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夜景でもない夕景でもない時間

千紗は港へと車を走らせた。
浩輔は助手席に座り、始まったとばかりに千紗のハンドルの向く方向に文句も言わず、直ぐに使うことになるカメラの設定を弄り始めた。

はじめに車を出したのはここから少し手間の人気スポットを撮影するために片道2時間を走り切ったそんな場所だった。
ともすると綺麗な夕景なのに遠方で且つ突拍子もない行先の変更。
下手をすれば空振りとなるロケーションだが浩輔はそんな時の千紗の勘にあまりハズレが無いことを知っていた。
綺麗な夕日を背にどんどん奥の港へと車は走る。

あ、沈んだねぇ。

浩輔が急かす風でもなく千紗に言った。

もう着くよ。

千紗は得意げに浩輔に言った。当たったときの顔だと浩輔は感じ、ニヤニヤとした。
はて、狙う場所ではないのでレンズはなにを使えばいいのか見当がつかない。と、千紗はお見通しなのか

浩輔さん、望遠レンズつけて。着いたらすぐにシャッターチャンスだから。

浩輔はそれに返事はせず、今日持参した望遠レンズを取り付けた。


車が止まった。
息を飲む。
夜景でも夕景でもないトワイライトという絶景の時間。
空の赤と青が混じり合う1番いい時間。
被写体への距離はかなりあるように見えるが、持参した望遠レンズで惜しみなく切り取れる世界観。

千紗が得意げに大砲クラスの望遠レンズを付けたカメラでシャッターを切り始めた。
会話なんて何も無い。この時間を最大限に切り取る。
船の汽笛とシャッター音だけが響く千紗と浩輔の特別な時間。

この時間はそんなに長くはない。30分もないのではなかろうか。だから真剣勝負だし、会話も不要。

あ、終わったね。夜景になった。

最初に時間を切ったのは千紗だった。

だねー、綺麗だったよ。さすが千紗さん。

僕達はもう6年もこんな撮影を共にする仲間だが男と女がどうこうという関係では全くない。
信頼する仲間だ。
いくら1晩すごそうが、千紗は夜をぶっ通しで撮影するし浩輔もさらさらそんな気はない。
だからこそ、千紗の感性を盗み見してきたわけだし絶景を共有してきた。
圧倒的信頼関係の仲間。

さぁ、夜はこれからだよ浩輔さん。最初に行こうとしてたポイントにいく?

千紗と浩輔は顔をみあわせてニヤニヤした。


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