中村文則氏の作品「銃」について何かを書いておきたくなったので、かこつけて自己紹介をする
中村文則氏の作品「銃」について何かを書いておきたくなったので
ネタバレふくみます。
自分が「銃」を初めて読んだのは中学校の図書館でのことでした。当時は格別読書好きの少年というわけではなく、かといって部活や学業に打ち込んでいたわけでもなく、今と変わらず帰ってゲームをすることだけが楽しみの人間でした。適当に生活を送っていれば衣食住は保証されていたので一切の危機感を抱くことなく生き、同時に世の中のすべてを軽んじているような人間だったと思います。
「銃」を手に取ったのは偶然でした。つまらなそうな本がたくさん並んでいて、でも皆が喜ぶようないわゆる中学生向けの本には触れたくなくて、たまたま目に付いたのが「銃」だった、それだけの理由です。今は文庫が出ているようですが、僕が手にしたのはハードカバーだったかと記憶しております。
活字もそれなりに小さく、当時の自分が憧れるには十分な格式とアンダーグラウンドな雰囲気を放っていました。ちなみに表紙のデザインについては一切覚えていません。大半の中学生は素通りして気にも留めないような、そんな本だったのだろうと思います。調べたところによると芥川賞の候補でもあり、映画化も行われたとのことで「そんな本」呼ばわりして良いものではないのですが、とにかく当時の自分の周りでは価値を見出されなさそうな1冊だったのです。
僕はその当時から今に至るまで、「銃」を読み返したことがありません。正確には一度だけ、通りがかりの書店で立ち読みをしたことがありますが、購入には至りませんでした。(これは恐らく大学生の頃だったかと思います)なぜ買わなかったのか、と問われれば金銭的な都合だとか、恐らくその後には予定があったので邪魔になることを懸念したとか、もう自分は本を読んでも大して何かを得られる人間ではないと気づいていたからだとか、さまざまな理由があったのだと思われます。以後も何度も頭をよぎり、その内容が自分にとって大きな影響を与えているのは自覚していながら、手に取ることはしておりません。
そのため細かい部分の描写はまるで覚えておらず、特にメインキャラクターのひとりだったように思われる「刑事」(警察? の類の人物)の印象はほとんど頭に残っていないという有様です。覚えているのは、主人公が銃を拾い、最後にはひとりを殺し、自殺を試みながら終わるといった流れと、いくつかのシーンのみ。にもかかわらず強烈な印象として脳裏に刻まれているのは、やはり中学生という時期ゆえのものもあったのでしょうか。
覚えていない文章のことを書く、というのは難しいと実感します。読みながら書いても自分の解釈の拙さが身に染みるというのに、ただ記憶の内に残った断片だけで文章を綴るとは無謀なりや。
キーワードとなるのは「銃」と「自殺」で恐らく間違いないでしょう。自分はもう数年以上自殺を考え続け、いまだ実行に移しきれない愚物として這いずっていますが、思えば当時から自殺は頭のどこかにあったのだと思います。それが結末なのか、救済なのか、あるいは畏怖なのか、今なお定かではないまま単語だけを引きずり続けている。話はそれますが、大学時代にブラックメタルバンド「MAYHEM」の自殺したヴォーカリストに憧れたのもどこか近いものがあったのかもしれません。実際、22歳の自分が散弾銃を持っていたらどうなっていたかは気になる所です。
自分にとって、自殺への憧れや陶酔を感覚の部分で決定的なものにした作品と呼べるのかもしれません。それならばこの作品は僕にとって自殺を考えるきっかけであり、同時に生きることを考え始めた発端とも呼べるでしょう。いつでも殺せる、いつでも死ねる、忘れがちなこの真実に目を向けさせてくれた、という意味も大きいように思えます。
さて「銃」と「自殺」というキーワードを抜き出したところで、我ながら「他殺」についての重みを一切感じていなかったことに気づきました。確かここで死んだのはそれまでの物語ではほとんど関係ない、ほぼ通りすがりのような人物だったかと記憶しています。彼がなぜ殺されなければならなかったか、というのは偶然に銃を持った人間と乗り合わせ、偶然に彼とトラブルを起こしてしまったから、に尽きるでしょう。ほかの時間なら、車両なら、彼は死に至ることは無かったはずです。日本の大半の人間は、人を物理的に殺すための銃を持ち歩いていないので。
この他殺が何故僕にとってどうでもよかったかと言えば、恐らく主人公が自殺を計る(成功したかは描写されていなかったかと思います)ための最後の引き金に過ぎなかったからでしょう。すでに自殺するまでの文脈は完成しており、言うなれば被害者はただの強烈な体験としてのスイッチでしかありません。僕にとって最も喜ばしかったのは強烈な体験を経たときの人間の揺らぎと自殺の文脈の成立であり、トリガーが他殺でなければならない理由はなかったのだと推測されます。
思い出をメモするような形で振り返ってみましたが、特に何も分かりませんでした。ただ今後も「銃」は自分の中で消化され続ける作品だと思います。やはり機会があればもう一度手に取っておきたい気もしますね。今なら「トの女」との関係性なんかももう少し理解できるんじゃないかと期待しています。もしここまで全部読まれた方がいらっしゃったならば、お粗末様でした。
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