ふつおた「引っ越しセンター」

※ネットラジオの番組「囲碁将棋の情熱スリーポイント」内のコーナーで採用されたメールで、配信期限を過ぎて聴けなくなったものをアップします。

文田さん根建さん、長身でお馴染みの赤井英和さんこんばんは。

皆さんは、引っ越し業者の多くが、「あ」で始まる会社名であるということをご存知でしたか?これはインターネットが普及する前の時代の名残りで、50音順の早い会社名にすることで電話帳の上の方に掲載され、依頼人に見つけてもらいやすくなるという戦略によるものです。

かくいう私も20年ほど前に「あんしん引っ越しセンター」という小さな引っ越し業者を経営していました。初めのうちは会社名の効果もあってか沢山の依頼を頂いていたのですが、ある時を境に突然依頼の数がガクンと減ってしまいました。原因を探るため電話帳を見てみると、私たちの会社の1つ上に「アンサンブル引っ越しセンター」という新しい引っ越し業者が出来ていました。

この状況を何とか打破しようと思った私たちは、電話帳のより先頭に掲載されるように、「アリーナ引っ越しセンター」に会社名を変更しました。おかげで再び依頼が殺到するようになったのですが、そんな日々も長くは続きませんでした。

会社名を変更してから一年後、新しい電話帳が届いたので確認してみると、「アンサンブル引っ越しセンター」が「アメリカン引っ越しセンター」に会社名を変更していました。これには、我が社の立ち上げメンバーである専務も、

「こんな名前の会社、アメリカかぶれで胡散臭い奴ばっかりだら!」と怒りをあらわにしていました。私たちは経営が大きく傾き、再び苦しい時期を過ごすこととなりました。

その一年後、私たちは「アメージング引っ越しセンター」に会社名を変更しました。これからはまた依頼が増えるぞ、と思いながら電話帳を開くと、向こうの会社が「雨晒し(あまざらし)引っ越しセンター」に会社名を変更していました。これには専務も、

「こんな名前の会社、依頼したら荷物がビチョビチョになるだら!」と憤慨していました。

その一年後、私たちは「アトリエ引っ越しセンター」に会社名を変更しました。電話帳を開くと、例の会社が「朝活引っ越しセンター」に会社名を変更していました。これを見た専務は、

「こんな名前の会社、午前中しか業務をやってくれなくてなかなか引っ越しが終わらないだら!」と腹に据えかねる様子でした。

その一年後、しびれを切らした私は「アアーアーア引っ越しセンター」に会社名を変更しました。今度こそと思い電話帳を開くと、例の会社は、何と「アアーアーアあっ越しセンター」になっていました。遂に「引っ越しセンター」にまで手を加えるというパンドラの箱を開けてしまったのです。

それからの私たちは『引っ越し業者であるということが分からなくなるギリギリまで「引っ越しセンター」の文字を「あ」に置き換える』という不毛なチキンレースを繰り広げました。社員も全員呆れ返っていましたが、もう後には引けませんでした。あの頃の自分はどこかおかしくなっていたんだと思います。

とうとう追い込まれてしまったその数年後。私たちは「アアーアーアあっああアアアー」という最後の切り札を使うしか無くなっていました。でもこれでいいんだ。この長かった戦いに勝利するのは俺たちなんだから。そう思って電話帳を開くと、向こうの会社名がどこにも見当たりません。次のページを開いてみると、「アンサンブル引っ越しセンター」と、初めの会社名に戻っていました。これはどういうことかと頭を悩ませていると、

「そんな会社名、引っ越し業者なのかさえ分からなくて依頼が一本も来ないだら。」

と聞きなじみのある声が。振り返ると不敵な笑みを浮かべた専務が立っていました。専務は仕事のことを投げ出して会社名の事ばかり考えている私に見切りをつけ、向こうの会社に寝返っていたのです。向こうが私たちの策略を知っているかのように会社名を変更し返すことが出来ていたのも、専務のスパイ行為によるものでした。大事な社員と無難な名前にしていたらもらえるはずだった依頼の両方を失った我が社は、まもなくして倒産してしまいました。

文田さん、根建さん、そして赤井英和さん。大切な人に裏切られた経験はありますか?

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