に来ない、遅刻の連絡もない、悪いとも思ってない、彼の車を待つのが好きだった。何度言葉で言われても大切にされてるなんて思えない、彼が好きだった。
あの駅からの道が好きだった。
車で3分。迎えにすら来てくれない、1人で歩くあの道が好きだった。

毎週土曜日の海とか川とか山とか、よく分からない自然に向かう長距離ドライブが好きだった。お金のかからない、行きたくもない場所に向かうドライブが好きだった。

話すことも話したいこともなかった。
そのうちだんだん話せることもなくなって、傍に行きたいのに、隣にいることが苦痛な幸せな日々を過ごした。

お金を貸してと言われたり、絶対諦めてと言われたり、最低と言われたり、傷つけられてばかりの恋だった。反対されてばかりの泣いてばかりの恋だった。

私は彼がいつだか言っていた、付き合ったら変わる女だったのだろうか。めんどくさい女だったのだろうか。自由を奪う女だったのだろうか。

何度も離れようとしては、彼の元に戻った。まだ大丈夫。一緒にいられる。私の気持ちを調整すれば、まだいられる。そう何百回も考えた。でもあの本当の最後はきっといいキッカケだった。これでよかった。これでいい。もう泣かなくていいし、彼のことも悩ませなくていい。

あんなに残酷な哀しい事実でさえ、傍にいる為なら1週間で無かったことにできるくらい、そのくらいに彼のことが好きだった。

わたしにはいつも彼だった。そして何度目かの最後を決断して、どうしても傍にいたかった彼ではなく、どうしても私がいいと言い続けていつも傍にいて支えてくれた最愛の彼ともうすぐ結婚する。彼を好きなまま、別の人と結婚する。

人生は何があるか分からない。
1番好きな人と結ばれることが幸せとも限らない。

きっとこれもよくある若い頃の恋愛の思い出。



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