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アイカツ!をトライスター編という題材で語ってみる

 皆さんはアイカツ!を観たことがありますか?
アイカツ!は2012年頃からアニメ放送が始まった女児アニメに分類されるアイドル物の作品で、女児向けというジャンルにも関わらず『アイドルマスター』や『ミルキィホームズ』の楽曲を手掛けるMONACAを中心に提供される名曲の数々や高いストーリー性で人気を博し、ちびっ子たちから大きなお友達までが楽しめる名作となった作品です。
今回はそんなアイカツ!の話をします。

 アイカツ!は主人公の星宮いちごがトップアイドル・神崎美月に憧れ、親友の霧矢あおいと共にアイドル養成学校のスターライト学園に入学して未来のトップアイドルを目指すお話なのですが、その中でもタイトルで挙げたトライスター編は1stシーズンの後半、神崎美月が募集するユニットのオーディションに主人公たちが挑戦するエピソードです。

トップアイドルとユニットを組める。当然ストーリー中でも大きな意味をもつエピソードになってくることは容易に想像できるでしょう。
細かいオーデションの顛末はぜひ本編を見ていただくとして、最終的にこのオーディションは主人公グループの3人である星宮いちご、霧矢あおい、紫吹蘭の3人による対決になります。

ここで一つ付け加えておきたいのは、アイカツ!という作品は底抜けに明るい作風であるということです。
アイドル物の作品といえばライバル同士の確執や自信喪失描写などが物語の緩急と共に複雑に絡み合い、それらを乗り越えた先のカタルシスを経て大団円───これがお決まりのパターンです。

でもアイカツ!は違います。この作品の世界は少し緩い書き方をしてしまえば全肯定の世界であり、オーディションでの対決も勝ち負けが付くとはいえ、基本的に最後は笑顔。
少しシリアスな展開になってもキャラクターが涙を流すことすら稀有な作品です。
そんなプラスに振り切った世界観でも見ていて面白いと思える物語を作り出せるところがアイカツ人気を支える構成力ともいえるのですが。

だからこそ、そういう意味でもこのトライスター編は異質なんです。極限まで明るかった作品で起こる親友同士の真剣な潰し合い。キャラクターの表情もいつになく真剣で、大事な局面に入ろうとしているんだということが嫌でも伝わる説得力のある展開です。

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神崎美月との面接が行われ各々が自己アピールをする中、

「私にとっては、ステージが自分の居場所なんです。隣に誰が来ても、誰と組んでも、例えトライスターに加わっても、紫吹蘭は紫吹蘭です。」

と芯の強さを見せつけたことが決め手となって無事に紫吹蘭がトップアイドルユニットであるトライスターの座を勝ち取ります。

前述の通りここは優しいアイカツ世界なので親友たちは笑顔で蘭を祝福するのですが、実は話の雰囲気は暗いまま。
トライスターでの活動は非常に忙しいことが何回も作中で強調され、蘭はスターライト学園の寮から立ち退くことが決定するなどとにかく重い展開が続きます。これまで寮はキャラクターたちの拠点となっていて、安心できる場所としての描写が強かった分、引っ越しの準備が進められているシーンのもの悲しさも際立ちます。

少し話がそれますがここの絶望感の描写も見事です。
これまで明るさを一貫して描いてきたアイカツだからこそできる暗さの描写という印象で作り手の理解が伝わってきますし、ここからどういう展開を迎えるんだろうという視聴者の興味を煽る点でも秀逸。
物語における不安感って今後への興味と表裏一体なんですね。

ちなみに、別れを悟ったいちごとあおいがこんな状況でも無理やり時間を作って主人公組3人がお別れの挨拶をするシーンは1stシーズン屈指の感動シーンなので是非自分の目で見ていただきたいところです。

さて、お察しの通りオーディションは終わってもトライスター編は全く終わっていません。
事前に強調されていた忙しさの通り、常に分刻みのスケジュールで行動し挙句の果てにいきなりゲリラライブの告知を始める神崎美月(いくらトップアイドルとはいえ中学生がいきなりドームを貸し切れるのはどうなんでしょうか)に対し蘭は「足を引っ張るわけにはいかない」とほとんど徹夜の特訓を繰り返します。それでもミスを繰り返して自責の念に駆られる蘭。
アイカツ!の中でもトップクラスに重いシーンで、1話からこの作品を見ている人ほど雰囲気の落差でつらい気持ちになります。
いちごたちから届いた差し入れを手に虚ろな目をする蘭を見かねた美月は

蘭の心にこれ以上雨がふらないように、蘭にはトライスターを外れてもらいます。あなたには太陽のもとでかがやいていてほしいから!

と蘭にメールを送ります。

このメールの文面が良い。蘭の状態を心に雨が降ると表現するセンスは、月としての神崎美月と太陽としての星宮いちごの比喩にぴったりです。
そしていちごとあおいで結成しようとしていたユニット・ソレイユの結成イベントに乱入してトライスターを辞めてきたこと、ソレイユに加入したいことを蘭が告げてようやくハッピーエンド。

直後に流れる『ダイアモンドハッピー』のライブはこれまでの雰囲気を払拭するような最高に明るい曲調で、思わず笑顔になるとともに安心感をもたらしてくれます。長く重かったトライスター編のアイカツ!的帰結です。

 このエピソードの特筆すべき点は前述した異様なまでに重い雰囲気です。
徹底して明るい雰囲気に重きをおいてきたアイカツ!が主人公組を一度引き裂く、言ってしまえば過剰なシリアス描写を貫いているのがこのトライスター編なんです。
このお話では神崎美月は悪役ともとらえられかねない、こんな危険を冒してまでシリアスに振り切ったのもひとえに紫吹蘭という一人の人間の成長を描きたかったからでしょう。

主人公の星宮いちごは言ってしまえば天才です。どんな人も笑顔にしてしまうし困難も困難とは思わない。そういう意味で究極の主人公キャラですし、事実アイカツ!は星宮いちごが無双するお話という側面も持ち合わせています。
一方、その親友である霧矢あおいも別の意味で強さを持っています。いちごにはない冷静さ、そして何より親友の星宮いちごに寄り添う力。作中でもアイドル界の今後を託すなら霧矢あおいということを仄めかす台詞があったように、彼女もまた”強い”キャラクターなんです。
さて、残る紫吹蘭はどうでしょうか。蘭も当然友達思いの素晴らしいキャラクターなのですがほかの2人と違ってそのことに素直になれない、不器用な面があります。クールなキャラクターを前面に出したアイドル活動をしていることもあって、自分の気持ちに向き合えない面が作中でもたびたび描写されてきました。

そんな弱点、というよりキャラ付けを掘り下げたのがこのトライスター編といえるわけです。いちごとあおいから一度離れて苦悩することで2人とずっと一緒にいたいという気持ちに自分から気づく、自らの意志で一緒にいたいと表明する、この過程を経ることで主人公ユニットであるソレイユの結成にこれ以上にない深みが増すのです。

このことを考慮すると前述の「隣に誰が来ても~紫吹蘭は紫吹蘭です。」というセリフも伏線なんですね。
オーデション合格の決め手になった一言は本心じゃない。
本編を見終えた後に思い返すと紫吹蘭という人物の強がりが浮き出てくる構成は本当に見事です。

最終目標ともいえる憧れのトップアイドルと同じステージに立てるという機会を振り切って、親友といることが最大の幸福だと気付くこのエピソードはアイカツ!らしくない重い描写を通じて最高にアイカツ!らしいテーマを書ききったと言える、素晴らしいストーリー。
文字通り”月”である神崎美月のもとから太陽の意味を持つソレイユへと向かうという言葉遊びも、蘭宛のメールの中の「太陽のもとでかがやいてほしいから!」という文言で回収されているのが巧妙です。

最後に流れるダイアモンドハッピー(この曲名もダイヤモンドのように固い絆、という意味がくみ取れて良い)は
『熱く確かな世界 動き始めた そうだ私の世界』
という歌詞を通じてこの物語のテーマを裏付けます。どんなに素敵な場所も、自分で選び取らない以上は素晴らしい世界にはならないというメッセージはここまでこの物語を見届けた人には必ず届いていることでしょう。

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 ところでこのトライスター編のオーディションで使われる挿入歌『Take me higher』がまた素晴らしい。
本当に女児アニメの曲なんだろうかと疑いたくなるひたすらにかっこよさが前面に押し出されたメロディーと低音に乗って流れてくる歌詞一つ一つに神崎美月のトップアイドルとしての思いが込められていて、この1曲を聴くだけでアニメ10話分くらいの満足感があります。
譲らない 求めるものは全て』
『運命を感じているレベルから 宿命の領域へ進みたい』
『決して完結しない欲望の中で 生きるのを愛してる』

どれも神崎美月をトップアイドルたらしめるような言葉ばかりで、トライスターというユニットにかける神崎美月の真剣度が間接的かつ痛いほど伝わってくる一方、
ここはハートが目覚めて 花咲いてリスペクトしあう場所』
『たとえ何度でも生まれ変わったって 憧れてしまうでしょう』

と、自身の認める人間への尊敬は忘れない、高みを目指す場所こそがトライスターなんだという信念もひたすらに歌っていて、すでに十分すぎる深みをもつ本編にさらに奥行きを持たせてくれます。
少し厨二チックな言葉選びも手伝って楽曲単体としても、トライスター編の象徴としても通用する名曲です。
異常なクオリティを持つアイカツ楽曲の中でも特に高いレベルでまとまっているこの曲ですが下の動画から公式の動画で試聴できますので是非聞いてみてください。

 長々とトライスター編について語ってきましたが本編はここで終わりではなくメインキャラクターが全員集結してツアーライブを行うサマーツアー編、そして1stシーズン最終話へと続いていきます。
サマーツアー編ではいったん物語の舞台装置として一応の悪役を演じた美月さんがいちごと言葉を交わしてこのトライスター編が補完しつつ内に秘めた思いを吐露しますし、何より屈指の名曲『ヒラリ/ヒトリ/キラリ』が挿入歌として登場して物語的にも大きく盛り上がるので、この記事を読んで興味を持った方は見てみると幸せになれるでしょう。

この記事が、誰かのアイカツ!に興味を持つきっかけになれたらうれしく思います。



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