いつか朽ち果てる世界で あなただけは

僕がこれから書く話は、あまりにも突拍子がなく、あまりにも陳腐なメロドラマに思われるかもしれません。

それでもあなたなら、最後まで読んでくれるはずです。
僕は、そう信じています。



通勤の行き帰りにnoteを読む習慣がある僕は、ある日の帰りに、いつもどおり電車内でnoteアプリを起動してnoteを読み耽っていました。

そして、ある人が、コンテスト「 #ナイトソングスミューズ 」に応募した作品を目にしました。

嶋津亮太さんという方が主催するこのコンテストは、ミュージシャンである広沢タダシさんの歌『彗星の尾っぽにつかまって』を聴き、そこから得たインスピレーションで自由に創作をするというものです。


応募作品に心を動かされた僕は、そのまま、作品中に埋め込まれていた『彗星の尾っぽにつかまって』を再生しました。

優しいピアノの音で始まる歌。
ピアノの音に広沢タダシさんの声が重なり、歌詞が胸に流れ込んできた途端に、頭が真っ白になりました。

曲が終わるころ、僕はこぼれ落ちる涙を止めることができず、うつむいて、声が漏れるのも構わず泣いていました。

いい歳をした大人の男が、スーツを着たサラリーマンが、電車内で肩を震わせて嗚咽しながら泣いているのです。異様な光景だったと思います。
他の乗客がそっと距離を取るのを感じても、涙と鼻水で鞄が水浸しになっても、僕はどうしても泣くのを止めることができませんでした。

次の停車駅で電車を降り、ホームの片隅にしゃがみ込んで、僕は泣きました。
大声で泣きました。


僕の脳裏に蘇った記憶、それはこういうものです。

100年と少し、僕はあなたを探しているようなのです。


あなたと僕は、男だったり女だったり、人間じゃなかったりしましたが、何度も地球に生まれ、何度も巡り会いました。

ときに、スパイスの香りが立ち込めるスークの商人と常連客。
ときに、豪華絢爛な宮廷に仕える官僚と后妃。
ときに、干し草の匂いに包まれて眠る少年少女。

何度も出会い、そのたびに強く惹かれあい、深く愛するようになりました。
あなたが男であっても女であっても、いつだって、あなたは僕のミューズでした。


でも僕らがどんなに強く愛し合っていても、ついぞ幸せに添い遂げることはできませんでした。

不義の恋が明るみに出た僕らは処刑され、
対立する家に生まれた僕らは心中し、
流行病や事故で早すぎる死を迎えることもありました。


たとえば、僕らが猫だったとき、互いのふわふわの毛に顔をうずめて心臓の鼓動を感じながら昼夜まどろんでいた、あのとき。
あのときも、僕らはこの幸せな日々が続くと、信じて疑いませんでした。
村の子供達が遊び半分で僕を連れ去った日まで。

次の日、麻袋の中に詰められた変わり果てた僕を発見したあなたが、声にならない慟哭を上げるさまを、僕はなすすべもなく宙から眺めるほかありませんでした。
日に日に痩せ細っていくあなたの鳴き声を、ただ聞くことしかできませんでした。

あなたの鳴き声が途絶えると同時に、ふたたび僕はあなたを見失いました。


何度も何度も、あなたと僕は、人生における最上の幸せを噛み締めては奪われ、地球に戻されては別々に宇宙に放り出され。
永遠を望むあなたと僕に、永遠がもたらされることはなく、それでも僕はあなたを求め、あなたもまた僕を求めてくれました。

まぼろしのような幸せと言ってはそれまでですが、いつだって、何度だって、あなたといるときは確かに「それ」は形を持ち、手に取って触れることができました。



奴隷貿易船の中に貨物のように詰め込まれた僕らが、大西洋を渡る途中で息絶えた直後のことです。

意識が宙に飛ばされるのを感じた僕がおそるおそる目を開けると、そこにはあなたがいました。宇宙空間にふたり、漂っていました。
こんなことは初めてで、僕は目を見開き、震えながらあなたを抱きしめました。あなたも小刻みに震えながらぎゅっと抱きしめ返してくれました。

遠くから彗星がやってくるのが見えて、僕らは微笑みあいました。
彗星が通り過ぎるかどうかの一瞬に、僕らは「せーの」で彗星の尾っぽを掴みました。

アフリカの大地に並んで寝転び、夜空を眺めながら語った夢。
夜空に尾を引く星につかまってふたりで旅をする。
神話でしかありえないような夢が叶っちゃったね、と笑うあなたの横顔を、僕は胸がいっぱいになりながら、いつまでもいつまでも見つめていました。


その彗星は、地球のそばを通る軌道を描いていました。
何十年もの旅の間、地球が近くなるたびに、僕らは地上で経験してきた、いくつもの幸せを振り返りました。
僕らが重ねてきた、温かく、柔らかい記憶。

このままずっと、彗星の尾っぽにつかまって旅をする時間が続けばいい、そう思いました。


それは、太陽の近くをくるりと回ろうとしたときでした。
何度も通ったそのカーブが、僕らの分かれ目でした。

カーブに差し掛かったそのとき、鈍い音を立てて彗星に亀裂が走ったのです。
何が起こったかを理解したときには、彗星の尾っぽも2つに割れていました。

宇宙空間で、あっという間に離れていく彗星の片割れ、その尾っぽにつかまるあなたの姿を前に、僕は無力でした。

あのとき、彗星が割れる瞬間。
あなたの手をしっかりと握っていれば。
あなたの体をきつく抱きしめていれば。


声がかすれるまで叫んでも、涙が枯れるまで泣いても、あの瞬間を取り戻すことはできませんでした。

唇を噛み締めて、涙をぬぐって、離れていくあなたを、ずっと、ずっと目で追いました。あなたの姿が彗星の尾っぽに溶け込んで見分けがつかなくなっても、ずっと。あなたの姿を、出来るだけ強く、目に焼き付けようとして。

遥か遠く、彗星が点にしか見えなくなったころ、あなたは消えました。彗星が崩壊したのです。
アンドロメダ座流星群と名付けられた、その流星雨は、地球から見るととても明るく、とても美しかったそうです。

そして、僕の意識も宇宙に溶けて消えました。


あのあと僕らは一度だけ、20世紀初頭のドイツで出会いましたが、僕は戦火に飲まれ生涯を閉じました。あなたも、おそらく。

いままで何度も失ったあなた。
そんなあなたを、僕はここ、noteで見つけたように思うのです。

夜空に瞬く星のようにたくさんのクリエイターがいるnoteで、あなたは僕の目の前に現れました。
その様子はまるで、くっきりと尾を引いて、星空をかき分けていく彗星のようでした。

そのときは気づきませんでしたが、広沢タダシさんの歌声が、それがあなたであると僕に教えてくれました。

僕はnoteにアカウントを持っていなかったので、あなたをフォローしていませんでしたが、とても印象的なnoteを書くあなたの、そのアカウントを再び見つけ出すのは容易でした。


彗星の尾っぽに手を伸ばしかけたところで、僕はその手をひっこめました。

ふと、僕たちの運命を確かめてみるのはどうだろう、あなたのnoteに、僕からスキやフォローをしなくても、僕らは出会えるだろうか、そう思ったのです。

あなたが、いま「ビエラ彗星」と名付けられている、あの2つに割れてしまった彗星に、僕と一緒につかまっていたあなただったとしたら。
きっと、あなたからも、僕が彗星のように見えるはずです。


それでnoteにアカウントを作り、僕の古い記憶を呼び起こすきっかけとなったこのコンテストに応募してみました。

僕は確信しています。
出会える、かならず、あなたと僕は出会えるって。


頭のおかしいヤツだと思われたかもしれません。
怖いよね、いきなりこんな話をして。

でも、僕は待っています。

ずっとずっと待っています。



あなたが、この文章を目にすることを、

この世界の僕にたどり着いてくれることを、

心の底から願っています。



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